第8話 回答

約束の時間にリックとチョットはやってきた。

「ほう、今日は日本食ですな」

冷凍していたホッケを焼き、ネギと豆腐の味噌汁にほうれん草のお浸し、肉じゃが。典型的な日本食だ。疲れている日はこういう日本食が一番だ。美味しいとかそういう以前に慣れ親しんだものが内臓に優しい。アラサーともなると意識して自分の体を労わることが大事なのだ。

「どうぞ」

凜が食事を勧めるとチョットは前回と同じように高速で頭を下げ、スプーンを手にすると黙々と食べ始めた。

「も、もっとゆっくり食べて大丈夫ですよ」

若干引き気味に凜が声をかけるもチョットは首を振る。

「ゆっくりというのは落ち着かない」

トン、と音を立てて茶碗を置くと、その勢いのままお椀を掴み味噌汁を一気飲みした。その隣に座るリックも今日はいつもより急いで食べている。やがて凜がまだ食事を3分の1しか食べていないうちに全部の食事を平らげたチョットは前回同様、大きな声をあげた。

「そろそろよろしいでしょうか!!」



「相談の回答をいただきたい!!」

キタ!

挑むようなチョットの眼差しと勢いに凜にも気合が入る。箸を置くとチョットを真っ直ぐ見て頷いた。

「私が一人でこの地図を読み解くのは無理です」

「なっ!」とチョットの声が上がったが、凜は無視してそのまま話し続けた。

「私にはそちらの世界の一般常識が分かりません。地図を読み解くにはそういう部分も必要になると思うのです。ですが、こうしたら解けるのではないかという方法を教えますので、チョットさんとリックで解いてみていただけますか?いくつか方法を試してみましょ」

チョットは凛の言葉に頷きながら地図を用意すると食器をテーブルの端に寄せて、そこに地図を置いた。

「まず【ΓΔ¶ΘΣδζ=猫の様な生き物】ですが・・・」

クジョ―から教えて貰ったことを説明すると、チョットとリックは「なるほど」と呟いて地図の解読を始めた。やり方を説明してしまえば凜にはやることはなく、食事の後片付けを始めた。

急に地図の解読がはじまっちゃったからホッケ食べきれなかったな。

ラップをかけてホッケを冷蔵庫にしまっていると「あぁっ」という声がした。

「どうしたんですか?」

「ここがこうじゃなくて、こっちなら文章が通るのですが・・・」

「惜しいですなぁ」

落ちつかずセカセカと歩くチョット。

「地図の問題の方が間違っているんじゃないですか?」

「そんなまさか。古から伝わる宝の地図が問題を間違えているなどと、ねぇ?」

リックがチョットの表情を伺い見る。

「あ、そういえば、この地図ですが最近作った物を古く見えるように加工した可能性もあるのです」

「なんと!!」

凛の言葉にチョットが勢いよく顔をあげた。凜が最近作った物であると考えられる理由をチョットに話すと、チョットは右手で顎の下をこすりながらしきりに何かを考えている。

「思い当たることでもあるんですか?」

「帰ります!結果は後日。リックさん、行きますよ!!」

こうして嵐のようにチョットとリックは帰って行った。








 「あ、ハル君、河合君のスケジュールが急に空いたとかで、急遽21時から河合君のシーンを撮ることになったんだ。ハル君のシーンは明日にずれ込むことになったから帰ってもいいよ。昨日遅かったし、ゆっくり休んで」

「はい、わかりました」

監督に挨拶をして楽屋に戻る。時刻は20時20分。昨日、一昨日を思えばこの時間でも早いと思ってしまう。

「ハル君、車で家まで送るけど途中でどっか寄ってく?ご飯食べてから帰るでもいいし」

マネージャーの榊さんがテキパキと荷物をまとめながらこっちを見た。榊さんは40代で物腰の柔らかいマネージャーさんだ。最近売れ始めたハルトに事務所の社長が大事な時期だから、とベテランのマネージャーをつけてくれたのだ。

「そのまま家に連れてって貰って大丈夫です。榊さんも昨日は遅かったんで少しでも休んでください」

「はははは、ありがとう。二日ぶりに子供たちが起きている時間に帰られそうだよ」

そう笑う榊さんの顔が嬉しそうでホッとする。

自宅へ着くと早足で階段を上り、部屋に入るなり時間を確認した。21時3分。

今から家に行きたいと言ったら、迷惑だろうか。

携帯電話を握りしめて部屋をウロウロすること5分。こうしている時間が勿体ない。凛のことだから、迷惑なら何かしら断ってくれるだろう。勢いに任せてメールを送った瞬間、一日動いてきた自分の体臭が気になった。

