第78話 真実
「キースからは返事はあったのですか?」
甘ったるい声で女が話し始める。
私は思わずリュンがくれた石に魔力を与え、起動した。
「・・・ライファか!?」
小さな声に答えることもせず、ベッドの下にいながら二人の会話がより聞こえるようにと石を声の方へ近づけた。
「あぁ、王子は今ターザニアからこちらに向かっている。その最中に殺るそうだ。成功しても失敗してもお前は返してほしいと言ってきたぞ。」
「くすっ、あの人らしいわね。」
「未練はないのか?どう転がってもあいつは死ぬぞ。」
「えぇ、いいの。私はずっと私の側にいてくれる人がいい。愛して、褒めて、お花を育てるように私を愛でてくれる、権力も財力もあるあなたのような人がいいの。キースは私に優しかったけど、私をキースの一番にはしてくれなかったわ。仕事、仕事で私の側にはいてくれなかった。クラウス様からキースの仕事が王子の側近だと聞いた時に、キースの一番は永遠に王子なのだと気付いたのよ。最愛の王子と殺し合う、本望でしょう?」
先ほど、家で花に水をあげていた人物と同じだとは思えなかった。
こんな彼女の姿を見たらキースはどうなってしまうのだろう。
恋愛は滑稽で愉快で残酷で美しい、いつだったか師匠がそう言っていた。
残酷すぎるだろ・・・。
泣いて彼女を助けてほしいと懇願したキースの姿が、ただ痛かった。
「君は恐ろしい女だな。」
「ふふふ、そんな私を引き出したのはクラウス様、あなたですよ。ねぇ、抱いてくださる?」
トーニャの言葉をフッと鼻で笑う。
「その前に一杯どうだ?」
クラウスは指を鳴らした。
「いかがなさいました?」
その音に現れたのは、この別荘の家小人である。家小人は当然背が低い。ベッドの下に隠れていた私と目が合ってしまった。
しまった!
「あ゛――――――!!!」
家小人が全力で叫ぶ。
「何事だ!?」
クラウスがベッドから出る前に、先に動いた。
先手必勝、いや、むしろ先手を取らなきゃ死ぬ。
小弓を取り出し、眠り玉をセットしながらクラウスの前に飛び出る。クラウスが呪文を言おうと口を開いたその表情がスローモーションで見えた。隣にいるトーニャの叫び声さえも間延びしたような音で聞こえる。
私が撃った弾はゆっくりとクラウスへと迫り、眉間で弾けた。見届けながらも次の弾を込めトーニャを撃つ。弾は顔を背けたトーニャの首元に当たりトーニャはそのままベッドからずり落ちるようにして倒れた。
ガシャーン!!
窓ガラスが割れ、そこからクオン王子とリュンが飛び込んできた。すでに倒れている二人を見て一瞬目を見開き、敵が他にいないか部屋をチェックする。クオン王子が腰を抜かしていた家小人を捕獲して、ようやく私に向き直った。
「まさか、ライファがやったのか?」
「はい。強力な眠り薬で眠らせてしまいました。4時間くらいは起きないかと。すみません。事情聴取的なものをする予定でしたよね?」
「いや、それは、まぁ、いい。お前が無事で良かった。」
クオン王子の手が私の頭を撫でる。
「ライファさん、凄いです!一瞬の間に二人もだなんて。」
リュンが驚きつつも尊敬の眼差しを向ける。
「ライファさん!大丈夫ですか!?」
二人から遅れること数分、ようやくトトが登場した。
「大丈夫です。ご心配おかけしました。」
私がトトと話をしていると、「一体どうやって・・・」とこちらを見る姿がある。クオン王子だ。あまりにも不思議そうにこちらを見るから、隠している訳でもないしと思い小弓を出した。
「これに丸くした薬剤を込めて撃つんです。私は魔力があまりないから護身用にと作りました。あ、魔道具は魔道具師さんに頼みましたけど。」
クオン王子は小弓を手に取って見ると「お前には本当に驚かされてばかりだな」と呟いた。
「これからどうしますか?」
