第8話 はじまりのはじまり
ガラガランと大きな音を立てて【どうぐどうぐ】のドアを開ければザットおじさんがガハッと顔をあげ小走りで寄ってきた。
「ライファちゃーんっ。」
「あ、結構です。」
いつものようにハグを阻止する。
「それで、それで、回復薬は持ってきてくれたかな?」
手をスリスリさせて期待に満ちた目を浮かべるおじさんの顔をみて、あ・・・と思い出した。
「・・・・すっかり忘れていました・・・。」
その瞬間、魂を失ったかのようにザットおじさんがうなだれた。ほんと、1ミリも思い出さなかったな、と少しだけ自分に感心してしまった。こんなに綺麗に忘れることもあるとは。
「ごめんなさい。代わりと言ってはなんですが、ちょっと珍しい薬をもってきたんですよ。」
またもや、ガハッと顔を上げて今度は商売人の顔をする。
「ほう、どれどれ」と渡した小瓶をみた。
「これは何の薬だい?」
「ヒーリング効果のある薬です。」
「ヒーリング効果かぁ。効力によるな。効力1では売り物にならんからな。」
「こちらがヒーリング効果3でこちらがヒーリング効果4です。勿論、リベルダさんのお墨付きです。」
「ほぅ、珍しい!リベルダさんのお墨付きなら効力は確かだな。ヒーリング効果3なら捻挫とか筋を痛めたとかなら回復するだろうし、4なら確かに骨にひびが入ったくらいなら回復する。うむ、需要はある。」
ザットおじさんはちょっと考え込むような仕草をすると
「効果3の方は8000オン、効果4の方は16000オンでどうだ?」
「もの珍しさと効果を考えると、きっと貴族にも売れますよね?今後のことを考えるのなら、ザットおじさんにとってこれはいいアイテムになるのでは?二つで30000オンでどうでしょう?」
ザットおじさんはグッと空気を飲み込んで
「26000オン!!」と空気を吐き出した。
「28000オン。」
くぅ~っと悩むザットおじさんに、これでダメなら他のお店に持っていきますよ、と囁けば「そんな殺生なぁ~」と泣かれた。なにはともあれ28000オンでお買い上げです。よしっ。
26000オンで取り置きにしていた本を買い、差額の2000オンを手にすると、私はホクホク顔でお店を後にした。
リュックの中には本。財布の中には2000オン。今日は時間もあるし、せっかく町に来たのだから買い物でもして帰ろうかとパン屋さんを覗く。ここ【じぇみぱん】はジェーバ・ミーヴァで一番人気のパン屋だ。種類が豊富で一か月ごとに変わる月替わりパンがこのパン屋の大人気パンである。毎月、というわけにはいかないけれど、町にくるとついつい覗いては買ってしまうのだ。お昼時、パン屋は大賑わい。店内が少しすいてから入ろうとお店の脇で待っていると、お店から人が出てきた。
「ライファ!?」
フードをずらして見上げると少しかがんで顔を覗き込もうとするレイ様の姿が目に入った。
「レイ様もパンですか?ここのパン、美味しいですよね。」
さすがは食べ物好きチームの正規メンバー。美味しいものはしっかりチェックですな!と心の中で頷いていると、突然何かの影の下に入ったのが分かった。
「レイ!」
緊迫したような声に空を見上げれば飛獣石に乗った貴族がレイ様を呼んでいた。飛獣石は石化した魔獣を核にして作る乗り物だ。馬車では2日かかる道のりも飛獣石でなら数時間で着くことができる。
声の主はレイ様の頭くらいまで高度を下げると飛獣石から飛び降りた。短く刈り上げた濃いブラウンの髪の毛と筋肉質な体の厳つい騎士だ。騎士は周りには聞こえないようにレイ様に何やら話すと、レイ様の表情が緊迫したものに変わった。
「戻るぞ!」
レイ様は一緒にいた騎士にそう告げると腕にはめていた飛獣石を乗り物に変化させた。一緒にいた騎士も飛獣石を変化させる。飛獣石は町中で変化させるには大きすぎるうえに目立つので、町中で変化させることはまずない。緊急事態なのだと察した。レイ様が飛獣石に飛び乗る。飛び乗ると同時に目があった。一瞬、レイ様の目が見開く。
