第27話 限定召喚

 当然だが、魔力体力が及ばないことは実行不可能だ。

 俺の《魔力化》は魔力回復を兼ねているからかなりの規模で使うことが出来たが、多分他の魔法はこうはいかないだろう。望んで疑わなければなんでも出来るというわけではない。


 モニクは最初にそれを説明しなかった。「自分の力を超えることは実現不可」と言われてしまえば、なんでも『疑って』しまい、魔法の発動条件を満たせなくなるかもしれないからか。

 コツを掴んだ今なら問題あるまい。


 よし、地球の近所からアステロイドを召喚してヒュドラの巣の上に落とそう。


 ……とかはそもそも魔力体力が全くこれっぽっちも足りなくて実行不可能だろう、ということは理解した。

 超越者でも無理なのでは?

 出来てもやんねーけど。

 ヒュドラと同時に人類にも止めを刺しかねない。


 地下迷宮に関しては今考えてもしゃーないけど、ヒュドラ本体ってこの封鎖地域の巣に居るのだろうか。ヒュドラを止めたいというモニクがここに居るということは、そういうことなのかなとは思っている。

 でもまずは蛇だ。


 更にその前に、食料をなんとかしないと。

 俺、いっつも食料に振り回されてるな……。




 売り場内に戻ると、商品棚で空になった米の袋を見つける。

 少し苦戦したが、袋の内部に米を召喚することに成功した。

 既に情報が魔力に記憶され、俺自身が納得する状況を作り出せば、《魔力化》した食料を元に戻せることが証明された。


 次に精肉コーナーへ向かう。

 肉を食べたいという俺の意思が魔法に力を与える、ような気がする……。

 驚くべきことに、腐敗臭が一切しない。匂いの粒子も食品の一部と認識したのか、一気に消失させてしまったようだ。


 この能力、清掃にも使えそうだな……。

 純然たるゴミを魔力化して蓄積するのはイヤなので、多分消すだけになりそうだが。消したものは何処へ行く?

 無から有を作り出すのもその逆も無理だ。

 本当は可能かもしれないが、魔力体力という俺自身のスペックが足りない。


 ゴミは捨てる場所を考えないといけない。

 この街の南は埋立地だ。でも埋立地を作る知識という『情報』が俺には欠けているのでイメージできない。ただ海の底にゴミを捨てるだけになりそう。どっかないか……。


 あった。

 地下迷宮だ。ヒュドラの巣とかいう迷惑なアレ。よし、奴らの巣は埋め立ててしまおう。後で地盤沈下とか液状化現象とか問題になりそうな気がしないでもないが、封鎖地域よりなんぼかマシだろ。