「風呂・・・」

タオルを持った時、携帯の着信音が鳴る。自分でも可笑しいと思うくらい慌ててメールを開くと、「いいよ~」という凛ののんびりした文字があった。

【15分後行きます】

ハルトはメールを送りながら気持ちが浮つくのを止められなかった。





「いらっしゃーい」

PC画面から這い出したハルトを迎えたのはいつもより少し陽気な凜だった。

「飲んでるの?」

「うん。宝の地図の相談が終わったから一人打ち上げっ」

お風呂上りなのだろう。ノーメイクにスエット姿の凜が新鮮でハルトの表情が柔らかくなる。

「一人で打ち上げって・・・。で、相談は結局どうなったの?」

「その前にハルトはご飯食べた?」

「え?あ・・・」

食事をとるよりもここに来たかったと気付かれてしまうのも、食事をとってないことで食事を催促したようになるのも嫌で言いよどむと、凜はお酒を一口飲んで笑った。

「鍋焼きうどんで良い?」

「え、いや、そういうわけには」

「嫌い?」

「嫌いではないですけど」

「じゃ、座ってて。あ、飲み物は勝手に用意してね。どれ飲んでもいいから」

ハルトにそう告げてキッチンに移動しながら、ふと先日のボイスチャットでミサキが言っていた「それってお母さんのやることじゃん」という言葉が凛の頭を過った。

いやいや、掃除とかしてないしたまにご飯ご馳走してるだけだし。

って、まて。まず、恋愛とかそういう間柄じゃないじゃん。好みのタイプでもないし、どうこうなるつもりもないし。

「そうか、ならお母さんでもいいじゃんね」

凜は呟くと鍋焼きうどんを作りはじめた。鍋焼きうどんを作るのは簡単だ。ちょっと濃い目のだし汁にみりんと醤油を入れ煮立ったら冷凍うどんを入れる。その上に卵を割り入れ、ほうれん草、椎茸、ネギ等、家にある野菜を適当にぶち込む。あらかたの具材に火が通ったところで肉を入れ、蓋をして少し蒸らせば出来上がりだ。

「すげぇいい匂い・・・」

ハルトが嬉しそうに微笑む。はふはふ、と息を吐きながらうどんを口に運ぶハルトを見ていると、凜は本当にお母さんになったような気分になった。

いや、お母さんは流石にアレか。お姉さんくらいにしておこう。

そんなどうでもいいことを考えつつも凛のお酒は進む。

「で、相談はどうなったの?」

「あぁ、あれね。想定し得る解読方法を教えて、解読は本人にしてもらった」

解読はわりと順調に進んだこと、地図に間違いがあるのではという話になったこと、ハルトが気付いてくれた地図の偽物説の話をしたら急に帰ったことを話した。

「そっか」

「また進展があったら教えるよ」

「うん、よろしく」

「うどん、おいしい?」

「美味しい。優しくてほっとする」

ハルトがそう言うと凜はテーブルの上で半分潰れたようになって「へへへへ」と笑った。

「酔ってる?」

「えー、酔ってないよ~」

言動と体勢は酔っぱらいそのものだが、凛の顔色は全然変わらない。飲んでいないと言われれば、そう信じてしまいそうな程だ。

「なんか、すみません。こんな時間に急に来てしまって。ご飯まで頂いちゃって」

ハルトが「迷惑だったよね?」と呟くように言った言葉は、酔っぱらいでも凛の耳にはしっかり届いたようだった。


「ねぇ~、ハルト~。迷惑とか考えないでいつでも来ていいからねぇ~」

「本当?」

「うん、ハルト見てると癒されるんだよね~」

「俺?」

ハルトは嬉しくなって顔を綻ばせた。自分の存在が癒しだと言って貰えるとは思ってもみなかったのだ。

「なんかさー、実家の猫を見てるみたいなんだ・・・よね・・・」

「・・・・・・猫?」


ハルトが呆然と立ち尽くしたことを、寝落ちした凜は知る由もなかった。




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