第37話 シーフ

 一晩明けて、再び北の地下迷宮に挑む。


 最初の部屋には相変わらずコボルドが居た。律儀に補充したんか……。

 俺の実際の攻撃力はゲーム中のローグよりもかなり高い。

 さっくりと駆除した。


 昨日はいきなりハイドラが現れたので部屋の中を吟味しなかったが、部屋の奥には入り口と同じような横穴が開いており、更に何処かへと通じている。

 そこに進んでもいいし、元の通路を奥に行ってみてもいい。


 さて、方角的にはどちらに進むべきか。

 西の隣街。巣の主が居るならあちらが本命だとなんとなく思う。最初の出入り口があった場所だしな。俺は出入り口を直接見てはいないが。


 ただ、俺はヒュドラや中ボスに直接遭遇したら多分そこで終わる。

 最終目標がヒュドラといっても、今はモニクが地下迷宮に入るための手段を探すほうが優先順位が高い。あと俺自身も、段階的に弱い相手から《継承》を進めるべきだろう。


 なら逆方向だな。

 東の方へ進むように探索してみるか。最初の太い通路は真っ直ぐ西へ向かっているから無しで。

 部屋の奥の通路に進んでみよう。


 部屋の奥はまた部屋だった。

 そこに居た敵はアメーバのような不定形生命体……『スライム』である。


 ゲームだと雑魚だけど、本来はもっと強いモンスターだったなんて話を読んだことがある。でもこいつはゲームに出てくるスライムを模倣したヒュドラ生物なんで弱い。

 あっさりと駆除。


 もしドゥームダンジョンをプレイしていなかったら、深読みし過ぎてなかなか戦闘が始まらなかったと思う。俺はそういう性格だ。

 ドロドロのアメーバ状生物が、バールで殴って倒せるとか思わないじゃん……?

 地面を這ってたので、手斧は使わずに収納からバールを出して倒した。


 その部屋から更に別の横穴を進む。

 最初の通路よりは少し狭い、別の通路へと出た。


 他の室内に、少し大きめの生物反応がある。多分アレだな。

 室内に踏み込むと豚の頭部に太った身体、粗末な衣類を身に纏い槍を装備した生物。すなわち『オーク』が居た。

 登場する物語によって、強さにだいぶブレがある種族という印象だな。でもドゥームダンジョンでは雑魚だ。


 オークの身長は人間程度。力は人間より強い。先月までの俺では勝てなかっただろう。だが、数々のヒュドラ生物の命を継承した今の俺の敵ではなかった。

 それに、パワータイプや長い武器を使う相手は、俺にしてみれば比較的与し易い。


 その後も通路や部屋を進み、コボルド、スライム、オークを駆除して回った。

 そして問題の敵に遭遇する。


 その部屋に居たのは一体の人型ヒュドラ生物だった。

 冒険者のような服装に身を包み、小剣と盾を装備している。

 ドゥームダンジョンにおける名前は『シーフ』。プレイヤーキャラであるローグと同等の能力を有し、序盤の強敵ともいえる存在である。


 ただ、鑑定により読み取れる脅威度はさほど高くない。元々俺はドゥームダンジョンのローグよりも強いのだ。問題なく倒せる相手ではある。

 あとは俺の覚悟次第か……。


 部屋に踏み込んで声を上げる。


「おい、俺の言葉は分かるか?」


 部屋に入った瞬間にこちらに気付いたシーフは、声をかけられて少し動きを止めたが、すぐに右手でショートソードを引き抜いた。左手には小型の円盾、バックラーを構えている。


