第96話 滅びの日

・・・出ないか。


何度目かのリトルマインを鳴らしため息をつく。ライファに謝りたくて19時から何度かリトルマインで呼びかけているが応答はないままだった。


まだ怒っているのかもしれない。怒っていてもおかしくはないようなことを言った。


後悔が押し寄せる。何をしていてもライファが気になって落ち着かず、ジリジリと胸を締め付けられるようだ。

部屋をウロウロしたまま二時間ほど経過した時だった。


ぐわっと自身の内側で魔力が燃える様な熱を感じた。内側で燃える魔力は自分の魔力と同じものだ。同じものではあるが、自身の魔力は消費していない。


―ライファのお守りが発動したー


騎士団のマントを掴んで部屋を飛び出そうとしたところでヴァンスが乱暴にドアをあけた。


「気が付いたか?ライファちゃんの命が危ない。こっちは任せてお前は行け。」

「わかった。」

「頼むぞ。サイレントは持っていけ。」


回復薬やサイレントが入ったいつもの騎士団の持ち物を腰にくくりつけ飛獣石に飛び乗りながらリベルダ様宛にシューピンを飛ばした。


「リベルダ様!ライファのお守りが発動しました。ターザニアに向かいます!」


それだけ言って飛獣石に魔力を込めた。魔力でスピードを速めたことでターザニアまでは走り続けても7時間はかかる。

時間がかかりすぎる。


今、ライファが危険の中にいるというのに。


飛び立って30分くらい経った頃、リベルダ様からチョンピーが届いた。チョンピーはリトルマインを咥えている。連絡を取る為だけに使うリトルマインで四角い形をしているものだ。直ぐに魔力を通す。


「リベルダ様!」

「レイ、状況は?」

「私のお守りが発動したこと、そして今も発動し続けていることしかわかりません。」


私の中にある魔力はまだ燃え続けている。つまり、まだライファへの危険が去っていないということだ。


「魔力を乱すなよ。無駄に消費するぞ。」


リベルダ様に釘を刺されて落ち着かせようと深く息を吐いた。


「リベルダ様はなにか状況は分かりますか?」


「わからん。ポンチョに石を埋め込んでおいたのだがポンチョを着ていないらしい。だが、守りが発動中であるのならばライファは無事なはずだ。レイ、お前は今どこまで来た?」


「ジェーバ・ミーヴァまであと1時間くらいです。」

「わかった。こちらはこちらで先を行く。後から来い。」


そのままリベルダ様とのリトルマインは切れ、私は先を急いだ。


ジェーバ・ミーヴァを過ぎオルヴを過ぎ、ターザニアまであと1時間半くらいの地点まできた。風に乗って海の生臭い匂いがする。魔力の消耗が激しく回復薬を飲んだ。


「レイ!待て!」


声がした方を見るとリベルダ様がいた。もっと先にいると思っていたのにと思い驚いていると、海を見るようにと言われた。


ターザニアに行くまでの間には船の目印になるようにと、ポツポツと光が浮いている。その光に照らされた海を見ると赤が混じったような、濁った暗い色をしていた。

まさかターザニアから流れているのか?


