第129話 エンヤ族

翌朝はあいにくの雪空だった。まだ降り出してはいないもののいつ降り出してもおかしくないほどの重い雲が空を埋め尽くしている。ベルは私たちの緊張感を感じてか私のコートの中から顔だけを覗かせて辺りを伺っていた。

「この天気で森に入っても大丈夫ですか?」

「あぁ、この感じだともうすぐ晴れるから大丈夫だ。」


ジェシーの後ろについて薄暗い森を歩く。木の間を縫うような細いけもの道を抜け、雪で撓る枝の下を通り1時間ほど歩いた頃には雲はすっかり遠くの空へ行き、晴れ間が見え始めた。

「本当だ。晴れてきましたね。」

私の後ろを歩くレイが感心した声を上げた。


「もうすぐエンヤ族の村だ。」

「あぁ、あの木の辺りですか?」

「驚いた。君には見えるのか。」

「えぇ、あの辺が少し歪んで見えるので。」

「エンヤ族は独自のルールで生きている部族でね。貴族並の魔力を持つ者も少なくはないんだ。貴族や平民などと区別することもなく、みんな一つの家族のように暮らしているのだよ。」

「それは素敵ですね。」


魔力ランクに関係なく魔力の高い者が低い者を助け、低い者は低いなりに出来ることをし、そうやって生きていく姿が思い浮かぶ。身分で分けられている世界でも魔力の高い者が低い者を助けることは勿論あるが、やはり魔力を振りかざして平民をないがしろにする貴族が多いのも事実だ。


ジェシーはポケットから小さな木の筒のようなものを取り出すと、口に咥えて吹いた。ピーっという高い音が森にこだまし、暫くすると空間から声がした。


「我々を呼ぶのは誰だ?」

姿かたちが見えないからだろうか。低く響く、すごくいい声だ。声に驚いたベルが私のコートの中に潜り込み、何も起こらないことを確認してからそろりと顔を出した。


「私はドーヤの村の者です。あなたたちに会いたいという旅人を連れて参りました。ここ数年苦しんでいたドーヤの村の恩人でもあります。ぜひお目通りをお願いしたい。」

いい声は暫く沈黙したのち、良いだろう、と一言だけ言った。

すると突然、空間に裂け目が出来その中から出てきた手がこちらへおいでと私たちを招く。

「失礼する。」

そう挨拶して裂け目をくぐるジェシーに倣って私たちも裂け目をくぐった。




くぐった先は木などがきちんと整理された村であり、木で作ったひと際大きな六角形の平屋の建物と、それを囲むように小さな六角形の建物がいくつもあった。村人たちは皆動物の毛皮を頭からすっぽりと被っており、一見、様々な動物が一緒に暮らす村のようだ。

顔まで動物・・・。一体どこから見ているのだろう。

「こちらへ。」

先ほどのいい声の男が目の前に現れ、そこでようやく動物の目の部分に穴をあけて見ているのだと分かった。私たちはいい声の男の後ろをついて村の中心にある大きな六角形の建物の内部へ通された。


「我々に用があるのは其の方達か。」

床には乾燥した葉っぱが敷き詰められており、歩くたびにガサガサと音が鳴った。部屋の奥に一段高くなった台があり、そこにうねった長い髪の毛を腰のあたりまで揺らせた美女が胡坐をかいて厳かに座っていた。いい声の男は女性から少し離れた所、葉っぱの上に布を敷くと、ここに座るように言った。


「はい。この度はお目通りを許していただきありがとうございます。」

ジェシーの言葉に続いて私たちも頭を下げた。

「私はこの村の長をしているガヌーダだ。ドーヤの村には我々も世話になっている。その村人の頼みというならば、話を聞いてやろう。」

「ありがとうございます。」

ジェシーがお礼を言いつつ私たちを見た。


「私はライファ、こちらはレイと申します。ユーリスア国より絶花を求めて参りました。絶花を手に入れる為にはエンヤ族の協力が不可欠だとお聞きしております。ぜひ、お力を貸していただきたいと思い、お願いに参りました。」

ガヌーダは胡坐の上で頬杖をついて私たちを値踏みするような目で見た。


「そんなことだろうと思ったよ。其の方達のいう通り、絶花を手に入れる為には我々の力が必要だ。我々というよりは、私の力が、だがな。」

ガヌーダはそこで言葉を区切ると、今度は挑むような目を私たちに向けた。

「絶花を採りに行くのは命がけの行為だ。其の方達は私たちの為に命をかけられるか?」

ガヌーダを挟むようにして置いてある小さな焚火の火がバチッと音を立てた。


「正直なところ、命をかけるということが何を指すのかが分からない以上、二つ返事ではい、とは言えません。」

「それもそうだな。では、言い方を変えよう。私が絶花を採りに行く代わりに、其の方達にはウガを何とかしてほしい。それが出来ないのなら、其の方達の願いを聞くことは出来ない。」

