第124話 ドーンテール伯爵
翌日の朝は、雪は降ってはいないもののどんよりとした曇り空だった。
「えぇっ、今日も狩りに行って下さるのですか?」
メイリンの声にタイラーとユウも集まってきた。
「今日もお肉を獲ってきてくれるの?」
ユウがピョンピョン跳ねるようにレイの顔を覗く。レイはユウの頭を撫でて微笑んだ。
「たくさん獲ってくるね。」
「おっ、俺も行きたい!!」
タイラーが何かを決意したような目をして手をあげた。
「タイラー、連れていってあげたいけど7歳でしょう?魔力のこともあるし、森に入るのはまだ早いかな。それにね、ここの森は本当に危険なんだ。」
魔力に関しては人のことは言えないなと思いつつも、タイラーに言い聞かせる。昨夜、少し森に入っただけでアカントとジャマンジェを捕まえることが出来た。アカントは魔力ランク5、ジャマンジェは4だと言う。ジェシーさんが言うには森の奥にはもっと魔力ランクの高い魔獣も潜んでいるとのことだ。魔力ランクの低い平民が森を避けるのは当然のことと言えた。
「でも俺だってみんなの役に立ちたいっ!くそっ、漁にさえ出られれば・・・。」
タイラーの悔しそうな表情にメイリンがギュッと手を握った。
「私が伯爵家に行けば・・・。」
「それはいかん。メイリンはここにいていいんだよ。」
メイリンの言葉を聞いたジェシーがメイリンの頭を撫でて言い聞かせる。
「そうだよ!姉さんはお屋敷になんか行かなくていい!」
「うんうん、行っちゃやだ!」
「ほら、ね。生活は大変でもみんなでいることが幸せなんだよ。」
「お父さん・・・。」
メイリンが泣きそうな顔で微笑んだ。
レイと二人、森へ続く道を歩いている。ジェシーから借りた獣入れ(大きな木の箱の下に滑りやすい薄い板がついており、雪の上を滑らせて獲物を運ぶ)が、私たちが歩くたびに、ザザ、ザザと音を立てた。
「ねぇ、レイ、なんとかならないかな。」
「導きの葉のこと?」
「うん、それもそうだし無理やり家族と離れて伯爵家にいる人たちがいるのなら、戻してあげたい。大切な人と一緒にいる時間は尊いものだから。」
「そうだね。」
「それで考えたんだけど、伯爵家に潜入できないかな。」
「潜入!?」
「そう、潜入して導きの葉が伯爵家にあることを確認して、伯爵が何をしているかの証拠を集めてガルシアの国王宛に送る。そうすれば伯爵は裁かれ、以前の村に戻れるんじゃないかな。」
レイは、ん〜と何か考えるような素振りを見せたが、私を真っ直ぐ見た。
「こうして関わったのも何かの縁だもんな。やってみようか。女装にはちょっと慣れているし。」
「え?レイも潜入するの!?」
「当たり前でしょ。ライファ一人を行かせるわけにはいかないから。」
その日の夕方、レイに化粧を施しながらメイリンが心配そうな声を出した。
「本当に伯爵家へ行くのですか?」
「うん、導きの葉があるのかどうか見てみようと思って。」
「狩りのことといい、私たちの為にそこまでしていただいて何と言っていいのか・・・。」
ジェシーが暖炉に薪をくべながらすまなそうに呟いた。
「ジェシーさん、皆さんの為というか、実は自分の為でもあるのです。以前、助けを求めている人を目の前にしておきながら何もできなかったから。今は誰かの力になれるのなら、力になりたい。ですから気にしないでください。」
ターザニアが目の前を掠め、ここがターザニアになってしまわないようにガルシアだ、ここはガルシアだと心の中で唱える。
「・・・ありがとう。」
ジェシーはこちらを見て、それでもすまなそうにお礼を言った。
「わぁあ、レイさん、キレイ・・・。」
レイの化粧を終えたメイリンが口元を押さえうっとりとしている。少し長めの髪の毛を魔法で軽くうねらせ、ブラウンのアイシャドウと赤みを押さえたヌーディな口紅がレイの品の良さを更に引き立てている。これで綺麗なドレスでも着れば立派な侯爵令嬢だ。
デカいけど。
クールビューティな姿に驚いていると、どう?と艶っぽく聞かれた。
う・・・。慣れている。レイに合うサイズの女性服がなかったため、少し女性っぽく見える男性服を着ているのが残念だが、それでも私よりも随分色っぽい気がした。