 まあそれは将来の課題だな。今は肉だ。

 場所を間違えたことに気付いた。精肉コーナーに並んでいた肉は俺が以前冷凍庫に放り込んだのだった。だから目当てのブツは冷食コーナーだな。


 俺が探しているのは発泡トレーだ。スーパーで肉とか魚を入れて、ラップでくるんだアレな。

 冷凍庫に詰め込まれていたが、さっきの《魔力化》のせいで中身は全て空。

 シュールな光景だった。


 なるべく簡単そうなやつ……。

 ラップのステッカーに刻まれた豚コマ百グラムの表記。これだ。

 霜降り肉様とかは恐れ多くて召喚できそうにない。手頃なやつで練習。


 米よりだいぶ苦戦している。

 何故かといえば、ここの肉はもう駄目になっていたからな。

 しかし不可能ではないはずだ。


 ヒュドラは死者をもとに生者を召喚している。厳密には生き返らせているわけではない。そんなことはヒュドラにも出来ないのだろう。

 別に望んでないから。

 あるいは、時間を巻き戻すには超越者のスペックをもってしても足りないから。

 多分両方。

 しかし、同じ構造の新たな生物を召喚することは出来ている。


 ヒュドラより低スペックな俺は、奴の模倣をしても小規模な魔法しか発現できない。

 でもそれで十分なはずだ。


 数分後。ラップの中には新鮮そうな豚コマが出現していた。

 やれば出来るじゃん俺。

 ラップを剥がしてみたが腐敗臭はしない。《継承》で強化された俺の身体は、嗅覚などの五感も以前より鋭くなっているようだ。


 ひとしきり眺めて満足すると、俺は豚コマを再び消し去った。


 だってさっきまで腐敗肉が乗ってたトレーの上の肉とか食えないじゃん……。腹を壊すと決まったわけではないが気分的にアレ。


 モニクは缶ビールとかつまみとか、入れ物ごと出していた。

 しかし、あれが俺の魔法と同じ過程で行われているのかどうか分からない。どちらかというと有り物をただ持ってきた、というだけのシンプルな魔法に思える。

 荷物を持ち歩いたり、ゴミを消し去ってどこかへ持っていくのなら、そういった魔法が必要だな。


 俺の魔力がある場所――近いけどここではない何処か。

 その世界にこの発泡トレーを押し込めるイメージ。

 するりと入った。

 俺の手から発泡トレーが消える。代償として魔力が消費された。


 ふむ……。

 この魔法では俺の魔力を回復させることは出来ない。

 自然回復以外だと、俺は食べ物でしか魔力回復できない。自分でそう認識してしまっている。


 可能ならば街中に散らばってる衣類や遺品、道路を塞いでいる自動車とか隣街の瓦礫だとかを撤去したかった。

 でも俺のスペックだと難しいな。多分普通に清掃するのと同じくらい消耗する。それだと時間がかかり過ぎる。

 使い道はあるが、使いどころは選ばなければならない。


 発泡トレーを再び取り出すことを試みる。あっさり成功。別にいらないので冷凍庫の中に戻す。

 次に空気を仕舞ってみた。イメージとしてはこぶし大くらいの量。

 やっぱりいらないので元に戻す。


 発泡トレーを仕舞う際、食べ物同様に情報を記憶できた。

 ということは、容器も再生産可能なのでは?

 無理だった。食べ物じゃないと無理な気がする……。


 俺は先程出し入れした空気の情報も読み取っている。

 この街の空気というのは、当然ヒュドラ毒のことだ。

 刃物や銃も裸足で逃げ出すような、とんでもない武器を持ち運べるようになってしまった。


 でもこれ、ヒュドラ生物には効かないから俺には無用の長物だ。

 なんか惜しいな。


 …………。


 ……そうだ水。


 水ならどうだ。空気ではなく水。大量の水を持ち歩けば、ヒュドラ生物に対してなんらかの戦闘手段にはならないだろうか。

 でも大量の水を仕舞うには魔力が足りない……いや待て、水ならさっき食品と一緒に《魔力化》しなかったか?

 してるよな? 何故なら俺にとって水は食料のカテゴリーに入るからだ。


 食品売り場には飲料水も大量に売っていた。

 それらは既に俺の魔力に情報として記憶されている。

 あとはどう活用するかだな。




 空になった食品の袋や容器をいくらか集めると、それを持って食堂へと帰った。

 モニクは居ない。街の様子を見たいので、ここには居たり居なかったりするそうだ。

 ヒュドラを止めるとはいっても同じ超越者同士。一方的にあっさりと実行できるわけではないのだろう。


 調理場に入ると空になった米の袋や飲料水のペットボトル、調味料の瓶などを並べて中身を召喚した。必要最低限な分を現物に戻すことが出来てようやくひと安心。


 さて、現段階だと俺は米も炊けない。本屋を漁れば米の炊き方が書かれた本くらいは見つかるだろうが、もう少し試してみたいことがある。

 俺が最初に召喚成功したのはポテトチップスだが、あれは言わば調理済の料理だ。ポテチ袋の中という、『俺自身が納得する条件』を整えれば召喚できる。


 米も、ひょっとしたらいけるのではないだろうか……。


 炊けた米のイメージ……業務用炊飯器が目に入る。フタを開けてみるが、多分これでは駄目だ。こんなデカい炊飯器は使ったことがないし、大量の米を炊くことを望んでいない。これでは魔法の発動要件を満たせない。


 次にフライパンを見る。モニクが米炊くときに使ってた奴だ。これなら量は少し多い程度。いけるか。

 ――モニクが炊いた米なら毎日でも食べたいかもな。

 雑念のせいで失敗。次。


 調理器具の候補がない。家電ショップで普通の大きさの炊飯器を探してくるか……。

 ふと、水切りラックに積まれた食器類が目に入る。

 別に調理器具である必要はないのでは。ポテチだってフライヤーで召喚するわけではない。

 俺は茶碗を調理台の上に置いてじっと見つめる。見つめること数分間。


 何も起きなかった。俺は無駄な努力をしているのかもしれない。

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