「ウガ!?そ、それは無茶だ。」

ジェシーが声を上げた。


「ウガとは何ですか?」

「ウガはこの森の最奥に潜む魔獣だ。俊足で鋭い刀のような刃が肘の部分に生えており、出し入れすることも出来る。森の主と言われ、魔力ランクは8になる魔獣だ。本来は森の最奥から出てくることは無いのだが、何を間違ったのか一匹だけこの村の近くに居付いてしまってな。ウガは体のわりによく食べる。この辺の食べ物を食い尽くしてしまう恐れもあって困っているのだ。我々は獣たちに敬意を表し、共存を謳う部族だ。無用な殺生はしない。ウガにも生きたまま森の最奥にお帰りいただきたいのだ。」

「魔力ランク8・・・。」


私はその言葉にたじろぎレイを見た。

確かに魔力ランク8の魔獣であるタイガと対峙したことはある。だがそれはいくら自然に近い環境にしているとはいえ、先生の家で飼われていた魔獣だ。それに、どの時も先生と師匠が万が一の時のためにと見守っていてくれたのだ。

「どうした?やはり無理か?」

ガヌーダの言葉にレイが口の端だけで笑った。

「いや、やらせてもらう。」

「レイっ!」


思わずレイを止めるような声になったが、そんな私を見てレイが大丈夫だと微笑んだ。

「自分の力を試してみたいと思っていたんだ。」

レイの言葉を聞いてガヌーダが笑った。

「決まりだな。ウガを森の最奥に帰す準備ができたら言ってくれ。その時には案内する。」

「わかった。」



エンヤ族の村を出て帰路に就く。

「本当に大丈夫なのか?魔力ランク8の魔獣だぞ。私は見たことが無いが、恐ろしく動きが速いという噂だ。敵とみなされたら最後。生きて帰る者はいないと聞く。」

「死ぬ気でいかないと、本当に死にそうですね。」

心配そうなジェシーに対して、レイは案外呑気だ。むしろウキウキしている感じもある。私が黙っていると、レイが伺うように顔を覗き込んだ。


「心配?それとも怒ってる?」

「怒ってはいないけど、心配はしてる。でも一番は、私に何ができるのかを考えてる。」

私の言葉を聞いて、レイが面白いものでも見るような顔をした。

「へぇ、で、何が出来そうなの?」

「3日、3日だけ時間が欲しい。その間に小弓の命中力をあげて50m先からも狙えるようにする。」

「3日で!?それは厳しいんじゃない?」

「ちょっと考えがあるんだ。」


レイが私を見るその表情がなんだか嬉しそうにも見えて、どうしたんだよ?と聞いた。

「いや、さ、魔力差に諦めるんじゃなくて、そこから何ができるのかを考える。ライファのそう言うところ、好きだなぁと思って。」

「な!?」

私は思わずあんぐりと口を開けた。ジェシーもいるというのに、突然何を言い出すんだ。そんな私たちのやり取りを見て少し安心したのかジェシーが笑った。



その日、ジェシーの家に戻ると直ぐにリトルマインで師匠を呼んだ。

「なんだ?」

「師匠っ!お久しぶりです。元気でしたか?」

久しぶりの師匠の声に嬉しくなってつい声が大きくなってしまう。

「あぁ、元気だ。それで、用事は何だ?」

師匠の返事はあっさりしたものだ。

「師匠、実は住処を離れてしまったウガを元の住処に戻すことになりまして。」

「ウガか・・・。それは厄介な魔獣を相手にするな。お前たちでやれるのか?」


「やるしかないんです。今のままの自分ではレイの足を引っ張ることにしかなりません。かといって2、3日で小弓の命中力を上げるには限界がある。だから、グラントさんに小弓のカスタマイズをお願いしたいのです。」

「ほう、どうカスタマイズするのかは分からんが、自身の力を最大限に引き出す方法を考えるということはいいことだ。ちゃんと頭を使え。魔力ランクだけが勝敗を左右するものではないからな。どれ、グラントを呼んでやろう。」


師匠からグラントにかわって貰った後、どんなふうにカスタマイズして欲しいかをグラントと話し合った。更に、自身の練習時間も考えると明日までには欲しいという無茶振り付きだ。

グラントは相変わらず何も読み取れないような声ではあったが、最後の最後に少しだけ笑った。その僅かな笑い声に魔道具師としての光が宿ったことを私は感じていた。




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