えっ、オークだから婚約破棄されるんですか!?

@ren3_run

第1話

「ごめんなさい。私、貴方と結婚できないわ」


結婚式前夜、婚約者から告げられた言葉に、僕は困惑を隠しきれなかった。


僕、早良豚平さわらとんぺいは、婚約者である磯野愛瑠婦いそのえるふとお見合いで知り合った。


恋愛感情から始まった関係ではなかったが、家同士の仲が良く、婚約相手にも婚約そのものにも不満がなかったため、トントン拍子に話が進んでいった。もちろん、僕自身も良き夫になるべく、それなりの努力をしてきたつもりだ。だからこそ、この関係は2年も続き、大きなトラブルもなく今日を迎えたのだと思っていた。それを、急に取りやめるだなんてーー。


「そんな。僕たち、上手くやってきただろう?」

「上手く?貴方は知らないのね。私が、どれだけ貴方に苦しめられてきたのかを!」


会食のために用意したレストランの個室で、愛瑠婦は普段のお淑やかな姿からは想像もできないほど感情的な声を僕に投げかけた。

彼女は僕を汚らわしいものでも見るような目で見つめる。今までそんな目で見つめられたことはなかったのに。


そこまで、そこまで僕のことが嫌いなのか。


「だって貴方、オークなんですもの!」


ヒト族である彼女は、オーク種である僕に唾を吐きかける勢いで叫んだ。


一瞬の静寂が、場を支配する。


……よし、ちょっと待とうか。ショックを受けるには聞き捨てならない理由が飛び出して来たぞ。


「僕は君と始めて出会った時からオークだったよね?今更じゃない」

「正確には、オークだったからこそ嫌になった、というところね」

「オークだからこそって。種族的な嫌悪感でもあるのかい?」

「......オークといえば、太っていて、汚くて、粗野というのが世間一般の認識よね」

「まぁ、否定はしないさ」


中世の時代、僕らオーク族は人類の敵対種族とされ、争いごとが絶えなかったらしい。現代のオーク族は文化的だし、多種多様な「人類種」の一種に数えられるようになったが、その悪感情は一部の人類種から根強く残っている。


今を生きるオーク族にとってみれば、過去の悪いイメージを引きずってほしくはない。上半身裸の時代はとうの昔に終わっているのだ。

もちろん、社会的にはそうした差別は存在しないことになっているし、表立って差別する人もごく少数だ。僕だって、上場企業に問題なく入社できた。


ただ、やはり偏見は根強い。彼女も、そんな偏見を持っているのだろうか。


「あなた、オークのくせに私より体脂肪率低いんですもの!」

「そこっ!?よりにもよってそこが問題なの!?」

「大問題よ!オークよりも高い体脂肪率って何!?私そんなに太ってる!」

「まぁ、オークって意外と筋肉質だから」

「ホントそうね。あなたの種族が好きなものってヘルシーなものが多いし。お陰で豚を見直しちゃったわよ」


オーク族の体脂肪率は平均して13%ほど。遺伝子的に似ている豚も同じくらいだというから、種族的に太りにくい性質なのかもしれない。アスリートまでではないにしても、割と体脂肪率低めな種族なのだ。


対してヒト族の体脂肪率は、女性で20~29%だという。つまり、一般の女性はオーク族よりも体脂肪率は高いことが普通なのだ。


「私、健康診断の度に『あ、オークより体脂肪率高いんだ』って思うのはもう嫌なの!」

「それはヒト族の女性の宿命みたいなものだから仕方ないじゃないか」

「感情が納得しないの!」


ここまで感情を顕にして叫ぶ彼女を、僕は初めて見た。そうか、そんなに気にしていたのか、体脂肪率。


だけど、体脂肪率を下げすぎるのは体調の面で問題になるから、無理はしない方が良いよ?


そんな僕の心配を他所に、「他にも納得できないことがあるわ」と、スマホの画面を僕に突きつける。


「部屋?」


そこに写っていたのは、僕と彼女が住んでいる部屋だ。結婚前に新居を購入して一緒に住んでいたのだが、何か生活スタイルに許せないところがあったのだろうか。


「あなたが掃除をした方がきれいなの!」

「良いことじゃん!メリットじゃん!」

「私はオークをお世話したいのであって、オークにお世話されたいわけじゃないの!」

「種族特性なんだから無茶言わないでよ」

「そうよね、ごめんなさい。でも我慢できない!」


オークは人狼族と同じく、見た目以上にキレイ好きなのだ。

生命力はヒト族のそれよりも遥かに高いので、多少過酷な環境に放り込まれても問題なく生きられるみたいだが、それはそれとしてきれいな方が居心地が良い。特に僕は部屋の中にホコリが舞うことすら許さない性質だ。つい手を出してきれいにしてしまう。


