第3話 クッキーを作る

 森の中央までシューピンに乗って全速力で戻る。もう少しで家の結界にたどり着くというところで、プツンと何かが切れたようにシューピンの動きが止まり落下した。魔力切れだ。低い位置で飛んでいたものの勢いのあまりに潰れたように地面に落下した。

「痛いけど、痛くない!」

ガハッと顔をあげては籠の蓋が開いてないことを確認し、シューピンを手に走った。


森の中央、もくもくの木。木の根元に細長い草が3本。周りにある草となんら変わらないその3本の草の頭をなでるように手を動かす。その後でもくもくの木を5回ノックし手のひらを木の幹に当てる。一瞬だけボヤっと視界がゆがむと次の瞬間にはスージィの前に立っていた。

「おかえりライファ。随分急いでかえってきたようだね。髪の毛に草がついているよ。」

ククッと笑い声をあげスージィが葉を揺らした。

「食材がそろったんだ!」

答える時間さえももどかしいと家に走ってゆく私を、こらっ、ちゃんと挨拶をしなさいっというスージィの声が追いかけてくる。玄関のドアに着くと振り返って大きな声で言った。

「ただいまっ、スージィ。」



キッチンに立つと早速お菓子作りの開始だ。と、その前に魔力を回復させる効果のあるジュースを飲む。ボーボーという魔木の皮を数時間煮込み、トウという魔花を天日干ししてからボーボーの液に漬け込み、数種類の果物で味を調えたオリジナルドリンクだ。効果はあっても不味いものは飲みたくないという私の渾身の作だ。

「うん、美味い。」

体内の魔力が回復していくのを感じる。これでようやくお菓子作りができる。魔力があることが当たり前のこの世界では、料理をするのにも魔力が必要なのだ。料理に必要な魔力量は大した量ではないけれど、さっきヒューイを宙に浮かせた私としては回復させておかないとキツイ。



食材保管棚から乾燥したサワンヤを取り出すと、小さな突起がたくさんついた鉄板を取り出し、魔力を込めた手で両方を触った。サワンヤは鍋の中に入り鍋に体をこすり付けるようにして粉々になってゆく。その間にブンの木の実をナイフで割り、中身を取り出す。鍋に入れるとポン花の蜜をかけ指先で火をつけた。火は鍋の中に飛び込んでダンスでも踊るかのように木の実を追いかけている。木の実がカリッとなったところで指先で火を吸い取り皿に置いて冷ます。羊乳凝、ポン花の蜜、サワンヤの粉、ランチョウの卵、混ぜてこねて木の実を入れ軽くこねる。棒状にしたところでコオリーンを呼び出し冷却。そのまま一時間ほど持っていてもらう。


籠の中に残ったままになっているブンの木の実を食料棚に入れ、籠を道具部屋に戻す。シューピンは魔力を込めないといけないのでリビングに置いておく。キッチンに戻ってお茶を一杯飲んでいるとあっという間に一時間が経った。コオリーンからクッキーの棒を受け取り、5mm間隔に切って鉄板に並べる。指先から火をつけると火が鉄板の上で踊った。しばらくすると夢で嗅いだあの匂いが漂い出す。こちらの火力だと夢の時よりも早く焼きあがるらしい。


「おぉぉぉぉっ」


焼きあがったクッキーを見て感動の声をあげた。すぐさま食べたいところだが我慢しつつ、クッキーの内部を見るように凝視した。私のスキルである真贋を使う。魔法はその魔力ランクによって出来ることが変わってゆくのに対し、スキルは個人に突然目覚めるという曖昧なものだ。そのうえ、全員が目覚めるものではない。正確な数字ではないだろうが、スキルを持っているのは世界人口の1割にも満たないと言われている。性格が人それぞれ違うようにスキルも千差万別であり、スキルは魔力を消費しない。故に神様からの贈り物と言われているのだ。


私のスキルである真眼は効力を持つモノに発動する。そのモノがどんな効果を持つのかがわかるというものだ。夢で見たレシピを再現するため様々な食材を使って料理を作る私にとっては感謝してもしきれないくらいありがたいスキルだ。魔力をもつ食材の組み合わせによってはうっかり毒を含んだ料理にもなるのだから。


真眼を使うと、クッキーの横に文字が見える。【眠り効果2】。ガクッと私はうなだれた。ブンの木が魔木で、その実は眠り薬として使われることから想定はしていたが、他の食材を組み合わせることで、もしかしたら、もしかしたら何の効力ももたないお菓子になるのではないかと期待をしていたのに。だめだったか。