「俺を狙った犯人は間違いなくこのクラウスだ。クラウスは叔父と繋がりのあるアーバン伯爵の息子でな。叔父は俺を殺してでも弟を王位第一継承者にしたいんだろうよ。叔父の爵位剥奪は難しいだろうがこの機会にアーバン伯爵の爵位は剥奪しておきたい。俺が死んだと聞かされた時、奴がどう動くのかが見物だな。」
王子はそう言うと自傷気味に笑った。
「二人にはこの一時間の記憶を失ってもらう。証拠は先ほどの会話を記憶させた石があるから、その石と俺の証言で十分だ。二人はそのまま泳がせておいて、俺が死んだと知った時にどう動くのかを見たい。」
その後は割れた窓を修復し、二人と家小人には忘却薬を飲ませこの一時間の出来事をなかったことにした。クオン王子は部屋に小さな虫を二匹放つ。
「それはなんですか?」
リュンが聞いた。
「これは最新の魔道具だ。半径3m以内の音を拾うようになっている。近くの映像までも流してくれる優れものだ。」
「それはすごい!」
トトがホヘーッと飛び回る虫を見ている。
「どう見ても虫にしか見えませんね。」
「ここまでセットできれば上等だ。帰るぞ。」
宿に帰ると今朝私たちを迎えてくれた女主人が料理を用意して待っていてくれた。
「お腹、減っただろう?」
そう優しく声をかけてくれる。
パンにスープにサラダ、肉を焼いて塩と細かく砕いた香草をかけたもの、果物。クオン王子といつもの合図をやりとりするもクオン王子の表情は信頼している人に向ける様な優しい表情だった。そしてその表情のまま女主人に「ありがとう。」と言う。
料理はどれもシンプルな味付けがマッチしている素朴で美味しい料理だった。
動きがあるまで各自休むように、と部屋に戻る。
ベッドに倒れ込むと、フワッとベッドが体を受け止め心地よい。さて、何をしようか。出かける前まで寝ていたから眠くはない。ベルがキュキュッと鳴いて寄ってきた。
「ベル、今日は助かったよ。ありがとう。」
ベルにお礼を言うと、胸を張ってフフンとドヤ顔をする。
「そうだ!厨房借りてクッキーでもつくろうか?」
ベルに声をかけるとベルが嬉しそうに跳んだ。
私は一階に下りると女主人に声をかける。
「すいません、厨房をお借りしてもいいですか?」
「いいよ。何か作るのかい?」
「ちょっとおやつを作ろうかと思いまして。それと、ここから一番近い食材屋さんを教えてください。」
「ここから一番近いって言ってもここは山の中だからなぁ。そうだ、うちにある食材ならなんでも使っていいぞ。あとであいつに請求するから心配しなくていい。」
女主人はそう言ってニカッと笑った。
王子をあいつと呼ぶほどの距離感。良く見れば目元が似ているような気さえする。もしかしたら血縁関係があるのかもしれない。
「ありがとうございます。」
私は深く詮索することはしなかった。
厨房はきちんと整理整頓されている。動きの同線も良く考えられており、あってほしい場所にあるべきものがある、そんな厨房だ。
「理想的な配置・・・。師匠に爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。」
私はあらかじめ聞いていた場所から食材を取り出し、材料を並べた。
ベルがピョンピョンしながら厨房にある果物の脇に立って、まるで踊っているかのようだ。本当に食べるのが好きなんだから。
私はサワンヤを卸しながらじんわりと温めて洋乳凝を溶かす。
「こんなところにいたのか。」
厨房に顔を覗かせたのはクオン王子だ。
「何か動きはありましたか?」
「いや、まだだ。何をしているんだ?」
「部屋でじっとしているのも退屈なのでおやつでも作ろうと思いまして。」
「お前は本当に料理が好きなんだな。」
「料理が、というより食べるのが、なんですけどね。でも、確かに最近は作るのも楽しいなと思うようになりました。」
「どれ、俺も手伝ってやろう。」
「休まなくていいんですか?」
クオン王子が4人の中で一番休んでいないのは誰の目にも明らかだ。
「あまり眠れなくてな・・・。」
