第88話 最後の登場人物

 地上への階段を目指し、コボルドと共に支流の川へ向かう。

 封鎖地域の中央付近を流れる小さな川。

 かつての自宅から西の隣町へ行くために渡る川であり、モニクと最初に出会った場所でもある。


 川には水が流れていた。

 境界線とは異なり、向こう岸の街もちゃんと見える。


 河原に降りて水に近付く。

 だが、やはり水は偽物というか蜃気楼のようなものであるらしい。

 周囲の空気もヒュドラ毒のままだった。

 無害だとは思うが、興味本位で川に入ってみようとかは思わない。


 橋の位置はもう少し北だ。土手に上がって再び進む。

 頭上の星空は、現実のそれと区別が付かなかった。




 橋の前では、見知った顔の連中が俺を待ち構えていた。

 奴らに見つからないように行動していたはずだが、不思議と動揺はなかった。

 いずれ決着は付けねばならない。

 なら、それが今でもいいだろう。そう思えるようになっていた。


 全部で五人。まずは白騎士と赤の騎士。

 そして黒騎士と青の騎士も復活している。

 石化を治せる奴が居るのか。やはり砕いておくべきだったな。

 あのときはそんな余裕はなかったが。

 よく見るとブレードに斬られた黒騎士の腕も元に戻っている。


 で、四騎士はまあ分かるんだが。ひとり意外なヤツが混ざっていた。


「やあオロチ殿、久しいね。息災でなにより」

「セルベール……」


 どうしてそいつらと一緒に居る?

 ま、胡散臭い奴だからな。最悪の状況を想定したほうが良さそうだ。


「お前、いったいどっちの味方なんだよ」

「吾輩はいつでも創造主殿の味方。そこは変わってはいないのだよ」


 ああそうかよ。

 確かに俺たちは、自分の敵を減らすために互いに利用し合う仲だ。

 だからセルベールが誰の味方になろうが気にはならなかった。

 だって元から怪しすぎるし。


 それに……ここに到って公国騎士の五人が全て健在。

 ひとり残されたセルベールが生きる道は、こうするより他に無いのだろう。


 創造主のためとか、この男がどこまで本気で言っているのかは分からない。

 だがそれはブレードの言葉でもあった。あいつだって、次に会うときは敵かもしれない。その覚悟は出来ている。


 しかし今の状況、戦力的には大問題だ。

 ドゥームフィーンドとケクロプスの騎士が対立していて、ギリギリ俺が立ち回れるバランスになる。

 あいつらが手を組んでは無理ゲーというもの。


 振り返ってコボルドに告げた。


「お前、どっかに隠れてろ。ていうか、もう帰っていいぞ」


 それを聞くと、コボルドは後ろにあるビルに向けて駆けていく。

 うーん、やっぱ言葉は理解してるっぽいな?




