第95話 明日は来ないかもしれない
それは誰もが予想だにしなかった出来事。
あまりにも残酷な終わりとはじまり。
「ねぇライファ、彼女になんて言いえばいいのかな。やっぱ女性として言って欲しい言葉とかあんのかな?」
キヨはさっきからこの調子だ。
「ん~、シンプルに結婚してくださいでいいんじゃない?」
「それだと面白みが・・・。」
「プロポーズに面白みって必要なのか?」
ナターシャのスペシャルドリンクを頬張りながらのプロポーズ大作戦の会議はまだ続いていた。
最初に異変を感じたのはベルだった。
隣でスペシャルドリンクを分けてもらっていたベルが突然姿を消した。
右腕に感触はあるので、私にくっついたまま姿の消したのだ。
次に感じたのは揺れと足音。
地震か、もしくは大きな何かが通ったのかと思う程の揺れ。
そして叫び声。
キャー!!
ギャーッ!
突然始まった人々の叫び声。ひとつではない。たくさんの、たくさんの量だ。街全体が叫んでいるみたいなその声に血相を変えたガロンが厨房を飛び出した。
「隠れられるところに隠れておけ!」
ガロンの声に皆がテーブルの下に潜って姿勢を低くする。その間も叫び声がやむことは無く、どんどん広がっているみたいだ。
誰も口を利かない。
この空間を恐怖が支配していた。何が起こっているのか分からない。分からないという事実が恐怖を増長させる。
息を潜め、息を殺し、叫び声につられないように口をきつく閉じた。
ガロンが戻ってくるなり言った。
「出来る限り武装しろ。おびただしい数の魔獣が街を襲っている。逃げ場はない。」
ガロンが逃げ場はないと言い切った。その言葉に皆がざわつく。
「それは隠れていても無駄だってことか?」
誰かが質問したがそれに答える余裕などなかった。
ぐがああああああああああ!!
ガロンの背後から敵が現れ、ガロン目がけて渾身の一撃を放つ。ガロンは店内にいる私たちをかばう為避けることも出来ず、その攻撃を精一杯の魔力で受け止めた。魔獣の一撃で椅子やテーブルが吹き飛び、天井に穴が開いた。
「ガロン!!」
ナターシャの叫び声が店内に響くもそのまま魔獣が次々に現れた。2メートルはあろう体、体を覆うのは毛ではなく甲羅のような硬い皮膚だ。目が赤く血走っており、足の踵には大きな牙のような鋭い突起が生えている。どう見ても高い魔力ランクを持っているようにしか見えない。
「ぎゃああああああ!!」
誰かが叫び、その声に共鳴するようにあちこちで叫び声が発生する。
「キヨ!」
私はキヨの手を掴んでキヨをかばうように前に立った。小弓を出して魔獣に向ける。先ほどの魔獣の一撃で左手にダメージを負ったガロンが必死にナターシャを守りながら戦っているのが見えた。
がああああああ!魔獣は叫びながら暴れ続ける。狭い店内じゃシューピンを出しても邪魔になるだけだ。小弓で目を狙うも動きが速すぎてついていけない。
「ウニョウ!」
私は小弓にウニョウを込め、襲い掛かる魔獣の足元を狙って発射した。ウニョウは上手く絡まり魔獣が叫び声を大きくした。私はウニョウで魔獣を転ばせ、近付いて目に眠り玉を撃ち込むという方法で敵を倒していった。そして苦戦をしいられているガロンの元へ急ぐ。
「キヨ、私から離れないで!」
ガシャーン!!
ドンっ!
ギャーッ!!
