第89話 復讐の王女の物語

 周囲の障壁を見回す。

 なんだこれ。もしかして俺を守ってくれたのか?

 それとも閉じ込めた?


 閉じ込められたのだとしたらまずい。

 こんなハイレベル障壁、首刈りアギトでもないと壊せないぞ。


「うっ!」


 腹の痛みが戻る。そして和らぐ。この感覚。

 コボルドが怪我を治してくれていた。

 短期間に二度も内臓を抉られるとは……。


「サンキュ……。礼を言うのはまだ早いかもしれんが」


 滅亡の支配者セレーネはもう、すぐそこまで迫っている。

 俺は身動きが取れない。

 腹の傷が塞がったので、多少は魔法のコントロールも出来なくはないが。


 レッドライダーの怒号が聞こえてくる。


「どういうことだセルベール!」

「なにがかね?」

「とぼけるな! 《滅亡の支配者》は、何故オロチを庇っているのだ!」


 …………?


 薄々そう思わないでもなかったが、やっぱり俺はこの障壁で守られているのか?


 セルベールはうつむいて肩を震わせている。

 笑って……いる?


「何がおかしい!」

「まだお気付きではない? この街が、地上のそれを模している理由を考えればご理解頂けるのでは?」


 人を小馬鹿にしたような口調でセルベールが煽る。

 何がしたいんだあいつは。

 この街が、地上の街を模している理由だと?

 人類に対する皮肉かなんかじゃないのか?


 ホワイトライダーも怪訝な声色で尋ねる。


「いったい何の話だ……」

「ひょっとして……貴殿らはこのドゥームダンジョンの元となった人間のゲーム――その物語をご存知ないと?」

「貴公らが人間の作り話を元にした存在だというのは知っている。だがその内容までは知らぬ。知る必要もない」


 内容なら俺は知っている。だが、セルベールの言いたいことは分からない。


「ふふ……仮想敵とでもいうべき相手のことも禄に調べぬとは、間抜けが過ぎるのでは?」

「なんだと貴様!」

「勿体ぶるな! それがなんだというのだ!」


 聞くに堪えない会話だ。白騎士まで声を荒げている。

 とても味方同士とは思えない。


「その物語における夢幻階層とは、戦争に敗れ故国を滅ぼされた王女が創り上げた仮初の世界。彼女はかつての美しい王国を再現して、心の慰めとしたのだよ」


 そう、それが本来の物語…………いや、待てよ?


「では何故ここ夢幻階層はその王国ではなく現実の地上、それも在りし日の街の姿をしているのか」


 ……………………。


「それは……この夢幻階層を生み出した迷宮管理代行者が、ヒュドラに殺された地上の街の人間――――その記憶と人格を受け継いだ存在だからなのだよ!」


 迷宮管理代行者……ダンジョンマスターが、人間の人格を持つ者!?

 この街の住人――

 いや違う。

 彼らはダンマスを務めるには弱すぎる。

 ならもしや、ハイドラのことか?

 それも違う。

 夢幻階層のダンジョンマスター、『ドゥームルーラー』はこの街から一歩も出ていないという話だった。

 ハイドラとは別人のはずだ。




「これは故郷を滅ぼされた復讐の王女の物語。彼女は数多の死者の願いを受けて、ヒュドラに滅亡をもたらす者なのだ!」




 それがウィリアムの言っていた『実在する王女』か!

 滅ぼされた《終わりの街》の死者たちの復讐を担う者――ドゥームルーラー。

 その正体はハイドラと同じく、生前の記憶と人格を受け継いだヒュドラ生物。

 それも、ダンマス級の実力者だっていうのか!?


「ば、馬鹿な! ヒュドラ様は何故そのような者を造られたのだ!」

「そんな話が信じられるか!」

「吾輩も悩んだのだよ。そう――――」

「…………?」


 邪悪な喜びを湛えた声で、セルベールはこう言った。


「どうすれば彼女が、とね」


 唖然とする四騎士を前に、なおも話は語られる。


「彼女が守るべき地上の街の人間は皆死んでしまった後だった。しかし……たったひとりだけイレギュラーが、生き残りが居たのだよ」


 おい、その生き残りってもしかして俺――


「しかし、そのことを知っても彼女は動かなかった。その人間の男が迷宮に侵入しても駄目だった。ならばその男が、彼女の住むこの街に辿り着いたら? それでも駄目なら……その男が自分のすぐそばで、絶体絶命の危機に陥ったなら?」


 こ、こいつ……!

 そのために俺にあんな真似を? 後で覚えてろよ!?


「ようやく我が望みは聞き届けられたり。オロチ殿の迫真の名演技のおかげだよ。そして――」


 並み居る四騎士に向けて、セルベールは宣告する。


「四騎士の諸君は、これで用済みというわけだ」


 セ、セルベールお前……。

 演技じゃねえだろうが!

 ホントに内臓えぐられてるわ!!!

 なんで「全て作戦通り」、みたいなふうに話してんの!?


 それに聞いた感じ、『公国騎士にやられそうになった俺を見かねて、ドゥームルーラーが手を貸す』というシナリオだったみたいだが……。

 俺、ほとんどお前ひとりにやられてるんだけど???


 ダメだ、こいつは穴だらけの策をろうするタイプだ。

 俺が予想外にも四騎士に勝ってしまいそうになったので、慌てて自分も戦いに加わったとか、真相はそんなとこだろう。ガバガバすぎる……。


 あと、肝心のドゥームルーラーは何処に居るんだ?

 この近くまで来てるようなことを言っているが。

 まあそんな確認は後でもいい。


 こちらに背を向けているが、セルベールは今途轍もなくムカつく笑顔をしている。俺には分かる。後ろから蹴飛ばしてやりたいが障壁邪魔!


 振り返って滅亡の支配者に叫ぶ。


「おい、あんた! えっと、セレーネ? 助けてくれたのは礼を言うけど、もう大丈夫だから。この障壁、解除してくれないか?」


 セレーネは立ち止まると、目を閉じてふるふると首を横に振った。


 え? ダメなの……?


 四騎士たちはセルベールの力を警戒してか、距離を取って二手に分かれる。

 白騎士の視線は油断なくこちらに向けられているが、障壁があるために矢を放ってはこない。


 一方セレーネは再び歩き出し、俺の横へと並び。


 無表情な目で俺を見つめ。


 感情のこもっていない声で。


 こう、告げたのだ。




「先輩……ここは私に任せてください」




 ……………………!?


 それは、その言葉は――

 その表情と、その話し方は――


 こちらの動きを警戒する白騎士が怒鳴る。


「一介のヒュドラ生物に過ぎない貴公が、ヒュドラ様に楯突こうと言うのか! 《滅亡の支配者》セレーネ!」


「その呼び名はただの――『役割』です」


 役割だと?

 そんな、そんな偶然があり得るのか。


「私のは――」


 たまたま俺の知り合いだっただけの普通の人間のはずだ。

 そんなことがあるわけ――




「《ドゥームルーラー》――――最上もがみ瀬麗音せれね

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