「うーん。」


おいしそうなクッキーを前に睨んでみる。食べたら眠ってしまうかもしれない。でも食べない選択肢はない。効果も2だからそんなに強くはないし、量によってはウトウトするくらいかもしれん。そうだ、そうだ、少しなら良いだろう。うんうん、と頷きながら一枚を手に取り、大事に口に含んでみる。歯を立てると冷めきらないクッキーの熱が羊乳凝の香りを口の中に広げる。サクッふわっとした食感が心地よい。更に齧ると木の実に当たった。カリッとした食感ともにしっかりとした甘さと香ばしさに口の中が塗り替えられてゆく。

あぁ、幸せの波が来た!!こうなってしまうともう手は止まらない。一枚、もう一枚と手を伸ばしているうちに世界が真っ暗になった。




コン、と音がする。遠くで。コンっと鳴っている。床を何かでコンっと・・

「・・・・さい。・・・・・なさい。起きなさい!!ライファ!!」

コン、コンという音を夢の中で追っていたら、突然大きな音が耳を突き抜けた。キーンと耳が鳴って、耳を押さえながら顔をあげると、不敵に笑った鬼の形相が目の前にあった。

「あ・・・・お帰りなさい、師匠。」

黒い瞳に透き通るような白い肌。ピンクよりの赤い唇、腰まである真っ黒な髪の毛は夜の海を想像させる。タイトなロングワンピースの上から黒いローブを身にまとっている。魔女という言葉を具現化したらこんな感じだろうという、いかにも魔女らしい格好だ。


「はぁ・・・それで今日はこれを作ったのか?」

師匠はクッキーをひとつ摘まむと呆れたような声を出した。師匠は魔女だ。見た目は25歳くらいにみえるが本当の年齢はわからない。幼い頃から家で夢のレシピを再現するためにあれこれ料理していた私は、4年前から魔力を持った食材にも手を出すようになり、手に余った両親によって魔女に弟子入りすることになったのだ。どういう経緯かはわからないが、ある日突然、両親が魔女と話をつけてきたのだ。魔女の家に住むようになって3年、魔力を持った食材の扱いに失敗して家を半壊したとしてもピュッと魔法で直るこの家での生活はとても気に入っている。



「ブンの木の実か・・」

師匠が呟く。

「レシピの再現にはどうしてもブンの木の実が必要で。出来上がったお菓子をスキルで見て、眠りの効果2だったのですが、少しくらいなら大丈夫だろうと・・・」

真顔で言うと、ガシっと手で頭をつかまれた。師匠の手は案外大きい。

「それで食べ過ぎて眠ったわけだ。」

頷く代わりに上目づかいでパチッと瞬きをすると、頭にのせた手にぎゅっと力が入った。

「食欲ばかりを優先させていると命取りになるぞ。」

そして大きなため息をついた。

「どれ、私もいただこう。」

師匠はそう言うとクッキーが乗っている皿に軽く触れた。指先から紫色の光が発せられ、波紋のようにお皿からクッキーへ伝わると消えた。

「これでよし、このお菓子に宿る効果を無効にした。もう大丈夫だ。」

クッキーを口に入れる。

「これは・・・おいしい。」

師匠の目がにっこりと下がる。お気に入りの食べ物を見つけた時の反応だ。次々とクッキーを口に放り込んでゆく。

「これはなんというお菓子だ?」

「クッキーです。サクっとした食感とブンの木の実の香ばしさがたまらないでしょう?」

私はにこっと笑いながらクッキーの入ったお皿を師匠から遠ざけた。そんなにパクパク食べられてはすぐになくなってしまう。苦労して手に入れた食材を使ったのだ、大事に食べたい。

「むむっ、遠ざけないでこっちによこしなさい。」

「嫌です。やっと手に入れた食材なんですよ。」

両手でしっかりとお皿を持って師匠からクッキーを守る。

「ブンの木の実か。確かにライファの魔力ランクではキツイな。むしろ、今回よく手に入れられたものだ。」

じろりと睨まれて、視線を逸らした。ブンの木に挑んだあの流れを知られたら、こってりとしぼられるに違いない。

「わかった。ブンの木に有効な薬のレシピを教えてやろう。これでどうだ?」

「手に入れてきたブンの木の実の魔力を無効にすることとシューピンに魔力をこめること。この二つも追加してください。」

それはちょっと多いんじゃないか?などとブツブツ言っていたものの、クッキーの美味しさには敵わなかったらしい。

「わかった、それで手を打とう。ほら、早くクッキーをよこしなさいっ。」

私は笑顔でクッキーを渡した。




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