店内に叫び声と音が散らばる。助けて、と聞こえた声にキヨが反応し飛び出した。
「キヨ!!」
キヨがこちらを向いた瞬間、魔獣がキヨに魔力を込めた手を振り落した。何かが潰れる様な鈍い音がした。
「キヨ?キヨーーっ!!」
もう何かを考える余裕などなかった。
「ライファ、今は自分を一番に考えろ!」
ガロンに怒鳴られて前を向く。ガロンの負傷した左腕は血まみれで、ナターシャが自分の服を破って縛っているところだった。店内は見る影も描く、あちこちに血が飛散している。魔獣は次々と現れ、気が付けば私たちを囲むように魔獣が立っていた。
魔獣が私に突進してくる。
「ライファ!!」
別の魔獣と戦っていたガロンが私の名前を叫んだ。魔獣に囲まれているこの状況で逃げ場などない。私はウニョウを魔獣に打ち込み一体が倒れるも、もう一体が突進してきた。間に合わない。魔獣の腕が私に落ちてきた瞬間、私の体が光り、丸い結界が私を包んだ。魔獣は結界に弾かれその場に倒れる。
「すげぇな。」
ガロンの声が聞こえた。私が身に着けているペンダントとブレスレットがその魔力で少し浮かび上がっている。レイとヴァンスがくれたお守りが発動したのだ。
「ナターシャさん、ガロンさん、私の結界へ!」
私は二人に駆け寄り、二人を結界の中に入れようとした。
バチッ!
二人が弾かれる。
「どうして?どうして?」
混乱のあまり声を発した私にガロンが優しく言った。
「無駄だよ。その手のお守りは本人しか守らない。」
その言葉は私にとって絶望の宣告だった。
魔獣が次々に私たちを目がけてやってくる。二人の前に立つも魔獣に吹き飛ばされるばかりだ。ガロンが消耗していくのがわかる。ナターシャもいつの間にか血を流していた。私の手元には最後のウニョウがひとつだけ。
ウニョウを魔獣の足元目がけて発射する。ウニョウに絡まり魔獣が倒れる。
そこをすかさずガロンが止めを刺した。魔獣が息絶えたと思ったその瞬間、魔獣の体が大きく膨れ上がった。
「逃げろ!!」
ガロンが叫ぶと同時に魔獣の体が爆発した。その爆発はフォレストを吹き飛ばし、ガロンもナターシャもそこにいた魔獣でさえも吹き飛ばした。
「ガロンさん!ナターシャさん!」
叫びながら二人を探す。
「ガロンさん!ナターシャさん!!」
瓦礫の中を躓きながら進む。足がもつれて歩きづらい。
どうか無事でいて。生きていて。ガロンとナターシャの笑顔を思い、顔を上げた。目の前にばかり捕らわれていた私が初めて外の世界を見渡した瞬間だった。見たこともない数の魔獣が殺戮と破壊を繰り返し、ところどころで爆発が起きている。いつもの街の面影などない。
呆然と街を見つめた。何が・・・何が起こっているんだ。
「ライファ・・・無事だったか。」
「ガロンさん!」
慌てて駆け寄る。その姿を見て絶句した。泣きそうになる自分に叱咤して声を絞り出す。
「いま、助けますから!!」
「お前だけでも無事で良かった。」
「話さないで。今止血を!」
「もういい。わかっている。ナターシャの側にいけないのが残念だ。」
ガロンには両足がなかった。魔獣の爆発で吹き飛ばされたのだ。
「今、ナターシャさんを探してきますから!」
「ライファ。」
ガロンは私の名前を呼ぶと3メートル程先にある瓦礫の山を指さした。
「ナターシャはあそこにいる。」
ガロンの言葉に駆けだす。瓦礫をかき分ける。一度発動した結界は完璧なもので、瓦礫でさえ私の体に傷をつけることは出来ない。渾身の力を振り絞り瓦礫をどけていくと、人のうめき声がきこえた。
「ナターシャさん!ナターシャさん!」
「・・・いたい・・・いたい。」
ナターシャのものであるその声はしきりに痛みを訴えてくる。
「今どかしますから!」
一番大きな瓦礫をどかすとナターシャの姿が現れた。うつぶせで床に倒れたまま、足は曲がらない方向へ曲がり、お腹の部分には腕程もある大きな木が突き刺さっていた。
「ナターシャさん!」
「いたい・・・いたい・・・。」
譫言のように呟く。もう助からないのは明白だった。
「ナターシャさん・・・。」
昨日作った生キャラメルをナターシャの口に含ませた。私にできる唯一のこと。どうか痛みが和らぎますように。
「・・・あまい・・わ。」
