第95話 オペレーションセンターの怪

 屋内に戻ると、ウィルオウィスプを召喚した。

 普段よりもかなり小型のサイズだ。

 ふよふよと浮いている光の球が、チカチカと点滅すると声を発する。


『……アヤセか。おはよう』


「おはようモニク。もしかしてハイドラのとこか?」


 ウィスプから聞こえてくるのはお馴染みのモニクの声。

 当然だが、ウィスプ自身が喋っているわけではない。


『ああ、そうだ。彼女にも朝食が必要かと思ってね』

『モニク、それってウィルオウィスプか? 今の声スネークだろ? 通信機の代わりかよ……』


 ふむ、向こうにはハイドラも居るみたいだな。

 それにしても通信機か。モニクはスマホとか持ってないし、なんとなく思い付いたウィスプの活用法だ。直接戦闘では決め手に欠ける召喚モンスターだが、工夫次第では色々と役立ちそうである。


 もっとも、俺自身がウィスプを遠くまで飛ばせるわけではない。

 向こう側のウィスプをモニクが維持することで、初めて通信機としての役割を果たす。


「ハイドラ、調子はどうだ? あと、状況は把握したか?」


『いきなり色々言われても覚えられねえし分からねえよ』


 だよなー。


 夢幻階層の戦いが終わって以来、俺は連日ハイドラを探していたのだが一向に見つからなかった。

 ギブアップしてモニクに頼んだら一日で見つかった。

 それが昨日のことだ。


 最初から頼んでおけば良かったと思わないこともないが、ハイドラの『無意識に危険を遠ざける能力』についての検証が出来たので良しとしよう。


 この能力、ささいな切っ掛けで消えてしまう可能性があるとはモニクの談だ。

 ハイドラがそれなりに成長するまで、俺やエーコ、ブレード、セレネには会わないほうが良いとも言われた。

 自分から危険な存在に会うのは能力の否定につながるのだとか。モニクくらい実力が隔絶していると逆に関係なくなるらしい。

 まあ俺も魔法使いの端くれ。なんとなく理屈は理解できる。

 なのでハイドラのことは、しばらくモニクに任せることにした。


『当面の目標はヒュドラ毒の克服だな。そんなに時間はかからないだろう』


 なるほど。

 ハイドラもドゥームフィーンドである以上、種族進化の影響を受けているのかもしれない。


「そうか。ならこの街がどうなっても安心だな」


『む……。あたしも外に出ることが出来るようになるのか?』


 あんまり不用意に出るのはおすすめ出来ないけどな。

 それくらいはハイドラも分かっているだろう。


『そうだ、アヤセ。ボクは昼間は帰らないが、オペレーションセンターに行っておいてくれないか』


「オペセンに? なんでまた?」


 オペレーションセンターってのは、俺たちが根城にしているショッピングモール内の事務所だ。ソーラーパネルの非常用電源があったりとかで世話になっている。

 とはいえドラム型延長コードで食堂まで電源を引っ張っていたし、部屋自体にはほとんど立ち寄っていない。

 それに電源問題は、セレネが半ば解決してしまったのでますます影が薄い。


『行けば分かる。そうそう、行くときはひとりのほうがいいかもしれないな』




 ウィスプを仕舞うと、バックヤード通路を歩く。

 目的のオペセンは最奥だ。延長コードを通すため、入り口は開きっ放しである。


 モニクにしてはなんか珍しい頼み方だな。

 サプライズのプレゼントでも置いてあるんだろうか。

 ハハ……まさかな。


 扉を素通りし、奥の事務所へ。

 特になんの気配も感じない。感じないのだが。


 視界に凄まじい違和感がある。

 事務所の奥。記憶が確かなら一番偉い人……社長、ではないな。ここの責任者だとなんて呼ぶんだ? 所長か? とにかくその所長の席。


 そこに、異様なものが『生えて』いる。

 あまりに場にそぐわないので、視界の端に映っただけなのに一瞬で気が付いた。

 心臓が跳ね、警戒が一瞬で最高潮に達する。


 そこに生えていたのは――言うなれば『触手』であった。


 蛇とかミミズとかではない。なんというか、のっぺりしているものがうねうねと何本も生えている。

 視線が釘付けになり、俺は動きが止まってしまった。

 すると、触手は思い出したかのようにゆらゆらと動き出した!

 うわキッモ。

 反射的に腰の手斧に手を伸ばす。


『待ちたまえ。別に怪しい者ではない』


 いや滅茶苦茶怪しいだろうが!!!

 ……って念話? 今の、この触手が喋ったのか?


『《冥王》から僕のことは聞いていないのかね?』


 メイオウ……それは確かモニクの。

 ああ、この部屋に行けと言ったのはモニクだったな。

 少し冷静さを取り戻した。


「モニク……の知り合いか? あいにく何も聞いてない」


『そうだったか。ならばその反応も仕方あるまい』


「…………」


 椅子が。

 キャスター付きのワークチェアがカラカラと移動する。


 そして、その『生物』が全貌を現した。


 ぬめぬめとした寸胴鍋のような形だった。

 それが椅子の上に鎮座している。

 そして、頭部?からは何本もの触手が生えてうごめいていた。


 本当にモニクのお友達なんだろうか?

 俺……こんなサプライズはあまり嬉しくないんだが。


 ドゥームダンジョンにこんな敵は居ない。

 だからドゥームフィーンドの一種ではなさそうだ。


 それなら新手のヒュドラ生物の可能性は?

 地球上の生物で言うならこいつは……うーん、イソギンチャクかな?

 水棲生物をヒュドラ生物にするだろうか?

 あー、ワニとか居ましたねそういえば。


『人間が僕を見れば驚くのは当然だ。冥王の茶目っ気にも困ったものだね』


 やっぱりモニクの知り合いらしい。

 イソギンチャク型ヒュドラ生物とかではないのか。

 こいつのこと黙ってたのは茶目っ気だったの?

 あんまり普段のモニクのイメージにそぐわないというか、その茶目っ気のせいで俺の寿命けっこう縮んだ気がするんだが……。


「ああ……悪かったな。警戒しちまって」


『謝ることはないさ。武器からは手を離してくれると嬉しいがね』


 うん。俺の手はしっかりとマムシのグリップを握ったままだった。

 そっと手を離す。


「えっと、それで……あんたがここに居るのって、やっぱりヒュドラのことで?」


『ヒュドラの首魁《ここのつ首》のひとり、《ヒュドラ・オリジン》エキドナを追って日本に来たのだが、潜伏場所の手掛かりがなくてね。当面はこの国の封鎖地域の中心である、《終わりの街》を拠点にしようと考えている』


 ……なに?

 ヒュドラの首魁? 九つ首だと?


「あんたが追っているのは、《終わりの迷宮》の主とは別のヤツなのか!?」


『そうだ。そしてそれだけではない。推測だが、他の《九つ首》も日本に来ている可能性がある』


 …………?


「な、なんでまたそんなことに」


『それはもちろん、世界で初めて《対超越者結界》を打ち破った者がこの国に居るからだよ。君にあまり自覚は無いようだがね、オロチ』


「俺の名前を……!」


 ん? いやモニクの知り合いなら俺の名前くらい知っててもおかしくはないか。

 俺はこいつの名前聞いてないけど。


『ああ、名乗るのが遅れてしまったね。僕の名前は――アネモネ』


 アネモネ……………………?


 やっぱりイソギンチャクじゃねーか!!!

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