第92話 創造主
セルベールから急ぎの話があるとかで、地上に戻る前に駅前で少し休息することになった。
「我々が地上に出ても、ヒュドラの眷属として始末される未来しかないであろう。しかし地下では、ヒュドラの勢力におびやかされる」
そうだな。誕生した時点で人生の難易度が高い種族だ。
ドゥームフィーンドは。
「その解決策が、我らが創造主――ドゥームフィーンド・オリジンの存在。その素体は我々眷属よりも遥かに高次の存在。いずれは超越者へと至る可能性すら秘めていよう」
セレネやブレードの言う創造主って、ヒュドラのことじゃなかったのか。
ドゥームフィーンドを創造した百頭竜みたいなポジションの奴が居たんだな。
矛盾しているように見えたブレードたちの主張は、実は矛盾などしていなかった。
不自然だと思っていたことも、見方を変えるとそうでもなかった。
「そのオリジンならヒュドラにも対抗できるってことか?」
「我々が束になって戦うよりは可能性があるかと」
でもそいつがもし人類にとってヤバい奴だったら、俺にとってはヒュドラと大差ないんだが?
それともそれは、そうなってから考えるべきだろうか。
「ドゥームフィーンドは、オリジンの記憶を介してヒュドラが生み出した存在。言い換えるならヒュドラの力を借りてオリジンが生み出した存在。その過程では、オリジンにはまだ自我が無かったのだ」
古参眷属じゃなくて、生まれたばかりのヒュドラ生物なのか?
それってつまり、オリジンが自発的にドゥームフィーンドを創造したわけではないってことになるよな。
「故にオリジンは、困ったことに創造主としての自覚をお持ちではないのだよ」
やっぱりか。
「自力で部下を創造したわけじゃないのか。ずいぶん中途半端な創造主なんだな……」
「生まれたばかりでまだ脆弱な力しか持たぬゆえ、仕方ないのだ。この街の住人たちは、その過程で造られた存在なのだろうね」
なるほど、それで不完全なドゥームフィーンドか。
それでもそのおかげで、
「で? そいつはお前が説得しても協力してくれないと?」
お前の悪人ヅラじゃそうそう信用してはもらえないだろうよ……。
「創造主殿は不思議な能力を持っておいでだ。吾輩やケクロプスの眷属たちが接触しようとしても何故か会えない。今はまだ小さな力しか持たぬゆえに、高次の魔力で危険を自動的に回避してしまうのだろう」
な、なんだその能力。むしろ俺が欲しいわ。
小さな力しかないのか高次の魔力持ちなのかはっきりしろ。
「それにああも度々迷宮から出られてはね。地上には冥王殿が居る以上、追うわけにもいかなかった」
地上にも来てたんだそいつ?
「そいつが超越者に至るにはどれくらいかかる?」
「千年もあれば」
「長いわ! そんな話俺に振ってどうする!」
「しかし肝心なのは今なのだ。創造主殿を失うわけにはいかない」
知るか、と言いたいが聞いてしまった以上もやもやする……。
「あー、なんか手がかりはないのか? 名前がオリジンってだけじゃ」
「オリジンは名前ではないよ。名前はパラディンという」
パラディン……。
パラディン!?
「まあ今では、誰かさんが名付けたハイドラとかいう名前のようだがね」
…………は!? えっ!?
あ、あー。そうだったのか……。
セルベールはニヤニヤと俺を見て。
「名付けの親としては、当然彼女の面倒を見てくれるのだろうね?」
ほんと煽り力の高いツラするなあお前……。
だいたい名前を付けたとか、なんでそんなこと知ってんだ?
ああ、こいつはヒュドラ生物の記憶を読めるんだったか。
街を飛び交っている鳥型や虫型のヒュドラ生物。その辺が情報源か?