自身を守る為に薬に頼ることも出来ず、信頼している者に裏切られ、王になるということはなんて危うく険しいのだろう。そしてその日々が続いて行くのだ。奪われるものも与えられるものも、与えるものも濃くて眩暈がしそうだと思った。
「ではまた一緒に作りますか。」
私がそう言うと、クオン王子がふっと微笑んだ。この時間が少しでも穏やかに過ごせる時間になればいいと思う。
厨房を破壊されては困るので、クオン王子には魔力を使わず手で捏ねる作業をお願いすることにした。材料が入ったボウルをクオン王子に渡す。
「こ、これに手を突っ込むのか?」
「ぶっ!なんて顔しているんですか。ぷぷぷぷぷ。」
王子が明らかに嫌そうに顔を歪めている。
「俺はこんなぐちょっとしそうなものに手を入れたことは今まで無いぞ。」
「やったことないからやるんでしょう?」
「ぐっ。」
王子が恐る恐る手を入れる。
「下からすくうようにして混ぜていくんです。混ざってくるとだんだん硬くなって、ぐちょっとした感触もなくなってきますよ。」
「わかった。」
王子の表情に言葉をつけるとしたら、ひえぇぇええ、だろうな。そんなことを思いながら、一生懸命混ぜる王子を見ていた。
「俺はさ、王が外に作った女との子供なんだ。正妻との間に長らく子がいなくて、そんな矢先に出会ったのが俺の母親だ。母親は平民なんだよ。」
クオン王子がポツポツと言葉を紡いでゆく。その行為は私に話しているというよりも、考えを整理しているかのように思えた。
「産まれた俺は魔力ランクが8あって、そのまま王宮に引き取られたんだ。その数年後に正妻との間に子供が産まれた。それが弟だ。俺は王でなくても構わないんだが、父親とその周囲がスキルを持っている俺が王になるべきだと。その上、弟は王になる気が全然ないときた。当人たちの気持ちもお構いなしで、周りばかり騒ぎやがる。」
「クオン王子は王にはなりたくないのですか?」
「どうなんだろうな。ひとつだけ言えるのは、弟は王には向かないだろうなってことだけだ。ぼーっとしているし天然だし、いいやつなんだよ。」
その言葉からクオン王子が弟を大切に思っているのが分かる。
「クオン王子は弟さんが王にならなくてもいいように、王になるってことですか?」
「いや、そんなたいそうなものでもない。どちらかが王にならきゃならんのなら、俺の方が向いている、そう思っただけだ。」
私はクオン王子が捏ねたクッキー生地を受け取ると、棒状に伸ばした。王子も見よう見真似でクッキー生地を棒状にする。
「・・・クオン王子は優しすぎますよ。」
「そんなことはないぞ。こんな消去法みたいな理由で王になられたら国民もたまったものじゃないよな。」
「どうでしょうか。私はいいと思います。やってみなければどうなるかなんて分からないし。それにクオン王子は人間が好きでしょう?」
「どういう話のつながりだ?」
「クオン王子のスキルって人間が嫌いになってもおかしくないスキルだと思うんです。でも王子は人に優しくできるから。私が言うのもおかしいけど、王子は王に向いていると思いますよ。」
「説得力があるのかないのか、よくわからんな。」
クオン王子はそう言って笑った。
本来なら生地を寝かせるべきだが、今日はどれくらい時間があるのか分からなかったのでそのままカットして焼くことにした。
窯にクッキーを投入して火を放り込む。しばらくすると、香ばしくていい香りが厨房中に広がった。
「ん~、いい香りっ!」
テンションが上がる。焼き上がりを今か今かと待っているとクオン王子に名前を呼ばれた。
「ん?」
クオン王子を見上げるとそのまま顔が下りてきて、頬にキスをされた。
「?」
何だ?と見上げる。
「お礼だよ。ありがとうな。」
お礼を言われるようなこと、何かしただろうか。
「お礼ならオーヴェルでしか手に入らないような珍しい食材にしてください。」
私がピシャリと言うと、クオン王子が大笑いした。
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