「ライファ、乗れ!」
その声の気迫に押され、差し出されたレイ様の手を掴んだ。
上空をものすごいスピードで飛んでいく。フードもポンチョも髪の毛も前面からくる風に押され、後方でバサバサ揺れた。耳元にゴーっと風のフィルターがかかって、その他の音が聞き取りづらい。そんな中でレイ様の連れが近寄ってくると大きな声で叫んだ。
「レイ、なぜにその娘を?」
「彼女は魔女の弟子だ。何かの役に立つかもしれん!」
レイ様はそう叫び返すと私に説明し始めた。
「ジェーバ・ミーヴァの向う側に騎士団の野営地がある。偵察のための騎士が10人程出入りしているのだが昼食に毒が混ぜられたらしい。現在5人が異常を訴えているとのことだ。」
そう話しているうちに騎士団の野営地に到着した。
足早にテントの中に入ってゆく。テントの中にはグッタリと横たわった騎士が4人、かろうじて座ってはいるものの荷物にもたれかかっている騎士が1人、騎士団のヒーラーだろう騎士が4人にヒーリングを施している姿が目に入った。
「兄さん!!」
荷物にもたれかかっている騎士に驚いたようにレイ様が駆け寄ってゆく。
「口に含んでから気づいて吐き出したんだが、体内に吸収された部分が悪さをしているらしい。」
弟を心配させまいと思ったのか口元だけで笑いの表情を作った。
「兄さんはもう喋らなくていい。状況は?」
ヒーラーが視線を4人から離さずに答える。
「直後は大したことはありませんでしたが、徐々に自身でコップを持つこともできなくなり、立つこともできなくなりました。ヴァンスが言うには痛みや苦しみは全くないそうです。」
「・・・なんの毒か心当たりはあるか?」
レイ様の問いにヒーラーが沈んだ声でいう。
「痛みや苦しみもなく気力だけを奪っている。ヒールを施して良くなっても一時的なだけですぐに悪化する。毒の回りが早いというよりは毒がすごい勢いで増殖している気がします。・・・以上のことからドゥブ毒の線が濃厚かと・・・」
「ドゥブ毒!?」
思わず叫んだ私の声にみんなの視線が集まった。昨日、ノートで目にしたあの言葉とここで出会うとは思わなかった。
「解毒薬を作ります。これから言うものを至急用意してください。」
「ライファ、解毒薬を作れるのか?」
信じられない、でも、縋るしかない。そんな強い眼差しで見つめられる。
「作ります。今は少しでも時間が惜しい。ランチョウの卵1、ピンパ2、ボーボーの枝30cm、トウの花5、ツンガの牙1、パオパゥの鱗粉2g。」
私は次々と必要な物を述べてゆく。
「あとはチョンガの木の実が5コとキョクの花ビラ5枚、ハクの花びら5枚、以上です。パオパゥの鱗粉が無ければ、パオパゥを原料にしたお酒500mlでも構いません。」
レイ様が騎士たちに指示すると騎士たちは散っていった。
「今はなんとか現状を維持できていますが、私の魔力もそうは持ちません。・・・なるべく早く頼みます。」
ヒーラーの額にうっすら汗が滲んでいる。4人に同時にヒールを行っているのだ。魔力の消耗も相当だろう。ガタっと音がした方を見ればレイ様の兄であるヴァンスが体勢を崩し荷物が崩れたところだった。
ヒーラーがハッと視線を向けたのを見て、ヴァンスが言った。
「私はまだ大丈夫だ。そっちの4人を優先してくれ。誰も、誰も死なせるな。」
ヴァンスの言葉にヒーラーの目に熱がこもる。
私は鞄の中から自分の回復薬を取り出すとヒーラーに差し出した。
「これを。少しは足しになります。」
ヒーラーはレイ様へと視線を移した。
「大丈夫だ。保障する。」
レイ様の言葉にヒーラーは頷くと私にありがとうございます、と言った。
解毒薬の材料が次々と集まってくる。
「ここでは狭いのでもう少し広い場所へ。それと鍋などの調理道具もお願いします。」
