第115話 次のミッション
ようやく手に入れたチョッキ―の実。ひとつだけじゃ心もとないだろうと、夕方までに3か所でシチューを作りシュトーに振舞った。
手に入れたチョッキ―の実は8個。これだけ手に入れられれば上出来なのではないだろうか。
「シチューの作り方覚えちゃいました。【森のうた】の料理にしちゃおうかなっ、うふふ。」
「リタさんが手伝ってくれて助かったよ。森の中も迷わずにすんだしね。」
「お役に立ててうれしいです。」
レイに褒められてリタはご機嫌だ。
「欲しい物も手に入ったし、今日はもう遅いから明日には出発だな。」
私が言うとレイも頷いた。
「明日?明日また旅立ってしまうんですか?もっとゆっくりしたらいいのに。」
口を尖らせるリタ。
「ちょっと急いでいるんだ。色々とありがとう。」
リタが寂しげにレイの服の裾をつかんで、レイはその手をそのままにしていた。宿が見えた瞬間、お腹を空かせていたベルがポンチョから飛び出し、一目散に宿へと飛んでゆく。
「こらっ、勝手におねだりしちゃだめだよ!」
他のお客さんに食べ物をおねだりしないようにとベルを追いかけ、森のうたに入ってから振り返ると、レイの袖をつかんで耳元で何か話しているリタの姿が見えた。
「師匠、きこえますか?」
部屋に戻るとリトルマインを取り出し、師匠を呼ぶ。
「マリアです。どうしたのですか?」
「先生?師匠は?」
「リベルダは今、記憶の中に潜っているので私がリトルマインを預かっているのですよ。」
「そうなんですね。先生、チョッキ―の実を無事に手に入れました。バッグに8個入れてあります。」
「よくやりましたね。ありがとう。これで薬の完成にまた一歩近づくわ。」
「マリア様、次に欲しい薬材は決まりましたか?」
「えぇ、ちょうど先ほど思いついたところなの。ガルシアの北にドーヤという町があります。その近くの山奥に【絶花】という花があるはずです。正直、この花に関しては役に立つかは賭けに近いのですが・・・。」
「それはどういう意味ですか?」
「絶花は調合する者の願いを叶える花と言われてはいるのですが、どのような基準でどの願いを叶えてくれるのかが分からないのです。万病に効く薬を作ろうとした者が調合の最中に尿意を我慢していたら、尿意を感じなくなる薬が出来てしまったり。一切の雑念を払って完璧な惚れ薬を作ろうとした者は瞑想状態を引き起こす薬が出来てしまったり。」
「それはもともと絶花の効果が【願いを叶える効力】ではないのでは?」
レイが身を乗り出してリトルマインに近付いた。
「勿論、その可能性もあります。だからこそ、ライファに見てもらいたいのですよ。それに、今作ろうとしているのは未知の薬なので、これくらいぶっ飛んだものを入れないと刺激が足りないような気がするのですよ。」
「「ぶっ飛んだって・・・」」
その言い方・・・とレイと声が被る。
「では、私はまた研究に戻りますので、絶花の件、お願いしますね。」
先生はそう言ってリトルマインを切った。
「調合って本当に実験なんだな・・・。」
レイがどこか不安そうに呟いた。
「うん、どの薬材をどれだけ使うか、調合の順番、調合方法、バランス、複雑な薬になればなるほどシビアになっていくからね。何度も作って調整してようやく完成するんだ。」
「マリア様を信じるしかないな。」
「レイ、先生に作れない薬は誰にも作れない気がするぞ。」
「たしかに。」
「明日はドーヤに向けて出発だな、どの辺にあるんだ?」
レイが記憶石リュックからコク石を取り出すと、空中に地図を表示させた。
「今いるのがガルシアの中心から見て西の端っこにあるココ。ドーヤは北東の端になるから飛獣石でフルスピードで飛んだとしても15時間はかかるな。」
「フルスピードで15時間か。魔力の消耗と休憩をはさみながらの移動と考えると2、3日はかかると思った方が良さそうだな。」
「うん。もっと上手く魔力を使うことが出来ればいいんだろうけど。」
「そんなことないよ。レイは十分凄いし、助かってる。」
私はレイの目を見てしっかり言った。
「レイのことが大事だから無理はしないでほしい。」
レイの赤く腫れ上がった手を思い出すたびに、自分を殴りたい気持ちになる。あんなになるまで放置させていたなんて。