その考えにゾッとした。


「リベルダ様、これはどういう・・・。」

「わからん。念のためマリアに送って感染症の可能性を調べさせたが大丈夫だった。」


リベルダ様はそういうと自身の巾着を指さした。巾着の中を空間魔法を使って共同で使用しているのだろう。制作には多くの魔力と時間を必要とするはずだが、魔女には愚問だ。


「レイ、用心しろ。何か大きなことが起こっている。」


ターザニアに近づくにつれ生臭い匂いは強くなり、空が白みがかってきたことでようやく周りが見えた。


濁った赤黒い海、浮かぶ肉片。

ポツポツと今も立ち上る煙と人の肉が焼けた時の独特な匂い、無残に破壊された建物。

倒れている人さえ。

騎士団に滞在していてもこんなに残酷な現場など見たことは無かった。


ここにライファが・・・。


私の体内で燃え続ける魔力。それだけがライファの無事を教えてくれる。


「魔力が・・・ライファを守る魔力が小さくなっていく。」


頼む。持ってくれ。守り続けてくれ。

その願いも空しく、ついに魔力が途絶えた。


「リベルダ様!!魔力が消えました。」


私のその声にリベルダ様は一度振り向いた。


「まだ望みはある。余計なことは考えるな。動きが鈍る。とにかくターザニアの上空まで行くぞ!」

「はい!」



上空から目の当たりにしたターザニアは、悲惨としか言いようがなかった。


「ここは本当にターザニアか?」


散らばった肉片が波打ち際で揺れる。つんざくような生臭い香りに、焼けた皮膚独特の生ぬるさが加わり、思わず口元を押さえた。逃げ惑った人々が恐怖に引きつった表情のまま絶命し、皆が血だらけだった。


「レイ、ライファを探すぞ。」


リベルダ様が目を閉じる。私も同じように目を閉じた。薄く、広く、探る様に魔力を浸透させる。ここから3キロほど先に魔力が二つある。一つは弱く、一つは中くらいのランクだ。

目を開けると、リベルダ様も丁度目を開けたところだった。


「行くぞ。」


魔力へ向かって真っすぐ飛ぶ。

血の色が目に映らないことが無い景色。

折り重なるように倒れている小さな子供と母親。


・・・なぜこんなことに・・・。


遠くに小さな影が見えた。ライファだ。顔が見えなくてもその影でライファだとわかる。


「ライファ!!」


渾身の力で叫ぶと、その影がゆっくりとこちらを向いた。


「・・・レイっ!」


唇が私の名前を呼ぶ。飛獣石を止めるのももどかしく、飛び降りてその勢いのまま抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫だから。」


震える手で私につかまりながら、みんなが、みんなが、と繰り返して叫び泣く。私はこんな時にかける言葉も持たず、ただその体をきつく抱きしめた。


「これは一体どういうことだ・・・。」


改めて街を見渡したリベルダ様が呟いた。


「お前は無事か?」


リベルダ様がそこにいた男に話しかける。男の腕には形を崩した女性が抱かれており、大事な人を失ったのだということがひと目でわかった。男はリベルダ様の方をゆっくりと見る。瞬きもせずに振り向いたその顔や体にはべっとりと血がついている。その姿にリベルダ様がハッと息を飲むの。


「大丈夫か!?怪我は!?どこが痛い!?」


続けざまの質問にも答えず男は、ぼーっとした視線のまま、なぜだ?と呟いた。リベルダ様は男の体を障り、目を閉じて魔力の流れを確認しているようだ。怪我がないか調べているらしい。


「・・・怪我がない?」


そう呟いた後、リベルダ様がこちらに戻ってきた。


「ライファ、何があった?」


リベルダ様がまだ震えているライファの顔を覗き込む。


「師匠・・・。」

「あぁ、迎えに来たぞ。・・・怖かったな。」


リベルダ様がライファの頭を撫でると、毀れるようにまた泣き出した。


「魔獣が・・・すごい数の魔獣が攻めてきたんです。」


魔獣だと?ライファの言葉を聞き、あたりを見回すが魔獣らしきものが見つからない。


「誰も敵わなかった・・・。ガロンさんも・・・。やっと倒したと思ったら魔獣の体が爆発して、また人が巻き込まれました。どうして?どうして突然あんなにたくさんの魔獣が!!」


最後は叫ぶような声だった。


「それをこれから調べる。レイ、ヴァンスに連絡を。ターザニアが滅んだと伝えろ。」



現状を見ていても、リベルダ様の声を聞いていても未だに悪い夢のような気がしていた。

この状況なのに動き回る騎士団も、国民に声をかける王もいない。王族も、誰一人、この先の道を示す者がいない。



―ターザニアが滅んだー


この国にさえ、明日はもう来ない。



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