第127話  欲情

「綺麗になった。」

「あ、ありがとう。」

近すぎる距離に顔を背けようとするとレイの手に戻される。今度は指で直に私の唇に触れた。

「ねぇ、ライファ。ライファは私が男だってちゃんと分かっている?」

金色の髪の毛越し、ブラウンの目が私を見つめる。


「勿論わかってるよ。っていうか、女性だと思ったことは一度もないよ。」

私がはっきりと言い切ると、レイがため息を吐いた。

「ほら、全然わかってない。」

「え?」

レイの唇から舌が覗き、私の唇すれすれをなぞった。

「ライファは自分のことも分かってない。」

「ちょ、ちょっと待って。今はこんなことしている場合じゃないだろっ?」

両手でレイを押しのけようとすれば、レイの魔力で両腕を壁に縫いつけられた。


「そんなこと?予定よりうまくことが運んだお蔭で伯爵が起きるまであと一時間半はある。証拠は全部記録した。ついでに言えば、もう記録は隠密チョンピーで飛ばしてある。何か問題でも?」

迫力のある美人に耳元で囁かれれば、もう、降参するしかなかった。

私は一体何のスイッチを押したのだろう・・・。


「ライファは私を大人っぽくなったと言ったよね?それはライファも同じなんだよ。」

レイの指が私の服の襟元をなぞり、服の中央にあるボタンを二つ外した。

「レ、レイ?」

レイの行動に驚いて名前を呼べばレイと目が合った。

「そんなライファにあんなことをされたら、私だって欲情する。」

レイはそう言うと私がレイに印をつけた位置よりももっと下の方、胸の少し上の辺りを強く吸った。


「んっ。」

あり得ない位置にあるレイの顔に、胸の辺りに感じるレイの唇に体の熱が上がってゆく。やがてゆっくりと唇を離したレイは私の顔の位置まで顔を上げた。

欲情を孕んだ目・・・。

初めて見たレイの男の表情に目が離せない。

「責任とってよ。」


レイの唇がゆっくりと私の唇に近付いてくる。触れた唇の薄い皮膚、そこから深くレイの唇を感じ、貪る様なキスに変わった。レイの舌が私の唇を舐め、更に奥を求めてくる。長くなるキスにガクッと膝を落とせば両手が自由になり、そのまましゃがみ込んだ。

「まだ、足りない。」

少し息の上がったレイの表情に今度は私が煽られる。


どちらからともなくまた唇を重ね、上がっていく息が部屋の中に響き耳を犯しにくる。薄く目を開ければレイの長いまつ毛が視界に入り、その伏せた目に自分が映るのかと思うと、捕らわれた気分になった。

「レ・・・イっ。」

好きだと告げてしまいたい。その言葉を塞ぐようなキスに行き場を失った思いが溢れ、目が潤む。不意にレイの唇が離れ、私の目元にキスをした。


「こんな私は怖い?」

「・・・っ怖くなんか、ないっ。」

レイはふっと笑うともう一度、唇にキスをした。それは激しさの消えた優しいキスだった。




「行こうか。」

レイは私の服のボタンをとめると私に手を伸ばした。その手につかまってゆっくりと立ち上がる。

まともにレイの顔が見られない・・・。

レイと手をつないだまま地上に出ると、ベルが寄ってきた。

「あぁ、食べ物ね。もう少し待っていて。もう少しで片付くから、それまで遊んでおいで。」

ベルはキュンと鳴くと羽ばたいていった。


噴水に来た時と同じように伯爵の部屋に戻る。

「レイ様、ライファ様!ご無事でよかった。」

シャンティが駆け寄ってきた。

「ライファ様のいう通り、ドーンテール伯爵はまだ眠っておりますわ。」

「そう、よかった。こっちは無事に導きの葉を見つけたよ。シャンティさんのいう通りだった。」


「伯爵の悪事については、ガルシアの王都へ証拠を送っておいたから近いうちに調査団が来ると思う。」

「もしも調査団が来なかったら・・・。」

シャンティがもしもの可能性を怯えたように口にした。

「頼れる人物のところへも証拠を送っておいたからそれはないと思うけど・・・。貴族の側に噂が広まり出したら王都の騎士団も動かざるを得ないと思うし・・・。」

それでも不安そうなシャンティにレイは優しく微笑んだ。


「もうしばらくはドーリーのあたりにいるから、王都が動かないようなら今度こそ私がなんとかしてあげる。私の魔力はドーンテール伯爵よりも高いのはシャンティさんにも分かるでしょう?」