いやそんなことよりあいつ……ハイドラ。
ドゥームフィーンドの創造主だったのか。しかも無自覚かよ。
以前一瞬だけ、あいつがヒュドラなんじゃないかと疑ったことがあるが、創造主という意味では当たらずとも遠からずだ。
正確にはヒュドラに操られ、その力を借りて創造したってことなんだろうが、それでもハイドラの能力には違いない。
あいつは人間型の眷属を創造するのはド下手糞だったが、好きなゲームのキャラを造らせたらとんでもない才能を発揮した。
魔法とは自身の望むものを実現する力だからな……。
ある意味はヒュドラの後継者。
しかしどちらかというと今はまだ、百頭竜に近いポジションだな。
今回の戦い、ケクロプスとハイドラが同じ立ち位置だったわけだ。
危険回避能力……。
あいつが言葉を話すヒュドラ生物に遭遇しなかったのって、自分の能力が原因だったんじゃないか。
エーコがハイドラに会えないのもそれが原因か?
でもモニクには簡単に捕捉されてたぞ?
流石に超越者の目までは誤魔化せないのか。
あと俺? 俺は……。
あいつからすると脅威ではなかったんだろうな。釈然としねえ。
しかし最近は実力も拮抗してきた気がする。
「それって下手すると、そのうち俺も会えなくなるのでは?」
セルベールの顔から急速に笑みが消えた。
「オロチ殿のほうが創造主殿よりも成長が早い。これは盲点だった。急いだほうが良いかもしれないな……」
こいつが余裕をなくすところを見るのは実に愉快だが、困ったことに俺の余裕もなくなる話だった。
「つまり強い生物だと創造主に会えないんですね? だったら大勢のコボルドたちに手紙でも持たせて、街じゅうに放てばいいのでは?」
俺とセルベールは、揃って間抜けな顔でセレネを見る。
――モニクに頼めばいいというのは、後から気が付いた。
ドゥームフィーンドは客観的にはヒュドラ生物の一種でしかない。
人類には到底受け入れられまい。
理解を示してくれる者が居たとしても少数派だろう。
ヒュドラの眷属は全て殺すべしなんて主張する人間がいても、それはそれで普通だろうと俺でも思う。
なんだかんだ言いつつも俺は、いずれはアマテラスとも足並みを揃えなければいけないと考えていたのだが。
ドゥームフィーンドと共闘するならば、それは難しいかもしれない。
ルート分岐、か……。
俺は最初、ケクロプスの騎士とドゥームフィーンドのどちらに加担するか、その選択肢を迫られているのだと考えていた。
だが実際には人類戦力とドゥームフィーンド、どちらと共に闘うかの選択をいつの間にか選ばされていたってわけだ。
でも後悔とかはない。
セレネの存在を知ってしまった以上無視は出来ない。
ハイドラやブレード、コボルドたちを放っておくわけにもいかない。
セルベールは別にどうでもいいが。
これがヒュドラの既定路線だったとしても……。
毒食らわば皿までいくのみだ。
「なあ、セルベール。結局お前とブレードってヒュドラのことはどう思ってんの?」
「別になんとも。吾輩がヒュドラに弓引くのは同族の未来のため。恨みなどではないよ。むしろ種の存続のために戦う吾輩とブレードは、実にヒュドラ生物らしい存在と言えなくもないであろうよ」
ブレードも無言で頷く。
なるほどなあ……。
「さて、それでは吾輩はここで別れるとしよう」
セルベールは駅の中には進もうとしなかった。
「何処に行くんだ?」
「更なる深層。迷宮の奥底だよ」
「いやお前、なんのためにモニクと交渉したんだ。地上に出るためじゃなかったのか」
皆を見回してからセルベールは言う。
「それは――この世界でこれからも生きていく、我が同胞たちのためなのだよ」
お前……。
「創造主殿のことを……よろしく頼むオロチ殿」
「ああ」
それだけ言い残すと、セルベールは俺たちの前から去っていく。
お前の頼み事は不穏な気配しかしないのだが……。
ハイドラのことは気にかけておこう。
「セレネが去ったら、この街はどうなるんだ?」
「迷宮は創った者が居なくなってもしばらくそのままです。この場所は元々広大な異空間でした。もし壊れてもそれに戻るだけだと思います」
バジリスクが死んだときもそんな感じだったな。
いきなり迷宮が消えたりはしなかった。
それにドゥームダンジョンエリアは《終わりの迷宮》の一部だ。
仮に機能を失っても元の迷宮に戻るだけか。
街の人々がひとり、またひとりと消えていくのが見えた。
「彼らはもう寿命なんです。だから、街ももう必要ありません……」
セレネがこの街を創ったのは、行き場の無い人々のためだったのか。
仮初の命のための
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