「では、こちらへ。」
野営場の調理場らしき場所へ案内される。
「ライファ、何か手伝えることはあるか?」
レイ様の言葉に「時短魔法をお願いします」と言いながら材料を下ごしらえしていく。
まずトウの花を天日干しにして時短魔法陣を飛ばしてもらう。ピンパは皮をむいて8等分に、ボーボーの枝は10cmくらいにカット。ツンガの牙は卸して粉々にし、チョンガの木の実は叩いて溶けやすくする。
「こちらにも時短魔方陣を!」
手を上げてそう叫ぶとレイ様が魔方陣を飛ばしてくれた。鍋に水を1L入れ火にかける。ボーボーの枝を入れる。枝がブルッと震え液体に粘りが出てきたところで、天日干しにしてあったトウの花を入れる。液体が紫色に変わったところで木と花を取り出し、カットしたピンパを入れる。ピンパの臭いが滑らかになったところで、パオパゥのお酒を入れる。その後キョクとハクの花とチョンガの木の実を入れ、ひと混ぜして花を取り出す。ツンガの牙の粉を入れ、液体が赤く光るまで煮込む。
「ライファ、大丈夫か?」
レイ様が心配そうに声をかける。私はコクッと頷くと鍋を見つめた。タイミングを見誤ると全てが水の泡だ。「どんな毒相手でも解毒薬を作るときは時間勝負だ。解毒薬を作るのに失敗したときはもう助けられないと思え。」師匠の言葉が重く刺さる。いつもの活力剤なのに、そこに命がかかっているかと思うと手が震える思いだった。
液体が赤く光った。私はすぐ火を消してこれ以上熱が進まないように別の容器に液体をあけた。
「冷却魔法陣、お願いします!」
時短魔方陣の上に冷却魔方陣も重ねてもらう。慎重に液体をかき混ぜながら粗熱が取れたところで、両方の魔方陣を解除してもらい、ランチョウの卵をまぜた。卵を混ぜた瞬間、赤紫色に液体が光った。スキルで確認すれば【活力効果8】の文字。成功だ。
「できた。これを5等分して皆さんに飲ませてください!」
騎士たちが解毒薬をグラスに注ぎ、急いでテントへ持っていく。私も急いでテントへ向かう。
テントの中ではヒーラーがなんとか魔力を絞り出しているかのようだった。ヴァンスは体を起こしていることも出来なくなり、横たわって目を開けているのがやっとのようだ。レイ様が駆け寄って解毒剤を飲ませる。あとの4人は飲む気力もなくなっているようで、レイ様の連れの騎士が魔力を使って無理やり飲ませた。すると、飲み終わって1分も経たないうちに4人の目があき、5分後には何事もなかったかのように全員が回復した。わぁ、っと安堵の空気が広がる。ヒーラーが汗を拭きながら、ふぅっと仰向けに寝転がった。
よかった。私の体の中をほっとした気持ちが駆け巡り、緊張がほどけるとガクッと膝が落ちた。
「ライファ!!大丈夫か!」
「・・・大丈夫です。緊張が切れたのと、ほっとしたのと、魔力の使い過ぎと・・・おなか・・減った・・」
レイ様が買った【じぇみぱん】のパンを、全部は申し訳ないからと一つだけもらい別のテントで休憩する。今日買おうと思っていた月替わりパンだ。今回のパンは羊乳凝をふんだんに使った甘さの中に塩気があるお食事パンだ。さっと火で炙れば美味しさが倍増するに違いない。
「入るぞ。」の声がしてレイ様が入ってきた。
「ホット羊乳だ。飲めば落ち着くだろう。」
レイ様から受け取った羊乳を飲む。魔力の使い過ぎと緊張で冷たくなっていた手足が温まってゆく。
「美味しい。」
そう呟くとレイ様が優しく微笑んだ。
「今日は本当に助かった。なんと礼を言ったらいいか。とにかく、本当にありがとう。」レイ様の言葉に、解毒薬を作れたのは本当に偶然なのだと、役に立てて良かったと言葉を返していると、
「入ってもいいか?」と声がした。
「あぁ。」レイ様が返事をするとヴァンスと4人の騎士、ヒーラーが入ってきた。
「この度は本当に助かった。君がいなければ我々の命はなかったであろう。感謝する。」
