第110話 コバトウ
グショウ隊長と山小屋の中に入ってからレイが少し無口になった。それは移動中だとか寒いからだとかそういう理由ではないと思う。首を回してレイの顔を見上げるとレイが、なに?と聞いてきた。
「山小屋で何かあった?」
「何かあったというか、凄い内部だった。あんな空間魔法が使えるだなんて、さ。とんでもないものを相手にしてるんだって思ったら、なんか・・・。」
レイはそこまで言うと口を噤んだ。
「・・・怖くなった?」
「・・・ん・・・。」
認めようか認めないか迷うような空白の後、なった、と少し小さな声で呟いた。
「少しだけ・・・ね。」
「そうか。・・・よかった。」
「え?」
私の言葉に驚いてレイが良かったの?と聞く。
「うん。怖いと思わないってさ、その方が怖いことなんだよ。怖いって感じるからこそ人は慎重になったり、危険を感知する能力が高まったりするんだ。怖がり過ぎたらパニックを起こして何も見えなくなるからそれはそれで問題なんだけど。でも、恐怖心は大事な感情なんだよ。」
「そうか。なんか少し気が楽になった。ありがとう、ライファ。」
「・・・師匠の受け売りなんだけどね。」
「なんだ、リベルダ様の受け売りかよ。」
レイがそう言って笑う。
それからも飛び続け、コバトウの町に着いたのは辺りも真っ暗になった18時頃だ。その頃には雪も降り始め町はひっそりとした装いになっていた。コバトウの森までもう少しの地点でレイが不思議そうな声をあげた。
「あれ、どうしたんだろう?」
「ん?」
レイの視線を辿ると雪で真っ白になった道の端っこで動かずに立ち止まっている荷車があった。その脇にはしゃがんだ人がいるのが見える。
「こんな時間に雪の中で立ち止まっているなんて、なんかあったのかな?ちょっと下りてみよう。」
「うん。何か困っているのかもしれないしね。」
驚かせないように少し離れたところに着陸すると荷車のもとへ走った。
「大丈夫ですか?」
レイが声をかけると涙目の少女が振り向いた。15歳くらいだろうか。私よりも少し年下といった印象だ。
「買い物をして帰る途中なのですが車輪が雪にはまってしまって。」
レイは荷車を見回すと、あぁ、これかと呟いた。そして呪文を唱えると荷車が軽々と持ち上がり、レイはその荷車を平らな雪の上に置いた。荷物も積んである荷車をあっさりと浮かせるなんてさすがレイだ。
「ありがとうございます!本当に助かりました!」
女の子は嬉しそうにレイの手を掴んで感謝をした。そして、もしかして旅人さんですか?と聞いた。
「うん、そう。チョッキ―の実というのを探しているのだけれど、君、何か知らない?」
「・・・残念ながら私では分からないです。何かお力になれればと思うのですが。」
女の子はしょぼんとした表情をした。
「じゃあ、この辺でお手頃価格で泊まれるところ知ってる?」
私が聞くと女の子は、ぱああっと顔を輝かせた。
「宿がまだ決まっていなかったのですね!それならぜひ、うちに泊って行ってください。ちょっと古い建物ですけれどいいお風呂があるんです。旅の疲れが取れますよ。勿論お安くします!私はリタと申します。コバルトの森の中にある【森のうた】という宿の娘なんです。」
表情がクルクル変わる可愛らしいその姿に、思わず微笑んだ。
「私はライファ、そしてこっちがレイ。そしてここにいるのがベル。よろしくね。」
私は服の隙間からベルを覗かせて挨拶をした。
「まぁ、こんなところに隠れていたのね。かわいいっ。ふふふ。みなさん、ようこそガルシアへ。」
リタは笑顔で歓迎の意を示してくれた。
「ここが私の家です!」
【森のうた】はコバトウの森へ入って15分くらい所にあった。ここと言われはしたものの目の前に建物は無く、むしろ目の前は崖。リタが崖の下を指さすので覗いてみると、そこに屋根が見えた。
「この崖、まるで森を割ったかのようにあるのですが、崖と崖の間が10メートルくらいしかないんですよね。なので、その間を埋めるように宿屋の建物があるのです。」
リタはそう説明するとポケットから丸い筒を取り出し、ただいまーっと大きな声を出した。その声は丸い筒により大きく響き、暫くするとおかえりーっと崖下から男の声が聞こえた。
「リタ、こっちの準備はオッケーだぞーっ!」
リタは荷車から荷物を取り出すとポイポイと崖下へと投げていく。その下では先ほどの声の持ち主が魔力を使いながら荷物を受け取っていた。そうやって全部の荷物の受け渡しが終わると、崖の上にある小屋に荷車を片づけた。