「嫌なの!オークより私の方が掃除が下手だなんて、そんな現実見たくないわ」

「そこはほら、今は男も家事をする時代だよ」

「家事上手なオーク相手に、何をお世話すれば良いの!?ベッドの上くらいしかないじゃない!」

「他にもできることがたくさんあるだろ!?」


そういえば、彼女はお見合い後しばらく、僕の事を甲斐甲斐しくお世話をしてくれていた。


彼女ばかりに任せるのは悪いと思って、僕も色々としてみたのだが、それが悪かったらしい。そうか、お世話したい人だったのか。


「ごめんなさい。貴方、見た目もスマートだし家事も完璧。旦那にするなら最高の男性なんでしょうけど、私はもうちょっと駄目な男が好みなの。そう、私の見つけた、理想の彼のような!」

「彼って、浮気していたのか?」

「いえ、最近うちの職場に派遣で来たゴブリン族の子よ。彼、机の上は汚いしお昼は何時もコンビニ弁当、最高じゃないかしら?」

「最悪じゃないかな?」

「最高よ!好きなだけお世話ができるのよ。お世話されるのはもうたくさん!」


どうしよう、ここまで悲しくならない婚約破棄の理由はないんじゃないだろうか。だが、僕らは明日、結婚式を迎えるのだ。今更嫌ですは通らない。


「明日には結婚式なんだよ。今更そんな話が通るわけがないじゃないか」

「大丈夫よ。通すわ」

「どうやって?」

「私がいかにお世話できていないかを滔々と説くわ」

「それで結婚を解消される親が残念極まりないね」

「仕方ないわ。相性の問題だもの」

「それ、君が言って良いセリフじゃないよね」

「見てなさい。必ず説き伏せてくるわ」

「ああうん、話を聞いてないね」


もう話すことがないと言わんばかりに個室を飛び出していく彼女を、僕は見つめることしかできなかった。


追いかけることはできる。だけど、追いかけてどうにかなる問題か、これ。


伸ばした手を下ろすと、額に持っていく。


彼女の説得が成功するかどうかは分からないが、絶対にひと悶着は起きるだろう。

僕の両親に何て言うべきか。今から頭が痛かった。


◯   ◯   ◯   ◯   ◯


彼女から別れ話を切り出されてから、数年が経過した。


彼女とは、あれから会っていない。

連絡は届く、いかに職場のゴブリン族の子が駄目でお世話のしがいがあるかを熱く語り、写真も送ってくる。


……ゴブリン族の顔が引きつっているように見えるのは、気のせいということにしておこう。僕には関係のない話だし。


彼女の親御さんは、次の日には玄関で綺麗な土下座でもって僕に謝罪してくれた。見ていて哀れに思うくらい、それはもう何度も地面に額を叩きつけていた。同じことを、式場前で来る人全員にしていたので、何かもう婚約破棄されたこっちが申し訳なく思うほどだった。


うちの両親は、彼女の無責任さに呆れ返っていた。


怒りもあったのだろうが、理由が理由なだけに怒りすら通り越してしまったらしい。むしろ、そんな人をお見合い相手に選んだことを僕に謝ってさえいた。


大丈夫、僕もあんな吹っ飛んだ人だとは思わなかったよ。


伝え聞いたところによると、彼女は実の両親から勘当され、一人暮らしをしているらしい。


最も、最近は彼のお世話のためにほとんど帰っていないらしいが。


新手のストーカーになってない?警察のお世話にならないでよ?


とりあえず、彼女はお金や親類縁者を始めとした色々なものを失ったが、何だかんだで幸せらしい。うん、もう関わらないでね。


一方の僕はというとーー。


「っく!オークの作った料理なんかに、負けない!お代わり!」

「言ったそばから負けてるじゃん」

「だって、豚平くんの料理が美味しいんだものー」


あれからしばらくは恋愛をする気にもなれなかったのだが、同じ職場の岸負華昼きしまけると仲良くなり、あれよあれよという間に結婚するに至った。


いや、目を離すと野垂れ死にそうだったから手を差し伸べただけだったんだけど、どうしてこうなったんだろう。


「はぁ、料理はおいしいし掃除もできる。しかもオーク。至れり尽くせりな生活よね」

「オークはメリットに入るの?」

「入らないの!?なんかこう、燃えるじゃない!」

「それは君の性癖じゃない」

「いやん、性癖だなんて」


彼女は僕がオークであることにも嫌悪感を抱かない稀有な女性だ。いや、オークに組み敷かれるのが大好きな特殊性癖な人物なのかもしれないが、それでも僕にとって種族まで愛してくれる稀有な存在だ。


それに夜の方も……これは秘密にしておこう。


そんなわけで、オークであることを理由に婚約破棄された僕だけど、なんとか幸せにやっています。


数年後、男に逃げられた彼女がうちの奥さんをお世話しに来るも、あっさり返り討ちにあったりするのだが、それはまた、別のお話

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