 白騎士――ホワイトライダーが声を発した。


「我々はドゥームフィーンドよりも、《百頭竜殺し》の貴公こそが危険であると判断した」


 白騎士はころころ方針を変えすぎなんだよなあ。

 でも四騎士勢揃いはちょっと厄介だ。

 それにセルベールも加わる上に、黄金騎士の姿が見えないときた。


「そんで五人がかりで袋叩きってか。黄金騎士がいなくて大丈夫か?」

「甘く見るな。貴様などオレだけで充分だ!」


 赤の騎士が吠える。

 そして戦闘が始まった。


 レッドライダーは本当にひとりで突っ込んできた。

 いや、そんな突進攻撃は当たらねーって。

 長剣の斬り降ろしを躱し、カウンターの横蹴りを入れる。


「グハァッ!」


 くの字になって吹っ飛ぶ赤の騎士。

 ウィリアムの力を継承したおかげか、単純な接近戦はいけそうか。

 厄介なのは白騎士の弓矢だ。まずはあいつを潰す。


 白騎士に向かって駆ける。

 すでに第一射の矢が飛んできているが、見え見えの弾道なら躱すのは容易い。

 怖いのは他の奴に集中してるときに死角から飛んでくる矢だ。


 矢を躱して体勢が不安定になったところへ、青の騎士が突進してくる。

 やっぱりこいつは戦い方が上手い。

 俺の苦手な武器を使われてたら強敵だったろう。

 不安定な体勢を更に崩して槍の穂先を躱す。

 横に跳躍して鎧による体当たりも躱す。

 空中で身体を捻り横転させ、着地して再び走り出す。


 白騎士まであと十数歩。

 側面後方から回り込むように黒騎士が襲いかかってくる。

 俺にはそれがいた。

 俺の新たなる『目』は、黒騎士と俺自身の動きを上空から俯瞰する。


「ウィルオウィスプ!」


 急降下した光の弾が黒騎士を撥ね飛ばした。

 ウィリアムは多数のウィスプを操る物量作戦だったが、俺ならこう使う。

 量より質。


 次はお前だ白騎士。


「まさか……《復讐の騎士》の力を奪い取ったのか!? 化け物め……!」


 化け物か……。

 俺は生物を召喚することに強い忌避感があったのだが、ウィスプを喚ぶのもモンスター召喚の一種だよな?

 なし崩しに会得してしまっていた。

 なんか騙された気分だ。

 嫌いなものを知らずに食わされていたような感覚というか。

 ヒュドラの魔法を模倣している俺が、ヒュドラの影響皆無とはいかないのかもしれない。


 黒い外套をはためかせ、セルベールが白騎士の前に立つ。

 得物は軍刀サーベルか。


「邪魔だ!」


 叩き付けた手斧を軍刀で受け止められる。

 力任せに弾くと刃を返して更に一撃。

 だがその攻撃も流れるような剣捌きで防がれる。


「やはり貴殿は面白い。しかしそろそろ倒れて欲しいものだね」


 この野郎……。

 ウィリアムの力を継承した俺の攻撃すら捌くとは。

 背後から鎧の足音。

 一度躱した騎士たちが追い付いてきたか。


 セルベールから距離を取り、全ての敵を視界に入れ直す。


「忠告しておくが、石化毒など無駄だよ。来るのが分かっているなら防ぐのは容易い」


 くっ、だからずっと温存していたんだ。

 結果論だが使うタイミングを間違えた。

 黄金騎士のような、初手から通用しない相手の前で使うべきではなかった。

 石化毒の存在がバレていなければ、こいつらを一網打尽に出来たかもしれないのに。


 鶴翼のように左右に広がる四騎士。

 中央のセルベールが一転して攻勢に出る。

 一瞬にして間合いを詰めてくると、躱し切れない速度の斬撃を放ってくる。

 魔力剣を使う隙が無い!

 使えばセルベールの剣を素通り出来るだろうが、こちらも相手の斬撃を防げない。

 視界を分散して戦えるような相手ではないので、ウィスプを喚ぶのも危険だ。

 一合、二合とかろうじて斧で弾く。

 一合ごとに後ろに跳んで四騎士との距離を離す。


 騎士たちはまだ動かない。

 あいつらにとっては俺とセルベールが潰し合うのが最善だからだ。

 なんとかそこに付け入りたい。

 いや……?

 なんだあれは?


 ホワイトライダーが矢を番えている。

 実体のある矢ではない。

 魔法の矢か!

 まずい……!


 その矢は放たれた瞬間に散弾のように弾けて散った。

 無数の弾幕が迫る。

 セルベールごと俺を射抜くつもりか……!

