第四章 瓦礫の街のモニク

第94話 モーニング

 ベーコンの焼ける音がパチパチと耳に心地よい。

 きっとカリカリに焼けた状態で出てくるのだろう。

 自分で作るときは、面倒なのでそんなにしっかりと焼くことはない。


 コボルドマーセナリーのミノは、フライパンにたまごを器用に割り入れた。

 ジュッという音と共に、透明の身が白く染まっていく。


 ミノがガシャガシャとフライパンを動かすと、ベーコンエッグは綺麗にフライパンの上をスライドし、俺の皿の上へと滑り落ちた。


 ここはショッピングモールの屋上だ。

 季節は真夏だが、朝も早いのでそこまで暑くはない。


「いただきます」


 調味料が色々置いてある。

 自分で作るときはなんでもかんでも醤油で済ませてしまうのだが……。

 レストランのモーニングに出てきそうな見事なベーコンエッグを前に、ケチャップを選んだ。前にファミレスでモーニングを食ったときに、ケチャップが付いていたような気がするからだ。雰囲気重視。


 フォークで絡め取ったベーコンを口に運ぶ。

 スモーキーな香りと塩気、脂の甘みが口内に刺激を与える。

 たまごの白身で追うと、マイルドな味わいが更にそれらを引き立てる。

 ケチャップの酸味は味の変化に奥行きを与え、ほどけ合った肉とたまごが喉の奥へと消えていった。

 続けてすくった半熟の黄身は濃厚な旨みを溢れさせ、ベーコンの味わいに新たな世界を提供する。


「美味い。文句の付けようがない」


 調理人のミノはしっぽをぶんぶんと振った。

 周囲を見回すと、コボルドナイトのシチリン、コボルドメイジのスミビ、マーセナリーのタンとユッケも皆に朝食を振る舞っていた。


 なおヒーラーのツミレは俺の隣で口の周りを卵の黄身だらけにしている。

 お前は家事とかしないんだな……。

 コボルドサークルの姫かなんかなの?

 まあこいつは治癒魔法に全振りしてしまったみたいなところがあるので、単に日常では戦力外なのかもしれないが。


 なんでもこなせるマーセナリーズが優秀すぎるんだよな。

 あいつら、ショッピングモール内にあった人間の掃除道具や機械も普通に使いこなしてるんだが……。


 モニクは留守みたいだが、エーコ、セレネ、ブレードは皆思い思いに朝食を摂っていた。

 そして、コボルドたちがなんで料理をしているのかというと……。


 こいつらは『自給自足』を目指しているのだそうだ。

 会話したわけではない。コボルドは喋れない。

 セレネ先生によればなんとなく意思疎通は出来るらしい。そんな適当な。

 でも俺もなんとなく出来てしまった。どうなってんのコボルド族。


 コボルドたちは意思疎通魔法とでもいうべき不思議な力でコミュニケーションを取っている。

 かつてバジリスクやエリクトニオスが使っていた魔法だ。

 あと多分、四騎士も使っていた。

 人型だと普通に喋れるという先入観があるためか、使われても気付かないんだよな。


 コボルドの場合バジリスクたちよりも不器用なのか、言語として知覚することが出来ない。

 なんというか、言いたいことがふわっと伝わってくる。

 高速言語とでもいおうか。

 あれ? そういう意味ではこいつらのほうが高度な魔法を使っているんだろうか?


 でも言葉を使わないというのは、少し情緒に欠けるな。一長一短だろう。

 あ……。そういえば黒騎士と青の騎士。あいつらも喋れないんじゃなくて、そういう言語を使っていたんじゃないだろうか。

 あのときの俺では全く聞き取れなかっただけで。


 で、自給自足の件に話を戻すと。


 ヒュドラ毒を克服した一部のコボルドたちは、もうドゥームダンジョンのキャラからは逸脱した進化を見せ始めている。

 それは、必ずしも強くなるという方向性には限らない。

 食事が必要になっていることもそのひとつ。


 俺とコボルドたちが、将来も一緒にいるのかどうかは分からない。

 だからジャンクフード召喚にずっと頼るわけにもいかないだろうというのが、コボルドたちの総意らしい。

 なかなかしっかりしてるな。


 とはいえこの街には普通の獣は居ないから狩りは出来ないし、植物の栽培も難しいのではないかと思う。だから農業も出来ない。

 つまり今はまだほとんど何も出来ないのだ。


 材料調達がまだ無理なら、とりあえず料理からでもというのが今の状況に至った理由だ。

 いつもはジャンクフード召喚で済ませてしまっていたが、目の前で作られた料理を食べるというのも悪くない。

 コボルドたちも楽しそうだ。


 セレネによると、進化した六人のコボルドは再召喚も出来なくなった可能性が高いという。

 それはつまり、ヒュドラ生物の不死性が失われたことに他ならない。

 まさか試すわけにもいかないので、謎のままだが。


 そもそもダンジョンマスターが眷属の魔力化を行えるのは自分の縄張り内のみ。そしてここはセレネの縄張りだったドゥームダンジョンの外だ。

 魔力化に関しては俺の魔法のように、訓練次第では何処でも使えるようになるかもしれないが。


 あの夢幻階層の戦いを経て、ドゥームフィーンドはヒュドラとは完全に決別してしまったのかもしれない。




 食堂へと目を向けた。

 今は皆屋上に出ているので無人なのだが、今までと違う点がひとつある。

 室内の蛍光灯が点灯しているのだ。


 ――《迷宮生成術》。


 それがセレネの、というよりダンジョンマスターの使う魔法らしい。

 そういえば夢幻階層のコンビニ、電気点いてたもんな……。

 バックヤードも俺の部屋も、普通に電気が使えるようになってしまった。

 ということはアレか? このショッピングモール、半ばダンジョン化してるってことなのか?


 魔法で生活に変化をもたらしたのはセレネだけではない。

 コボルドメイジのスミビもそのひとりだ。


 スミビは天才魔法使いだった。

 あのセレネですら……現代人としての常識が、魔法の自由な発想の邪魔をする。

 こいつにはそれが無い。使う魔法が独特すぎる。


 まさかカセットコンロのボンベの中身を魔法で補充してしまうとは。人間だとどうしても理屈を考えてしまって、そんなことは出来ない。このスミビ製ボンベで火を点けると、どういうわけかめっちゃ火力が出る。いったいボンベの中に何が入ってるんだ。


 ……深く考えるのはよそう。




 ドゥームフィーンドのサブリーダー、あるいはリーダー代行であるセレネは、目下のところ俺のジャンクフード召喚を模倣できないかと訓練中である。

 確かにセレネが歩く食材倉庫と化せば、俺に頼るよりは配下のコボルドたちも安心だろう。


 セレネがジャンクフード召喚を会得したら俺の上位互換になってしまうのでは? という不安は脇に置いておく。


 どうせ最初のうちはヘビースター限定召喚とかが関の山だろ?


 さて。

 それではドゥームフィーンドの本来のリーダー……。

 つまりは創造主ハイドラを今後どうするべきか。


 今は、それについて考えねばなるまい。

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