「絶対だから。」
レイがふっと笑い私の頭を撫でた。
「わかった。ありがとう、ライファ。」
夕食を終え部屋で寛いでいると、レイが出かける準備をし始めた。
「出かけるの?」
「うん、リタに付き合って欲しいってお願いされてさ。遅くならないように戻ってくるからライファはここで待っていて。」
「わかった。」
出かけるレイを見送り、ベルと共に部屋に残った。レイがいないというだけで急に部屋の中が静かになったような気がする。ベランダに置いてある椅子に座って夜景でも眺めようと窓を開ければ、森のうたを出て歩いていくレイとリタの姿が目に入った。レイの腕に手を絡ませ、並んで歩く二人は本当に恋人同士のように見えた。
愛人契約でもするのだろうか・・・。
リタに向けるレイの笑顔の優しさが、自分が避けようとしている答えを肯定するかのようで、重く気持ちが沈んでゆくのが分かった。
このままじゃだめだ。気分転換に外のお風呂にでも行こう。
「ベル、お風呂に行こうっ。」
レイはここで待っていてと言っていたけれど、森のうたから徒歩8分の海の湯になら行ってもいいだろう。だいたいこのままいつ帰ってくるかもわからないレイを待ち続けるなんて無理だ。楽しそうに歩く二人の姿が脳裏に浮かんで、ぎゅっと目を閉じた。
「よし、行く!ほら、ベル、行くよ!」
一応念のためにと、テーブルの上に書置きをして私は海の湯へと急いだ。
薄暗い森の中に控えめな街灯が一つ。
よかった。誰もいない。
お風呂の入り口にある籠に脱いだ服を入れ、濡れないようにと湯船から離れた所に置いた。外にある露天風呂は基本的に混浴である。その為タオルを巻いたままお湯に入った。
ふぅ。いいお湯・・・。
空を見上げれば森の木の向うにたくさんの星が見える。
目を閉じれば森の風、静寂の音が聞こえる。
やっぱり来て良かった。
もやもやしたものがほんの少しだけ薄まってゆくような感覚。意図せずとも二人のことを頭の中から追い出せるようなこの空間に救われた気持になっていた。
「ベル。」
ベルに向かってテイっと指でお湯を弾けば、キュウっ!と怒ったように鳴いたベルが両手と羽でお湯をかけてきた。こちらも応戦すれば今度はベルが1mくらいの高さから勢いよく落ちてお湯しぶきをあげる。
「ベル、さすがにそれは勘弁してくれ!」
両手で顔を拭っていると、キュ!!とベルが警戒の声をあげた。
はっ!
周りを見渡せば、何かの動物が私の着替えが入った籠を持って走り去るところだった。
「なっ!」
籠には森のうたから着てきた宿着が入っていて、靴は籠の脇に付けられるようになっている。つまり、あの籠を持っていかれると今、体に巻いているタオル以外、何もなくなってしまうということだ。
「うそだろ!ベル、頼むっ」
私は体に巻いていたタオルをはぎ取ると同時にベルの能力で姿を隠し、そのまま全裸で動物を追いかけた。
ガルシアの気候で全裸、短期決戦で行かないと!
動物を追って木を避けて曲がった時、突然目前に人が現れた。もしかしたら突然ではなかったのかもしれない。それほど動物ばかりを追っていた私はその人物に思いっきりぶつかり、そのまま押し倒した。
「えっ、どういうこと!?」
私が押し倒した相手、栗色の髪の毛でくりっとした目をした青年は目を開けると自分の上に乗っている私を見て目を丸くし、「これはヤバい!」と言って私を抱きしめた。
「なんで、裸なの!?」
私はもう見えなくなってしまった泥棒を遠くに見つめてため息をついた。
「温泉に入っていたら動物に服を盗まれました・・・。あ、すみません。こんな格好で。」
青年の反応を見る限り、ぶつかった拍子にベルの結界が切れたらしい。きっと、ベルも驚いたのだろう。
「いや・・・その。とりあえず、温泉に戻って温まりましょうか。」
青年はそういうと自分のコートで私をくるんで、お姫様抱っこをした。
「そ、そこまでは・・・。」
「このまま歩いたら凍傷になるよ。今でもこんなに足が真っ赤だ。」
「すみません、お願いします。」
私は青年に連れられて温泉に戻った。
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