 やはり言葉は通じないのか……。

 ハイドラは、俺以外の人型ヒュドラ生物が言葉を喋れないと言っていた。俺は人間であるからして、ハイドラ以外の人型は言葉を喋れないということになる。

 例外はいるかもしれないが、こんな出入り口付近であっさり見つけられるヤツがそうだとはとても思えない。


 明確な敵意。倒すしかない。


 シーフは間合いを詰めてくると左手のバックラーで殴りかかってきた。無意味は承知で右手の手斧で迎え撃つ。

 甲高い金属音と共に火花が散った。

 右手のショートソードが迫る。俺にはロクな防御手段が無い。バックステップで間合いの外に逃げた。


 今まで獣もどきの相手に力任せの戦いをしてきたツケか。

 身体能力では勝っているのに、どうやって倒せばいいのかイメージが湧かない。

 水魔法を使えば簡単だが、自分と同じような短い得物の相手に慣れておくいい機会かもしれない。

 そして、人型に止めを刺すことにも慣れなければならない。

 俺はこのシーフを手斧で倒すことにこだわった。


 時間にして数分。随分長くかかったように感じたが、ついにシーフを倒した。

 相手の右腕を斬り裂き、こちらの攻撃を防ぎ切れなくなったところで首を三分の一ほど刈ったのだ。


 俺もショートソードの攻撃を何回か腕に受けてしまった。

 シーフだった光の粒子が俺に吸い込まれるなか、袖をまくって傷口を確認する。

 血は既に止まっていた。これも継承の力だろうか。


 これではどちらが怪物か分からないな……。

 でも感傷に浸るほどのことではない。そんな段階はもう過ぎてる。

 むしろ傷の治りの早さに感謝していた。包帯くらいは収納の中に用意しているが、怪我をしたときの回復手段は持ち合わせていない。


 頃合いか。

 この先の様子だけ確認して、もう戦わずに帰還しよう。


 すこし通路を奥に進んだ先の部屋で、未知の敵を発見した。

 またも人型。ただし外見は腐乱死体。どう見てもゾンビである。


 見た目は酷いが、なんだか非現実的な腐りっぷりでそんなに怖くない。

 手斧の攻撃が効くのかどうかという意味では強敵かもしれないが、動きは遅い。

 映画やゲームのゾンビとかも半ば記号化してるので、見た瞬間怖いというものでもないからな。


 思えば大災害直後は、いつこの街にゾンビが出てくるのかと妄想を繰り返していたものだが、とうとう現物が出てきた。

 ただ先月考えてたのとはちょっと違う。

 特殊ウイルスで大発生とかそういった経緯を経たものではなく、恐らくは単なるゲームの敵キャラと思われる。


 しかし俺は、ドゥームダンジョン内でこの敵に会ったことがない。

 ゲームとは関係ない敵の可能性もあるが、多分攻略がまだそこまで進んでいないだけだ。


 そこまで考察すると、ゾンビに見つかる前にそっと引き返した。




 地上に戻ってきた。

 今日は食堂のメシよりもどっかで飲んでいきたい気分だな……。


 駅前で店を探す。そして目に入る和風の暖簾のれん

 飲みといえば焼き鳥だな!


 テンションが復活してきた。

 シーフには若干手こずったけど、実際のところは体力魔力共にほとんど消耗していない。

 魔力化で店周辺を一気に掃除する。


 更に店の外から豪快に記憶を鑑定した。

 その気になれば大災害の数日前まで店の記憶を遡れそうだったが、あんま意味ないので一日分で止めておく。


 入り口をガラガラと開けて暖簾をくぐる。

 調理場から皿とジョッキを持ってきてカウンターに座った。


 生! あとネギマ! タレで!


 本来なら焼き上がるまでしばらく待つはずのそれが、即座に召喚される。

 俺はどちらかといえばタレ派である。ジャンクフード召喚は伊達ではない。

 生ビールをゴクゴクとあおった。

 ひと仕事した後の一杯は最高だな!

 甘い香りのタレと鶏の脂が混ざって滴り落ちるネギマを持ち上げる。

 口に鶏肉とネギをひとつずつ含めて串を引く。

 熱くて柔らかな鶏肉とシャキシャキとしたネギ、甘じょっぱさと旨み、辛味が口の中に広がる。

 続けて飲むビールが更に美味い。


 最初のネギマ二本とビールを空にしたところで、収納からスマホを出した。

 メッセが届いていることに気付く。


『スネークさん、ダンジョンはどうでしたか? 無事に帰ってこれましたか?』


 あっ……。

 エーコからだ。一昨日に、また報告すると言ったのだった。

 ダンジョンから帰ったらすぐに連絡するとは言っていないが、初ダンジョン後に何も連絡がなければそりゃ不穏に思うだろう。


 しかもいつもの後輩口調ではない。

 これは……本気で心配されている。


 高まっていたテンションが霧散した。

 ヤバい。すぐに謝らなければ。


『すみませんエーコさん。昨日は遅くなってしまい連絡が出来ませんでした。ダンジョン探索は無事でした。アドバイス通り、無理せず帰還するようにしています』


 昨日は遅くなってしまい、の原因がゲームとは言いづらい……。

 封鎖地域住みでダンジョンからはすぐ帰るヤツが、なにで遅くなるんだよって話だが。

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