口に入れたその味にナターシャの意識が少しだけ戻ったようだ。
「・・・ガロンは?もうね、何も見えないの。」
「近くにいますよ。」
「そう、良かった。最後まで一緒ね。」
ナターシャが大きく息を吐いた。
「少し楽になったけど、なんだか眠いの。もう眠ってもいいかしら?」
「はい。いいですよ、私もガロンさんもここにいますから。」
「うん。ねぇ、ライファ。私たちのこと忘れてもいいのよ。」
それがナターシャの最後の言葉だった。
ガロンの元へ戻る。
「ナターシャは逝ったか?」
私は頷く。
「そうか、側にいてくれてありがとう。一人で逝かせなくてすんだ。あいつ、意外と寂しがり屋なんだ。」
ガロンがゆるゆると目を閉じてゆく。
「ガロンさん!」
声は呼んだものの、もうかける言葉が見つからなかった。
「早く行ってやらないと、ナターシャが寂しがるからな。」
ガロンはそう言ったまま動かなくなった。
フラッと立ち上がる。他のみんなは?キイナは・・・。
瓦礫の中を漁っていると、私を見つけた魔獣が突進してきてそのまま吹き飛ばされた。その後も生きていると気付くと執拗に攻撃をしてくる。まるで人間を皆殺しにするようにと意識に植え付けられているかのようだ。現に森の魔獣たちがこの騒動に逃げ回っているが敵は逃げ回る小さな魔獣たちには目もくれず、人間にしか攻撃をしない。
叫び声が聞こえるたびになんとか助けようと走っていくのに、無力な私は魔獣に突き飛ばされるしかできないのだ。次第に爆発が頻繁に起こるようになり、私に攻撃をしかけていた魔獣までもが爆発した。そして空にほんの少しの明るさが滲んだ頃ようやく街は静かになった。
人の叫び声も、
動物の鳴き声も、
魔獣の雄叫びさえもしない。
風だけが鳴いていた。
「誰か・・・誰か・・・。」
震える声を絞り出しながらよろよろ歩いた。
千切れた腕、髪の毛がついた頭蓋骨の欠片、引きずられたような血の跡。
至る所にある斬撃の痕跡に、心が何を感じればいいのかが分からない。
どこからも、何の音もしない。何も動かない。
ふと見覚えのあるエプロンが目に入った。赤茶けたショートカット、彼女の笑顔に良く似合っていたエプロンだ。
「キイナ?」
瓦礫に足を取られながらも駆け寄り、瓦礫を避ける。
「キイナ?キイナっ!」
触れた体は冷たく、顔半分が血に染まっている。
もう嫌だ。
もうここにはいたくない。
ひとりは嫌だ。
ガタっ
僅かな物音を耳が捉えた。ゆっくり振り返る。
瓦礫の山がポロポロと崩れていく。
その理由を理解する前に体が動いた。駆け寄って瓦礫をどけはじめる。
大きな瓦礫の一枚が剥がれるように動いて中から出てきたのはグラントだった。
グラントは凍り付いた表情のまま周りを大きく見回した。まるで記憶を繋いで今の状況を把握しているかのようだ。
「・・・キイナは?」
私は首を振る。キイナを探しに行こうとするその体を必死につかんだ。
「離せ!離してくれ!」
「キイナはもう・・・。」
「見たのか?どこに!?」
見ない方がいい。愛する彼女の無残な死体など見ない方がいい。グラントの中のキイナの姿が、あの姿にならないようにと思いを込めてその体をつかむ。
「見ない方がいい。」
「でないと信じられない!!」
まだ生きているかもしれないとその目が語っている。私は恐る恐るキイナがいる方向を指さした。グラントが走っていく。そのしっかりとした足取りは怪我をしていないように思えた。
「キイナ、キイナ?返事をしろよ。キイナ?」
キイナを抱きしめて何度も何度も名前を呼ぶグラントが見える。
その背中が震えている。自分の服を脱いでキイナを包んでその体をさすっている。冷たくなった体を温めているのだろう。
自分の体がビクっビクっと二回、痙攣したように動いて心が何かを感じ始めているのを感じた。目の前がかすんでいく。
グラントがキイナの名前を呼んで叫んだ。キイナ――――グラントがキイナを求めるその声に引きずり出されるように雫が落ちた。体の中の水分がとめどなく毀れる。
叫ばずにはいられなかった。
ガロンにもナターシャにもキヨにもキイナにも。
ここに倒れている人々全員に
明日はもう来ない。
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