ヴァンスがそう言うとその場にいた全員が胸に手を当てて頭を下げた。私は立ち上がった。
「恐れ多いので頭を上げてください。」
「きちんとお礼をしたいのだが我々はこれから調査をせねばならぬので、後日改めて礼をさせてほしい。」
「いや、こうしてお礼を言っていただいただけで十分です。」
お断りはしたのだが、「そういうわけにはいかぬ」とふっと笑って、すまんがこれで失礼するとテントを出ていった。レイ様を大人にして男らしくしたような姿に流石は兄弟だなと感心していると、突然、チョンピーがテント内に侵入してきた。チョンピーは私の肩に止まると師匠の声で「飯―っ!!」と鳴いた。あー・・・。
すぐ帰ります!と返事のチョンピーを飛ばし、レイ様の飛獣石に乗って家のある森へ向かう。
「ライファはすごいな。」
唐突にレイ様が言った。
「あの状況であんなに難しい調合を成功させるなんて。」
「緊張しましたよ。緊張したけれど、よく作る薬なので。」
「そんなにドゥブ毒の解毒薬が必要なのか?」
「いや、あの薬、実は師匠が酷い二日酔いの時なんかに使っていて・・・。」
「二日酔いだと!?」
レイ様がポカーンとした顔をした。その表情があまりに意外だったのでつい笑ってしまう。するとちょっとムッとしたような表情をする。
「そういえば、ライファは魔力ランク1なんだよな。間違いってことはないよな?」
「・・・間違ってはいないと思います。結界系の魔法を持続させるのも5分が限界ですし。」
そうか。とレイ様は呟いて、なにか考えたあと、
「じゃあ、スキルか?」と聞いた。
「確かに食べ物等の効果がわかる真眼は持ってますが・・・」
質問の意図がよくわからずにキョトンとしていると、レイ様もキョトンとした顔をして「え?」と言った。もしかして、真眼について聞いたのではなかったのか。
「いや、魔力をもつ材料というのは調合する際にも魔力が必要なんだ。今日、確かに私が魔方陣で手伝ったが、あの解毒薬は魔力ランク1の人間が調合できるものでは無いと思う。」
その言葉に今度は私が「え?」と声を出す番だった。
「・・・調合する時に魔力を使ったことなんて今まで無い・・・。」
「「スキルが2つ!!」」
レイ様の顔を見た私に、
「スキルを2つ持っている者の話など聞いたこともない。師匠には話してもいいだろうが一応、周りには内緒にしておいた方が良いかもな。私も口外しないでおく。」
「そうします。ありがとうございます。」
森の中央、ここで良いという私に本当に良いのか?とレイ様が聞いてきた。
「ここが家への入り口みたいなものなので。」
そういうとレイ様がギュッと目を細めて集中して視ているのがわかった。
「確かに、あの辺が少し歪んでいるな。」
「レイ様は流石ですね。私は結界を感じることもできませんから。」
おおう、と嘆いていると、
「様はいらん。レイでいい。」とレイ様が言う。
「いや、平民の私が貴族のレイ様を名前で呼ぶわけにはいきません。」
そう強く言うと、そういうものか、と呟いた。それから
「ならば、貴族がいないところではレイでいい。ライファとは対等でいたいんだ。口調も崩してほしいくらいだ。」
いつになく真剣な声色だった。
これは、食べ物好きチームに招待するチャンスかもしれない。勝手にメンバーにするよりも、公認の方が良いに決まっているではないか。そんな考えが脳裏をかすめたと思った瞬間、
「んじゃぁ、食べ物好きチームのメンバーになりませんか?そうしたら、呼び捨ても口調を崩すのもやりますよ。」
と声が出ていた。
レイは「なんだそれ」と笑うと「いいよ」と言って私を森へ下した。
「今日はありがとう。この恩は忘れない。」
レイはそう言うと高く飛び上がった。また近いうちに、という声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます