第4話 ライファの一日 前篇
ツクツクツッツッツッ
耳元で小さな音がしたかと思うと、クォー!!!と大きな声がした。パチッと目を開けると同時に軽く頭をあげて枕を引っ張り出し、顔面をガードする。20cmぐらいの頭でっかちの小人が私の顔に向かって頭突きをするのと同時だった。
「おはよう、テン。いつも起こしてくれるのはありがたいけどもっと優しく起こしてくれるとたすかる。」
私は家小人であるテンに声をかけた。
「いつも申しておりますが私はこの起こし方が気に入っておるのです。」
重そうに頭を右手で支えると、それでは、と言って姿を消した。キッチンにある果物をかじりに行ったのだろう。私は寝巻き用のワンピースを脱ぐと、7分袖の膝丈ワンピースに着替え伸縮性のある細身のパンツを履いた。髪の毛を一本
に束ねながらキッチンへ向かう。師匠の身の回りのお世話は弟子である私の仕事だ。
キッチンに入ると果物にかじりついていたテンがハッと振り返り、気まずそうな顔をして消えた。これもいつものことだ。気まずそうな顔をしなくてもいいのにと思いながら、テンが途中まで食べた果物をそのままにして他の果物を手に取った。朝食は大抵、パンと果物とサラダだ。パンは数日分をまとめて作って防腐魔法のかかった棚に入れてある。防腐魔法は結構魔力を使うので師匠が魔力を注入してくれているのだ。サラダは庭で育てている野菜の中から食べごろのものを摘み、ついでに井戸に住みついているシームに果物をあげて野菜たちへの水やりをお願いする。半透明の体を持つ水の精、シームは承知したとばかりに水を吹きあげて野菜たちへと雨を降らせた。
朝食をテーブルに並べ終えるとテンを呼んで師匠に声をかけてもらう。しばらくして紺色のタイトなワンピースに身を包んだ師匠がやってきた。
「今日はピンパのパンか。んー、いい香り。」
ピンパは柑橘系の果物だ。ピンパの実を細かく切ってポン花の蜜と一緒に煮詰めたものを混ぜて作ったパンが今日の朝食だ。パンを軽く温めれば、甘酸っぱいピンパの香りが漂う。小さくちぎったパンを口に入れながら師匠が言った。
「今日の午前中に回復薬を60ほど作るぞ。ザットに泣きつかれてな。あいつ、毎日のようにチョンピーを送ってくる。本当に面倒臭い。」
チョンピーは高速で飛ぶ矢のような伝言鳥だ。送り主の言葉を送り主の声と口調で正確に伝えてくれる。下町で魔道具屋を営むザットにはここで調合した回復薬を卸している。魔女の回復薬は飲みやすい上によく効くと人気があるのだ。それなのに師匠は気が向いた時(お金がなくなってきた時)にしか回復薬を作らないので入荷待ちの状態がいつまでも続く。そうすると耐え切れずにザットがチョンピーを飛ばしてくるのだ。
「ザットには午後には回復薬を持っていくと言ってある。頼んだぞ、ライファ。」
食事を終えると果物を持って道具部屋へ行く。道具部屋の奥にある扉を開けるとそこが調合部屋だ。調合部屋には薬の材料があちこちに散乱している。ライファが何度片づけても整理しても師匠が使えばすぐにこの状態だ。あぁ、あとでまた整理せねば・・・。と心の中でつぶやく。
「材料を。」
大なべに湯を沸かしながら師匠が言う。私は散乱しているボーボーの木の皮を拾い集めると鍋に放り込んだ。
「時短魔法は私がかけるから、ライファが作りなさい。」
師匠はそういうとサッと魔方陣を描き、鍋の上に飛ばした。ここ1年、回復薬を作るのは私の仕事になっている。師匠は揺り椅子に座ると本を読み始めた。恋愛物語が大好物なのだ。師匠曰く、昔も今の人の恋物語というものは滑稽で愉快で残酷で美しい、らしい。
今日作るのは昨日飲んだ回復薬だ。薬材棚からはみ出して今にも落ちそうになっている天日干し済みのトウの花を6つ掴むと、鍋を覗き込む。ボーボーの皮を煮込むのに通常は1時間かかるのだが、鍋の中のボーボーはもうすぐ煮込み終わるところだった。ボーボーの皮がブルッと震えかすかに気泡に粘りを感じる。ここだ。私はトウの花を投げ込むとすぐに火をとめた。このタイミングが重要なのだ。ここを間違えると効力の少ない回復薬になってしまう。トウの花を漬け込むこと約2分。液体が濃い紫色になったところで木の皮と花を取り出した。持ってきた果物を入れて味を調えれば回復薬の完成だ。スキルを使って回復薬を見れば、【回復効果3】の文字。上出来だ。魔力ランク3までの人であれば、魔力を全回復することができる。
「師匠、できました。」
師匠が鍋の中を覗きその出来具合を確認する。
「よろしい。」
師匠が鍋を指さし弾くように指を動かすと、どこからか現れた瓶に回復薬が次々と入ってゆく。回復薬60個、あっという間に瓶詰完了だ。
午後になると町へ行く支度を終え、調合部屋へ行った。昼に運んだ師匠の昼食の食器が宙に浮いてゆらゆらとキッチンへ戻ってきたので師匠も食事は終えているはずだ。コンコン、ノックをして声をかける。返事がないのでそうっとドアを開けると、まだ恋愛物語を読んでいる師匠の姿が目に入った。
「師匠、そろそろ町へ行こうと思うのですが。」
そう言うと、あぁそうだったなと師匠が呟いた。本から顔をあげないまま指をクルっと動かすと瓶詰された回復薬が大きなバッグの中に納まり、プンッと音を立てて12m程の大きさに縮んだ。
「瓶詰50個。これを持っていきなさい。」
10個は自分たち用(主に私用)に残しておくらしい。私の方へ飛んできたバッグを掴んで大きなリュックに入れると私は家を出た。
顔が半分くらい隠れるくらいの大きなフードが付いたポンチョを纏い、町へ足を踏み入れる。町では魔女の弟子らしく振舞うように、というのが師匠の教えだ。魔女の弟子らしくって!?と思うが、とにかく目立たず怪しく、なんだそうだ。こんなポンチョを着ていたら目立つと思うのだが・・・。
「あれ?ライファ?」
素っ頓狂な声がした。木こりのジェイスである。ジェイスは17歳。私と同じ年齢で幼馴染だ。焦げ茶色の髪の毛を短く刈って、肉体労働らしいしっかりとした筋肉が洋服の上からもわかる。日に焼けた浅黒い肌に、切れ長の目。真顔でいれば近づきがたい容姿であるが、笑うと顔を見せる八重歯に町のおばさんたちはついつい甘くなってしまうらしい。人懐っこく単純明確な性格で友達も多い。
「町に来るなんて久しぶりじゃん。」
ジェイスの仕事柄、ジェイスとは森で会うことが多い。魔女の家を知っている数少ない人間のひとりでもある。
「【どうぐどうぐ】へ行くところなんだ。」
「もしかして、回復薬か?納品されるのを待ってたんだよ。俺も一緒に行くわー。」
ジェイスは私の隣に並んで歩き始めた。
4年前まで私が暮らしていた町、ジェーバ・ミーヴァ。魔女の家はジェーバ・ミーヴァとその隣の町トドルフとの境にあるので、そんなに遠く離れて暮らしているわけではないけれど、正確にいえば今はトドルフの住人になる。大都市フランツェと同じく大都市であるカランの間に位置するジェーバ・ミーヴァは、小さい町ながらも賑わいのある町だ。大都市と大都市を行き来する商人たちが宿をとるのに丁度よい位置にあるのだ。当然、宿屋を営んでいる町人が多く、ジェイスは木こりの傍ら宿屋を修繕する大工仕事もする。
「リベルダさんの回復薬はよく効くからなぁ。一本飲めば魔力ランク3の俺も全回復する。この辺で売る回復薬の中じゃ一番確かだぜ。しかも美味い。」
ジェイスの美味いという言葉にニヤニヤする。そうでしょう、そうでしょう。私が味を調えているんだもの。
「そういえば最近、トドルフの隣のグイグイ村のあたりで見たこともない魔物が出たらしいぞ。新種なのか、他の国の魔物が流れてきたのか、騎士団が調べているらしい。」
「あー先日、森の奥で騎士団をみかけたな。そういうことか。」
「ん?どうしてライファが森の奥にいるんだ?」
その後私はブンの木の実を手に入れたこと、クッキーがものすごく美味しかったこと、クッキーが美味しすぎて感動したこと、クッキーの香りが心まで溶かしてしまうような香りだったことを力説したのだが「なんて無謀な・・・」とため息をつかれた上にガッツリと怒られた。むぅ、納得いかん。
【どうぐどうぐ】は大通りを一本脇道にそれた所にある。店の扉の前には愛くるしい顔をしたピンク色のモコモコがお店の用心棒だと言わんばかりに陣取っている。モコモコは丸くて雲のようにフワッとしている動物だ。もこもこした物を見ると異常にテンションが上がり、剛速球ボールのように走り跳ね返って暴れまわるのが難点ではあるが、可愛い動物である。その難点がゆえ、飼っている人は少ないのだが。
「こんにちは、モコ。久しぶりだね。」
モコモコにそう話しかけると、挨拶ご苦労というように頷いた後、扉の前を譲ってくれた。店のドアを開けると、ガランガランという大きな音が響く。扉に鍋でもぶら下げていたのかと思う程の音量だ。
「ライファちゃん!!待っていたよぅ~。」
店内に入ったとたんトンガリ帽を被ったザットおじさんが両手を広げて近寄ってきた。
「ハグは結構です。」
右手を前に出して牽制する。
「それで、それで、例の物は持ってきてくれた?」
ソワソワしているザットおじさんの前に師匠から預かったバックを出すとザットおじさんは、ほい来た、とばかりに小さな棒でバックを突っついた。プンッと音がしてバックが元の大きさに戻る。これこれ、と言いながらバックから出した回復薬を棚に並べ始めた。
「あ、おじさん、俺3本買うわ。」
ジェイスが言うと、おじさんは振り返って
「3本で6000オン。ライファちゃんと仲良くても1オンも負けられんよ。人気商品だからね。」
細い目をにっこりさせてザットおじさんが両手を出した。
「わかってるよ。こんなにいい品質の回復薬はなかなか無いからな。」
回復薬は世の中にも多く流通しているが品質が安定しない。調合が難しく、回復効果は3あると書いてあっても実際に使ってみたら2だったなんてことが良くあるのだ。同じ薬草を使っても調合の仕方によって効果が落ちてしまう。目に見えて違いが分からないからこそ回復薬は作り主が回復効果3だといえば回復効果3として売られているのが実態だ。私の調合の腕は師匠仕込みだ。その上、毎回スキルで効果をちゃんと確認しているのだから、品質がいいのは当たり前だ。ジェイスが回復薬を褒めると、ザットおじさんは大げさにクルっと振り返って
「ライファちゃーん、リベルダさんに回復薬を作る頻度をもっと上げてほしいってお願いしてくれないかなぁ~。お客さんからの圧力もすごいんだよぅ。」
と、縋り付いてくる。
「言うだけ言っておきますね。」
軽く流しながら、店内を見回した。12坪ほどの店内に所狭しと物が置いてある。空間魔法を使って少しでも多く物を置こうとしているのか、歪んで見える部分さえある。回復薬などの薬品からシューピンなどの魔道具、食器や家具、本など実に多様だ。
「ザットおじさん、あれ!あの本はなんですか!!」
2メートルくらい宙に一冊の本が浮かんでいるのが見えた。表紙にはこの辺では見たこともないような魔木が描かれ、ガルルルとうなり声をあげている。
「あぁ、あれね。あれは10年前に書かれた魔木の本だよ。魔木がどんな効果を持っていてどの地方に生えているのか、どんな性質があるのかが書いてある。世界を旅した旅人が書いた本でもう販売していないものなんだ。先日、商品を買っていった人がもうお金がないというので商品と交換で引き取ったのだけれど、他の本に威嚇してばかりで煩くてたまらん。」
世界の魔木の本。目の前にキラキラと輝く虹が見えた気がした。色々な食材を手に入れたいと思っている私に必要な本ではないか!!
「なんだい?ライファちゃん、この本、欲しいの?」
ザットおじさんの問いかけに勢いよく頷く。興奮ぎみの私の様子にザットおじさんは苦笑いした。
「僕としてはお金さえ払って貰えればいくらでも売るけれど、この本、専門書だからちょっと高いよ~。」
「おいくらですか!!」
おじさんは空気をぱちぱちっと弾いて計算すると、
「26000オンだな。」
家にある自分のお金を思い浮かべる。師匠の手伝いをしてお金をもらうが大抵は食材購入に消えるので貯金はない。全財産3000オンくらいか。グっ・・・。じろーりとザットおじさんを見る。じろーりとザットおじさんを見る。キラキラっとした目もしてみる。
「・・・値引くことはできないけど、取り置きにしておこうか?」
ザットおじさんが引きつった笑みを浮かべて提案してくれた。ぱあああ、っと音が出そうなくらい表情筋が動くのを感じた。ものすごい笑顔になっているにちがいない。
「ありがとうございます、ザットおじさん。お代、早めに持ってきます!」
「あぁ、その時は回復薬も一緒にたのむよ。」
ザットおじさんはウィンクをすると、はい、と封筒を差し出した。回復薬の料金だ。
「リベルダさんに渡しておいてね。」
「はいっ!」
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