「おぉー、すげー、デカい美人だ。」
ヘンリーがやってきてレイをしげしげと見上げる。
「次はライファさん、こちらへ。良かった、私の服、ぴったりね。」
メイリンに借りた少しだけ胸元が開いたワンピースを着てメイリンの前に座る。
「私、自分と同じ歳の女の子とこうして遊ぶのは久しぶり。あ、いや、遊びじゃないんだけど・・・。ごめんなさい。同じ歳の女の子はみんな伯爵家に行ってしまって。」
「いや、いいんだ。お化粧遊びみたいなものだから。私も同じ歳の女の子と遊ぶなんて、随分久しぶり。」
メイリンは魔力が少ないのだろう。魔力を使わず、丁寧に手で化粧を施してくれる。少しくすぐったいくらいだ。
「できた。うあぁ、ライファさんもすごく・・・きれい。」
皆の方を振り向くと、ユウがきれい~と抱き付いてきてタイラーは赤い顔をして、おぅっと言った。レイを見れば、美女が美しい微笑みを浮かべている。
「二人とも、くれぐれも無理はしないでくれ。私たちは、何とかしたいと思ってくれたその気持ちだけで十分有り難いのだから。」
ジェシーの優しい言葉に見送られながら私たちは伯爵家へと向かった。
伯爵家はドーヤの最奥にあった。どうやらドーヤだけではなくこの付近の村をまとめて管理しているらしい。大きな柵のような門の脇にある鐘を鳴らすと、びびょーんと妙な音が響き、鐘の中から声がした。
「どちら様ですか?」
「私、旅をしておりますライファと申します。こちらはレイラ。この町の美しさに感動いたしまして、この町を治めております伯爵様にぜひご挨拶したく参りました。」
「少々お待ちください。」
しばらくしたかと思えば、急に鐘の目が開いた。その姿にぎょっとして固まると、レイが私の肩に手を回して笑顔で鐘の目に向かって手を振った。
「伯爵様、そんな遠くからじゃなくてぜひもっと近くでお会いしましょう?」
いつもより高いレイの声に吹き出しそうになる。
こ、これは・・・。女性というにはやはり太い。あまり話させないようにしようと、心に決めた。
「そうだな。よかろう、入りなさい。」
門が音を立てて開き、私たちは屋敷の玄関へ向かって歩く。
「そう言えばレイ、魔力ランクってバレたりはしないの?」
「一応魔力を抑えるようにはしている。押さえても多分、ランク4ぐらいはあるだろうけど。魔力抑えるのは苦手なんだよね。」
レイは小さな声でリベルダ様に知られたらボロクソに言われるんだろうな、と言った。
「そうだ、ライファもこれを持っていて。」
レイが渡したのは記録石だ。
「音声と画像を記録できるタイプなんだ。私も同じものを持っているから、とにかく証拠だと思ったものは記録しておこう。時間にして2時間分の容量しかないから、ずっと記録していると肝心な時に記録できなくなるなんてことになるから気をつけてね。」
「わかった。ベル、ベルはどこかに潜んでいて。」
私はコートの中にいるベルに話しかけると、ベルをそっと伯爵家の庭に放った。
玄関にたどり着くと見計らったかのようにドアが開いた。執事であろう男性が開けてくれたのだ。
「どうぞ、お入りください。ドーンテール伯爵様がお待ちかねです。」
「突然の訪問、失礼いたします。」
私たちは丁寧に頭をさげると、伯爵の元へ案内された。
絵画と花が飾られた石造りの豪華な玄関を過ぎ、リビングに通される。そこにはぷくぷくと太った色白の男が豪華な宝飾品を身に着け、どっしりと椅子に座っていた。その背後には綺麗な女性や可愛らしい女性が10人程おり、部屋の壁際にも数人の女性が並んでいた。
女性がたくさん・・・。しかもみんな露出度の高い服を着ている。
「お初に目にかかります。ドーンテール伯爵様、この度は突然の訪問にもかかわらずお目通りを許していただきありがとうございます。私はライファ、こちらがレイラでございます。」
「お会いできて光栄です。」
私の言葉に続いてレイが頭を下げる。
私たちの姿を嘗め回すかのように眺めた後、ドーンテール伯爵がニヤリと微笑んだ。
「ようこそ、わが屋敷へ。歓迎しますぞ。ゆっくりしていきなさい。ゆっくり・・・ね。」
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