第76話 拭えない思いとオーヴェルの王都

飛獣石に乗って夜通し飛ぶ時間がやってきた。

村長に丁寧にお礼を言い、村を出る。

「順調に行けば翌朝にはオーヴェルの王都に着く予定だ。」

クオン王子の後ろをリュンが追従する形で、飛獣石で飛んでいく。


「寒くはないか?」

「大丈夫です。」

「そうか、寒くなったら遠慮なく言え。」

「はい。」


声色が優しい。クオン王子が以前より柔らかくなったような気がする。

これも料理のお蔭だろうか。


背中にレイとは違う厚みのある肉体を感じる。

レイとは違う・・・レイはここにいないのに忘れるどころかレイを思い出す。こうやってレイと他の誰かを比べてはよりレイの存在が自身に刻まれるような気がした。

少し冷たい夜の空気を少し大きく息を吸って吐き出す。そうすることで自身の中にたまっていくレイを少しでも吐き出すことが出来ればいいのに。


「ライファ、お前がもし自身を守る為だけにその魔力の持ち主の存在が必要だというのなら、俺が守ってやってもいい。」

「え?」


クオン王子の言葉に思わず振り返った。


「お前のスキルを知っているのなら尚更お前を簡単には手放さないだろうが、俺ならその縛りを取ってやることが出来る。俺には権力もある。その辺の貴族になんぞ触れさせないようにすることだって出来るぞ。どうだ?」


「それはレイが私のスキルを手元に置きたいが為に自分の魔力を身につけさせているということですか?」


クオン王子の問いに答えるよりも先に、そんな言葉が口をついていた。そんなことなど、考えもしなかったのだ。私を守りたいのではなく、このスキルを側に置いておきたいから?


飛獣石の鬣を掴む手に力がこもる。

泣きたいような気持がせりあがってくるのがわかった。


「本人でないからそれは分からん。だが、そう思ってもおかしくはないだろう?」

おかしくはないのか。クオン王子が言うのだからおかしくはないのだろう。

「お前、その男のことが好きなのか?」

「・・・それは・・・言わせないでください。魔力ランクが違いすぎるから、どうにもならない。」


私はキッと前を睨んだ。瞬きを減らして涙がこぼれないようにする。毀れさえしなければ泣いたことにはならない。

私の腰に回したクオン王子の腕の力がギュッと強くなった。


「お前は本気でそんなことを思っているのか?もっと自分の価値を知るべきだ。お前のスキルは国家が欲しがるレベルだぞ。」

「・・・ではクオン王子も私のスキルが欲しいと?」


私は自傷気味に笑った。価値があるのはスキルだけで、自身には価値がないと言われたような気がしたのだ。


「・・・なんて声を出している。こっちを向け。」

「嫌です。」

「いいから!」


半ば強引にクオン王子の方に顔を向けられ、王子も私の顔を覗き込むように体勢をかえた。

「ったく、スキルも含めてお前だろうが!!」

クオン王子が怒鳴るように言う。

目が合ったのは一瞬だけで、すぐに元の体勢に戻った。


潤んだ目に気付かれてしまっただろうか。

こんなことくらいで情けない。

クオン王子がグイグイと強引に私の頭を撫でる。慰めているつもりなのだろう。

拭えない思いを抱えたまましばらく飛び続け、やがて休憩地点へと下りた。



「どうぞ。」

「はい、どうぞ。」


「どうぞって、ライファさんに渡すのも変な感じですね。作ったのはライファさんなのに。」


トトがはにかみながら私にハンバーガーを渡す。

「そんなことないですよ。持ってきてくれてありがとうございます。」


視線の隅に、嬉しそうに包を開けるリュンの姿が映った。

その姿に思わず顔がほころぶ。岩を背に座ってハンバーガーの包を開けていると、クオン王子が隣に座った。


「さっきはすまなかった。あんな顔をさせるつもりはなかったんだ。」

あまりに真っ直ぐに謝られて、恥ずかしくなる。

「なっ、やめてください。なんか、恥ずかしい。」

そう言いながらもどんどん恥ずかしくなっていく。


「・・・忘れてください。」

クオン王子が私を見る。

「わかった。このパン、美味いな。俺が作ったと思うと尚更うまい。」

「本当に美味しいですよね。」

クオン王子はきっと、とても優しい。

砂漠を行く風が岩の隙間を通り、ひゅうううっと鳴いた。


「夜明け前には王都へ着く。」

「ついに、ですね。」

「あぁ。」




 王都の入り口から離れた森に潜み、夜が完全に開けたのを待って人ごみに紛れて門の前の列に並んだ。王都はたくさんの木に囲まれており、外から中を伺うことは出来ない。入口には二人の騎士団がおり、街へ入る者をチェックしていた。もうじき親任式が行われることもあり、それに合わせてたくさんの人が王都へ集まってきているようだった。