「お待たせしました。私について来て下さい。」
リタについて崖の階段を下りていくと、そこは小さな温泉街のようになっていた。
「すごい・・・。この建物全部がリタさんの家?」
「いいえ、ここには全部で8件の宿があるんです。うちはその中の一つ。他に食べ物屋さんとかお土産屋さんもあったりして、小さな町のようになっているんですよ。」
「へぇー、すごく素敵。」
「ここに雪がないのは温泉があるからなの?」
感心している私の隣でレイがリタに聞いた。そういえばここには雪がない。それどころか、ほかほかと暖かいのだ。
「そうです。地熱があるからここは雪が積もりません。ずっとここにいると外の寒さを忘れちゃう。」
リタはそう言って笑った。
階段を降りてすぐに【森のうた】はあった。
木と岩を融合させたような建物で、リタは古い建物だと言っていたけれど年月を感じさせない。入口の薄い岩に触れると魔力を感知した岩がすっと動いて建物の中に入ることが出来た。
「リタ!無事で良かった!戻ってくるのが遅かったから何かあったんじゃないかと心配していたのよ。あら?お客さん?」
リタの母親だろう。リタと同じ青色の目をした綺麗な女性がフロントから出てきた。
「お母さん、帰る途中で荷車が雪にはまって困っていたところを助けてもらったの。旅人さんたち、うちに泊って貰ってもいいでしょう?」
リタの母親は「勿論よ」と言うとこちらに向き直った。
「リタを助けていただきましてありがとうございます。この雪の中ずっと立ち止まることになっていたらどうなっていたか・・・。お代はサービスしますからどうぞゆっくりしていってくださいね。」
「いや、そういうわけには・・・。お代はちゃんとお支払いします。」
私は恐縮してそう申し出たが、いいの、いいの、とリタの母親が笑うので、遠慮なくお世話になることにした。
「お二人はご姉弟?お部屋は一緒でいいのかしら?」
母親の問いにレイが「大丈夫です」と答える。安全面から一緒にいた方がいいのだろう。
「お風呂はこの一階に女湯と男湯があります。この宿を出たところにも混浴のお風呂もあるし、コバトウの森の中にもあるのよ。これが森の地図ね。ここに書いてあるどの温泉に入ってもいいの。ぜひ楽しんでいってね。ちょっと夕飯が遅くなっちゃうけど、準備に40分くらいいただきたいから、もし良かったらお風呂に入って体を温めてはどうかしら?」
「はい。ありがとうございます。」
「リタ、あなたもお風呂に入っていらっしゃい。体を温めた方がいいわ。」
「うん、ありがとう。」
「ユーリスアから来たんですか?そりゃあ長旅でしたなぁ。」
60代半ばと思われる品がよく優しそうなおばあちゃんが部屋に案内してくれる。聞けばリタのおばあちゃんなのだという。【森のうた】は家族経営らしくリタの父親と兄もここで働いているのだそう。
「おばあさん、チョッキ―の実って聞いたことありますか?」
私はおばあさんに聞いてみた。
案内された部屋はオレンジ色のライトが暖かく部屋を照らし、洞穴のような雰囲気のある空間だった。砂を固めて作った壁は暖房で乾燥しがちな部屋の湿度を適度な湿度に保ってくれている。
「チョッキ―の実ねぇ。そういや昔、そんなものがあるという話を聞いたことがありますねぇ。労力の割に使い勝手が悪い実だと聞いていますけど。」
「私たち、その実を手に入れたいのですが、どこに行けば手に入れられますか?」
今度はレイが聞く。
おばあさんは魔力でクローゼットを開けると、お荷物はこちらへ、と言った。それから、何かを思い出すように上の方を見た。
「私の祖父がチョッキ―の実を取りに行くのを手伝ったと言っておりましたが、温泉の周りを探したと言っておりました。見つけられたかどうかまではわかりませんが・・・。大して力になれずすみません。」
「いいえ、教えていただけて大変助かりました。ありがとうございます。」
レイの後に続いて私もありがとうございますと頭を下げる。
「では、私はこれで失礼します。」
「明日は温泉巡りだな。」
「だね。その言葉なんだか温泉旅行にきたみたい。」
私はレイの言葉にクスッと笑った。
「とりあえず、夕食までにお風呂に入ってこよう。温泉なんて久しぶりだ。」
レイが明らかに嬉しそうにお風呂の準備をする。
「温泉好きなの?」
「うん、広いお風呂ってなんかワクワクしない?」
子供みたいなレイの理由に、つい吹き出して笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます