11-2


 その言葉に、前神様は固まる。石版だから最初から固まっているんだけど、微動だにしなくなった。

 オレ達も口をぽかんと開けたままだ。ヒュウマさんが何を言っているのか、一瞬理解出来なかった。


『それは……どういう意味で言っておるのじゃ?』

「言葉通りの意味だ。我は人間を滅ぼす」


 聞き間違いじゃなかった。

 ヒュウマさんは本当に、神の力で人間を消す気なんだ。


『な、なな何を言っておるのじゃ!?そんなことをしたら、お主も消えるのじゃぞ!?』

「おろかな人間を滅ぼせるなら、我自身が犠牲になるのも構わない」

『ちょ、ちょっと待つのじゃ。ワシはそんなつもりで、お主に神の力を与えた訳じゃ……』


 どうやら前神様にとっても、人類滅亡は想定外の事態らしい。

 それもそうか。人間の進化のためだったのに、滅亡させられたら元も子もないんだから。


『だ、大体……何で滅ぼそうとするのじゃ。お主は悪魔なんかじゃない、同じ人間じゃろうが!』

「人間だから分かるんだ。人間なんて最低な生き物、この世にいちゃいけないんだと」

『なぜじゃ!せっかくここまで文明が発展したというのに、何がそんなに不満なんじゃ!?』

「その発展のために、一体どれだけの悪意が生まれた?」


 がしり。

 ヒュウマさんは筋肉ムキムキの手で、石版を乱暴に掴んだ。


「自分勝手に自然を破壊し、他人の物を奪い戦争に明け暮れた。その最悪な行為の上に、人間の歴史は成り立っている。間違いばかりの歴史だ。そしてそこから学ばず、まだ争いを続けている。人間は救いようがない、おろかな生き物なんだ」

『で、でもお主ら、まだ子供じゃろ?そんな難しいこと言わないで、もっと明るい未来を考えるとか……』

「進化が行き詰まったと言ったのは誰だ?」

『ワ、ワシです……ハイ』


 今にも石版を割りそうなくらい、ヒュウマさんは強く握っている。『心技体流シンギタイリュウ』で光る血管も浮き出ている。怒っている、なんて言葉じゃ足りないくらいな様子だった。


「それから、神様……いや、元神様。子供だからこそ、我は未来に絶望しているんだ。腐った人間、大人……そいつらと我達子供も、大して変わらない。争いと悪意は終わらないんだ」


 ヒュウマさんの思いは、オレと同じ平和のためだった。だけどヒュウマさんは、平和な世界を諦めてしまっている。頑張っても平和に生きられないなら、全部消して楽になろうとしているんだ。

 そうか、だから今まで余計なことをしゃべらなかったんだ。

 前神様に本当の願いを言わず、新しい神様になるこの瞬間を狙っていたんだ。


「やめろ!」


 オレは弾かれたように駆け出す。

 絶対に止めないと。その一心で、オレはヒュウマさんに立ち向かう!


「邪魔だ」

「うわっ!?」


 でも、ヒュウマさんが手を振っただけで、オレは簡単に吹き飛ばされてしまった。ちょっと動いただけなのに、突風が発生したんだ。

 ヒュウマさんは新しい神様。オレは何の力もないただの子供。こんな状況では、止められるはずがない……。


「ようやく、この世界も終わりの時だ」


 ヒュウマさんの体から、紫色のオーラが一気に溢れ出す。空を青から紫に塗り潰し、自分色に染め上げるほどの勢いだ。


「おろかな人間よ……滅びろぉぉぉぉおおおおおおおおっ!」


 ボコボコボコボコッ……ボコンッ!

 ヒュウマさんの筋肉が、どんどん盛り上がっていく。

 腕、足、そして胴体。体はあっという間に形を変えて、巨大な姿になっていった。


「ゥゥウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 見上げるほどに大きく、真っ黒な体。まるで巨大な影。

 ヒュウマさんは神様の力を使って、超巨大な巨人になったのだ。


「おいおいおいおい……これマズイんじゃねーか?」

「うん、どう見てもそうだね」

「冷静にコメントしている場合じゃないでしょ!?」


 大きくなったヒュウマさんに、オレ達はどうすることも出来ない。神の力を失った、ただの子供に出来ることなんてない。

 あと頼りになるのは、


「か、神様!何か手はないの!?」


 呆然と浮いている前神様だけだ。

 形はただの石版だけど、きっと同じくらい強いはず。きっとヒュウマさんを止められる。と思っていたんだけど、


『それは……無理じゃ』


 なんかダメっぽい。


「何でそんなに弱気なんだよ!?」

『だ、だってぇ、ワシの力はもう十一分の一しかないんだもん』

「少なっ!?」


 そういえば、初めて前神様に会った時に言っていた。自分の力を十一個に分けて候補者に配った、残りの一個は自分の分だって。

 じゃあ今は、ヒュウマさんのパワーが『十』で、前神様は『一』ってことか。


『絶対勝てっこないも~んっ、ワシには無理じゃ~!』

「そんなこと言ってたら、本当に人類滅亡しちゃうよ!?」

『ワシだって嫌じゃ~!でも勝てない戦いはもっと嫌なんじゃ~!』

「ダダこねてる場合じゃないからね!?」


 ああ、なんて頼りにならない神様なんだ。オレ達子供に戦いを押し付けたくせに、自分はやりたくないって勝手過ぎるよ。今までのお賽銭さいせんを返してほしいくらいだ。


『そ……それなら、カイタ。お主が戦うのじゃ!』

「はい!?」


 急に何を言っているんだ、このダメ神様。戦おうとしても、オレの力はヒュウマさんに取られてしまった。一体どうしろって言うんだ。


『ワシの残りの力、その半分を渡してやる!』

「しかも半分!?」


 残りって……。十一分の一の更に半分だから、二十二分の一しかパワーがないじゃないか!?

 なんてツッコミを入れる間もなく、神様の石版が輝く。すると光の線が伸びてきた。真っ直ぐ、オレの左手に向かって……。


「これは……」


 光は固まって、金色の腕輪になる。

 クリスタルは付いてないし、ちょっと形がいびつだけど。

 神の力が宿る腕輪が、オレの元に戻ってきたんだ。

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