シャンティはようやく安心したように笑った。


「シャンティさん、私たちはこのままここを去ります。あなたたちを今すぐ開放することも出来ますが、それでは騎士団が駆けつけた時に被害者がいなくなってしまう。伯爵に逃れる術を与えたくはないのです。伯爵は目覚めた時に何が起こったか分からずにいるでしょう。もしかしたらあなたたちに、今までと同じことを命じるかもしれません。このままここに残ることは出来ますか?」

私の問いにシャンティはギュッと唇を噛んだ。


「死ぬまでずっとこのままなのだと思っていました。でも、今、こうして明るい未来を想像することが出来ます。伯爵を国王に裁いて貰う為なら、もう暫くの辛抱など苦にはなりません。」

シャンティの力強い眼差しにほっとした。


「シャンティさん、もしも耐えられないと思うような事態になったら、これを使って下さい。強力な眠り薬を固めた物です。今、伯爵が寝ている原因になったやつ。伯爵の肌に投げつければあっという間に眠りますからね。」

私はそう言うと眠り玉をひとつ、シャンティに渡した。

「じゃあ、レイ、行こうか。」

レイの顔を見た瞬間、先ほどのことが思い出され、直ぐに前を向いた。

「・・・あぁ、行こう。」




夜道をレイと並んで歩く。ベルは私たちが屋敷を出るなり飛んできて、すっと私のコートの中におさまった。今はスヤスヤと寝息を立てている。

「よかったね。なんとかなりそうだ。」

「あぁ、そうだね。」

「そういえば、記録石を送った頼れる人物って?」


「あぁ、兄さんのことだよ。兄さんってあぁ見えて、というか想像通りだろうけど顔が広くてね。ガルシアの騎士団や貴族にも知り合いがいるから王都がいなくても社会的な信用は落ちるし、あのままではいられないと思うよ。それに、兄さんって敵に回すと恐ろしい人だから。」

レイがくすっと笑った音がする。敵に回すと恐ろしいのはレイも同じだろうと心の中で呟く。


月明りの下、ザクッザクッと雪を踏む音が響いていた。


「ライファ?」

「ん?」

「ねぇ。」

「なに?」

「なんでこっちを見ないの?」

「え?そんなことないよ。」


チラッとだけレイを見て、すぐに前を向いた。ほら、レイの方を向いたよと言わんばかりに振り向いたのだが、レイはそんなことなくないでしょ、と言う。


「そんなことなくなくない。」

「こっち向いて。」

「しつこいっ。」

「ライファ。」


不意にレイの足音がやんだ。こういう時のレイってずるいと思う。

強引にキスしたりするくせに、いつも突然しかけてくるくせに、こういう時だけ私が振り向くまで待つんだ。


私はゆっくりとレイの方を振り返った。

月明りに照らされたレイがゆっくり歩いて私との距離と詰める。

そのシルエットが出会ったころとは違って逞しくなっていた。いつの間にこんなに身長が伸びたのだろう。あの頃は綺麗で可愛かったのに。


「怒ってる?」

「・・・怒ってない。」

「私のことが嫌になった?」

「・・・なってない。」

「じゃあ、好き?」

「・・・・・・。」


心臓の音がうるさい。赤くなっていく顔がしんどい。

逃げ出したいほどこの空気に追い詰められていく。


「なんでそんなこと聞くんだよ・・・。」

「ちゃんと答えて。ライファ?」

グッと唇を噛む。

レイが更に距離を詰めて、レイの唇が迫ってきた。


「ちゃんと答えないとキスするよ。」

「・・・レイはずるい。」

「それってしてほしいってこと?」


風の音もしない。

雪の崩れる音もしない。

鳥の鳴き声も、ベルの寝息もみんなこの夜に溶けてしまったかのようだ。

先ほど飲み込んでしまった言えなかった想いが再び行き場を探してせり上がってくる。


もう、ダメだと思った。




「・・・好きだ。どうしたらいいかわからないほど。」


泣きそうな顔を背けて、掠れながら告げた言葉は、耳元から入ってきた言葉に絡め取られる。


「私も、ライファが好きだ。」


驚いてレイを見る。レイは一度目を伏せると真っ直ぐに私を見た。

「ずっとライファが好きだった・・・。今でも。」

「うそ・・・。」


私の言葉にレイは優しく微笑むと、そのまま私に口づけた。


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