「そこの者たち、通行証は持っているか?」

「はい、持っております。」

トトがクオン王子から預かった通行証を見せる。

「旅一座か。もうすぐ親任式だからな。盛り上げてくれよ。」

「通行証、OKだ。」


騎士団の了承をもらい、街へ入った。


オーヴェルの王都は砂と石、そして緑の街だ。アーリアの街をもっと都会っぽくした感じと言えばいいだろうか。道には石が敷かれ歩きやすいし、石造りで大きな窓がある立派なお店が並んでいる。アーリアは観光用のお店が多かったのに対し、王都は洋服屋や雑貨屋も多く見受けられる。こういう部分はターザニアやユーリスアの王都と同じだなと思った。


クオン王子は街の中心部へ行く道を逸れると、どんどん森の深い方へ歩き1時間ほど歩いたところで一軒の宿屋へ着いた。観光客が泊るような華やかな雰囲気はなく、大きな山小屋といった風貌だ。クオン王子が扉を開けると、40代前半で長い黒髪を後ろできちんとまとめたキリッとした女性がいた。


「いらっしゃい。」

そう言って微笑む。

「事情があって内密に泊めてほしい。人数は4人、部屋は二つ、頼めるか?」

「わかった。」


「それから、すまないが全員分の服が欲しい。街に溶け込めるような服装にしたいんだ。」

女性は仕方ないなと息を吐いて、あとで持って行くとだけ言った。


二階の部屋を案内され、クオン王子、トト、リュイで一つの部屋、私は私だけで一部屋を使っていいと言われた。

「今は危険もないだろうから、ゆっくり休むといい。行動を起こすのは夕方からになる。何かあったら呼べよ。」


クオン王子は私の頭にポンと手を置くと、隣の部屋へと入って行った。

部屋にはベッドが二つあり、部屋の奥にはありがたいことにシャワーがついていた。シャワーがあることを知れば無性に浴びたくなる。コテージにいた時がお風呂に入った最後だったような気がする。


シャワー室へ入ると、シャワーの下に大きめの盥が置いてあった。ここに水を溜めて使うらしい。王都といえどもここは砂獏。水は貴重なのだろう。私はシャワーをだすと桶に水を溜めながら、それを小さな桶ですくって体にかけた。


気持ちいい・・・。


べたついていた私の肌が喜んでいた。ベルも久しぶりの水浴びに嬉しそうにはしゃいでいる。体を全て洗い終えると、気分もスッキリしたような気がした。


塗れた髪の毛を拭いているとノックの音がした。

「はい。」

「服を持ってきた。いいか?」

クオン王子の声だ。

「どうぞ。」


クオン王子が部屋に入ってくる。王子もシャワーを浴びたらしく、すっきりとした表情をしていた。

「これがこの国の服だ。外に出る時はこれを着るようにすれば目立たなくなる。」


クオン王子がくれた服を広げてみると、涼しそうな長いワンピースだった。様々な布を巻きつけたデザインになっており、頭に巻くやつであろう布もある。露出は少なく、日差しから肌を守るようになっている。


「これは頭に巻くものですか?どうやって巻くんだろう。」


私はびろーんとした一枚の布を広げた。

「ほら、貸してみろ。」

クオン王子は布を持って私の髪に触れようとした。

「その前にまず、髪の毛を乾かしてからだな。」


すでにベッドで眠っているベルをそっと移動させる。

そして、ベッドに座ってクオン王子に髪の毛を乾かしてもらっている、今。

魔力を込めた石が動力になっている髪乾かし機の風を髪の毛にあてながら、王子は手で私の髪の毛を解してくれていた。


「王子?これはどういう・・・。」


オーヴェル国の第一王子に髪の毛を乾かしてもらっているというこの状況。

恐縮のあまり、ベッドの上で正座をしている、この状況。


「ん?あぁ、髪の毛を乾かさなければ布の巻き方も教えられないだろう?」


「それはそうですけど、自分で乾かせますよ。王子から髪の毛を乾かしてもらうなんてみんなが知ったら卒倒します。」


「そうか?俺がやりたいだけだから気にするな。」

「それならいいですけど・・・。」


本人がやりたいのならいいかと思いつつも、やはり王子に髪の毛を乾かしてもらうなんて罰当たりだろうな、と思う。

髪の毛に触れるクオン王子の手が心地よい。その手の動きを感覚で追うように目を閉じた。


「・・・無防備だな。」


クオン王子の手が首元に触れ、ビクッとした。レイにつけられた痕を思い出して顔が真っ赤になる。ハッと首元を押さえた私の手をクオン王子が掴んで、レイの痕を露わにした。クオン王子の顔を見ていられなくて顔を逸らす。

首元にクオン王子の指とやわらかな温もりを感じた。


「これくらいの意地悪はさせろ。」


クオン王子はそう言うと、「布の巻き方はこの宿の主人にでも聞け」と言い残して部屋を出ていった。

クオン王子が去ったあと、首元を見るとレイの付けた印が跡形もなく消えていた。


どういうつもりだろう。


こちらを振り向くこともなく出ていったクオン王子がどんな表情をしていたかなど、私は知る由もなかった。



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