 身体を側面にして躱せる限り躱す。

 腕で頭部を隠す。

 何発もの光弾を受けて吹き飛ばされ道路の上を滑った。


 光弾は貫通していなかった。

 致命傷ではないと思う。

 見た目に反して、殺傷力というより重さのある攻撃だった。

 地面に仰向けに転がされた俺の前に、セルベールは平然と立っている。


「意外かね? 来るのが分かっていれば、防ぐのは容易いのだよ」


 なんだ、そういうことか。

 こいつらは、ちゃんと連携していた。俺の読みが甘かった。

 そして、激痛が走った。


「ぐおっ!?」


 軍刀が俺の腹に突き立っている。

 間違いなく貫通している。

 目にも留まらぬ早業だった。


「こういう止めの一撃は、もっと勿体つけてするものだとは思うのだがね。そうやって貴殿を舐めた者たちは、ことごとく返り討ちに遭っているのだろう?」


 邪悪な笑みをたたえてセルベールは言う。

 強いだけでなく抜け目もない。

 確かに甚振いたぶる目的で、予告してから刺してくるようなバカなら対処できた。

 こうなってしまってはもう難しい。


 軍刀を引き抜かれた。


「ぐうっ……!」


 セルベールはすたすたと四騎士たちのほうへ戻っていく。

 なんだ? そこまでして何故息の根を止めない。


「何をしているセルベール。何故戻ってくる」

「なに、こうすれば他に手勢が潜んでいても炙り出せるというもの」


 頼りない足音が近付いてくる。

 顔を横に向けて足音の主を見る。

 コボルドだ。

 俺を治療しようというのか。

 よせ……。

 帰れと言っただろう。


 視界の隅で、白騎士が矢を番えるのが見えた。

 射線の先にあるのは……俺ではなくコボルドだ。

 あいつはただの雑魚モンスター。

 自我が胡乱で、己の存在を疑問に持つこともない。

 それでも――

 俺の恩人だ。

 簡単に生き返るとしても、それは厳密には同じ命ではない。

 それを見捨てれば、俺は俺ではなくなってしまう。

 俺に《継承》された命は、この場面で保身に走るためにあるんじゃない。


 いつしか内臓をえぐられた痛みは麻痺していた。

 立ち上がった。

 バジリスクの力を操ることも出来ない、ウィスプを喚ぶ力も残っていない。

 斧を掴む手の感覚すら覚束ない。

 地面を蹴って、コボルドと矢の射線の間に入る。

 常人と大差無い俺の身体で、どこまであの矢を防げるのか。

 コボルドの頭の高さを狙ったであろう矢を肘の骨で受けるべく。

 衝撃に備えて。


 超高速で飛来した矢は――


 俺の眼前で砕け散った。




 何も無い空間。

 いや……何かがある。

 半透明多角形の薄い膜。

 それにドゥームフィーンド特有の魔法エフェクト。


 これは……対物理障壁魔法!?


 前方だけではない。いつの間に……!

 俺とコボルドを囲むように、無数の対物対魔の障壁が展開されている。


「おやあ……? ようやくお出ましかね。待ちくたびれたよ」


 軽薄なセルベールの声。


「貴公……今頃何をしに現れた」


 威圧的なホワイトライダーの声。




 奴らの視線の先。

 俺が歩いてきた方角。

 いつの間にかそれは居た。

 

 暗き闇夜になお穴でも空いたかのような黒いローブの人影。

 顔と手の肌の白さ、そしてその手に持つ杖の煌めきだけが目立つ。


 あれは……アパートの前で見た……。

 そうか、あいつだったのか。


 以前に一度、姿を見ていたというのに気付けなかった。

 ということは……あれがドゥームダンジョン十強、最後のひとり。


 その女は、道路をゆっくりと歩いてこちらに近付いてきた。

 片手でローブのフードを脱いで、素顔をあらわにする。

 闇夜のローブに青い髪が鮮やかに波打ち、三日月の杖はより一層輝いて昏き世界を照らす。


 感情の読めぬ半眼は、吸い込まれるような深い闇と――

 僅かな光をその中に湛え揺らめいて。


 かつてその姿を見たのは夢幻階層に入る直前の玉座の間。

 ラスボス、《亡国の王女》セレーネ。


 その『』にして、公国ルートの裏ボスたる至高の召喚士。




 ――ドゥームダンジョン最後の登場人物、《滅亡の支配者》セレーネ。




 それが、とうとうその姿を現したのだ。

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