青い目のウサギのアミちゃんは実は大悪魔です

水野 精

第1話 田舎の村に転生した大悪魔

 そこは熊本県の中央部、九州山脈の麓のとある村。過疎化でほとんど人がいなくなり、廃村間近な場所である。ここもかつては木材の集積地として賑わい、製材所や運送会社もあって、たくさんの人々が住んでいた。高台には小さな学校もあり、一番多いときで小学生から中学生までの学級が五クラスあって、賑やかな子供達の声が響いていたものだ。


 だが、外国産の安い木材が入ってくるようになると、次第に国内産の木材の需要が減っていき、やがて製材所も運送会社もつぶれてなくなり、人もいなくなった。今住んでいるのは、農業で自給自足の暮らしをしている高齢の夫婦が二組だけである。


「┅┅ウブラ┅┅ハブリ┅┅デル┅┅カトラ┅┅」

 いつの頃からか、廃校になった木造校舎に一人の少女が住み着いていた。八歳くらいの見かけで、ジーパンを穿き、赤いはんてんを着込んでいる。そして一年生の教室で、毎夜何やら魔法の呪文らしきものを唱えていた。実はこの少女、この世界の人間ではなく、元は異世界で勇者との戦いに敗れこの世界に追放になったそれはそれは恐ろしい悪魔だったのである。


「あああ、もう、まただめだあ┅┅」

 教室の床の上に白いチョークで描かれた大きな魔方陣からは、お情け程度の黒い煙がもやもや立ち上ったが、すぐにぷすんと途絶え、それっきり何も出てこなかった。

「やっぱり、人間の血で描かないとだめなのかな┅┅でも、わたしの血じゃこの前みたいにすぐ貧血になって倒れるし、爺ちゃんや婆ちゃんは死んじゃうだろうし┅┅」

 少女はぶつぶつ言いながらロウソクや手作りの魔道具などを片付けて、風呂敷に包み始める。そして、まだふくれっ面で独り言を言いながら風呂敷を背負って教室を出て行く。


 外に出ると、のどかな春の夕暮れで、道端や畑一面に咲いた菜の花が、夕闇の中で明かりのように辺りを照らしていた。

「ただいまあ┅┅」

「おかえり、アミちゃん、お疲れさん」


 少女は悪魔だった。元の名をアミルゲウスという。元いた世界では、人々を恐怖と絶望に陥れ、多くの魔物の手下を従えていた。しかし、勇者との戦いに敗れ、この世界に追放された。この村の森の中で目覚めた彼女は、幼い少女の姿になっていた。魔力もほとんど失われ、不死身だった体は、ひ弱で食事をしないと生きていけない普通の人間の体になっていた。


 彼女は目覚めたとき深い森の中に裸で転がっていた。あちこちをさまよったあげく、廃校にたどり着き、そこをねぐらにすることにした。

 やがて、空腹を感じた少女は、人間を食おうと思い村へ向かった。しかし、村は空き家ばかりで、ようやく人が住む家を見つけて入ってみると、そこにいたのはもう先が余り長くないと思われる老人の夫婦だった。


 悪魔の少女はこのさい仕方が無いと、口を大きく開けて叫びながら老婆に襲いかかっていった。ところが、老婆は少女が泣きながら抱きついてきたのだと勘違いして、優しく抱き上げ、神様からの贈り物だと喜んだ。そして、もう一組の近所の老夫婦にも紹介した。四人の老夫婦たちはそれはそれは少女を大切にもてなし、きれいにとっておいた子供の晴れ着を着せ、ご馳走を食べさせ、広い部屋を与えた。


 少女は廃校をすみかにしている。しかし、三日に一度は二組の老夫婦の家を交互に訪れて食事をし、風呂に入り、テレビを見て寝る。

「ねえ、爺ちゃん、この人間何ばしよると?」

 少女は、綿入りの赤いはんてんを着てこたつに入りテレビを見ていた。画面の中ではドラマの一場面で、女優がパソコンを使っている場面が映し出されていた。言葉は解析魔法を使って脳の中に直接変換されるようになっている。だが、こちらの世界で初めて見るものや聞くものは一つ一つ覚えていくしかなかった。

「ああ、こらあパソンコちゅう機械たい┅┅どぎゃんもんかはよう知らんたい┅┅なあ、婆さん┅┅」

「はあ、なんね?」

「パソンコたい┅┅ほら、テレビであつかいよっど」

「ああ、パソンコね┅┅携帯の大きかやつじゃろ?」

「携帯?」


 少女の問いに、老婆は台所の方へ去ったが、やがて手に割と最新型のスマホを持って戻ってきた。

「去年、娘が買うてきたばってん、いっちょん使わんとよ。まあ、時々娘や孫から電話やメールが来るくらいたい」

 少女は目を見開いて、そのスマホに釘付けになった。

「婆ちゃん、ちょっと触らせて」

「うん、よかよ。使うなら、アミちゃんにやろうたい」

「ほ、ほんとに?くれるの?」

「うん、うん、やろたい」

 

 少女は老婆に抱きついて感謝の言葉を何度もつぶやく。

 スマホの使い方は一目で分かった。元の世界にも機械はあった。電力ではなく、    魔力を使ったものだったが、通信や解析、武器などに機械を利用していた。

「電池が切れたら、こるば使うて充電すっとよ」

 老婆は充電用のコードも持ってきて少女に手渡した。

「ふむふむ┅┅なるほど┅┅こうやって使うのか┅┅ううむ┅┅このいろいろなマークの意味がよくわからんな┅┅」


 悪魔の少女アミちゃんはスマホに夢中になった。座敷の丸ごと一間が自分の部屋である彼女は、布団の中に入ってスマホをいじっていた。

「ほおお┅┅そうかそうか┅┅ふむふむ┅┅」

 わずかな魔力を総動員して、アプリの記号を解析する。

「これが、検索のマークだな┅┅よし、これをタッチと┅┅ふおお┅┅何かいろいろ出てきたぞ┅┅ああ、ここに調べたい言葉を入れるのか┅┅ええっと、タッチ┅┅パソンコと┅┅ん?」

(パソコンの打ち間違いではありませんか?┅┅って、爺ちゃんたち、パソンコじゃねえよっ!)

 

 アミちゃんはスマホを通して、この世界についての様々な情報を手に入れた。そして、ここが元の世界とは全く違う事を理解した。また、アミちゃんは「魔力を高める方法」についても調べた。そして、危うくスマホを床にたたきつけて壊すところだった。どれも、とんちんかんで、だまして金を取るような情報ばかりだったからだ。

 

 しかたがないので、アミちゃんは古来から伝わる方法で体内の魔力を高めることにした。ただし、これは半端なくきつくて、恥ずかしかった。


「ハイヤーハアーアアイヤー┅┅ンババ、ンバ、ンバ、ンバラー┅┅」

 満月が皎々と照らす廃校の校庭で、燃え上がるたき火の炎の周りを回りながら、素っ裸の少女はもう何時間も踊り続けていた。周囲の森で暮らす狐や狸、鹿たちが遠くからこの奇妙な行動をじっと見守っていた。

「┅┅ハア、ハア┅┅こ、これを新月まで続けるのか┅┅ハア┅┅」

 アミちゃんはうらめしそうに満月を見上げるのだった。

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