第14話 駅の北側

 駅構内から北側商店街を覗き見る。


 何も居な……いや、あれはなんだ?


 カラス……カラスだな。

 商店街はあちこちから生ゴミの臭いがするし、カラスが居るのはむしろ自然だ。


 分からん……。


 まずこのカラスは本物か。それとも巨大化してないだけの謎生物なのか。

 なんで出てきた。謎生物だとしたら橋からこちら側には出ないのではなかったのか。

 今、おもむろに近付いてこのバールを振り下ろしたらどうなるだろうか。

 死体は消えるのか。それとも。


 普通の生物という可能性がある以上、無意味に動物虐待するつもりはない。

 謎生物だった場合。放置したら巨大化したりしないだろうな?

 あっ、数が増えた。全部で何匹いるんだ?

 倒してしまったら、他のカラスが集まってきて襲われたりする可能性は?


 よし、こちらから手を出すのは無しだ。正当防衛のみな。そーっと歩いて、素通りしてみよう。


 俺はゆっくりと歩いた。カラスが居るところとは反対側の歩道だ。奴ら、こっちをじっと見てるな。普通のカラスでも人間は警戒するだろうし、怪しいところはない。いや、この封鎖地域内に居るだけですっげー怪しいけども!


 手に汗をかいているのが分かる。グローブを付けていてよかった。バールはしっかり握り込まれている。カラスは頭いいから人間が武器持ってると近寄らないなんて話もあったな。銃だと近寄らないけど棒切れとかだと……今俺が持ってるのは棒切れだな?


 俺はまたも拳銃のことを忘れていたのを思い出した。しかしなあ。今取ってきたところで急には使える気がしないし、割と長いこと放置してあるから撃ったら暴発とかせん? 知らんけど。


 げっ!? 一匹こっちに飛んできやがった!

 車道の向こうからだから距離は6、7メートルか?

 どうする? 俺!


 考えつつも俺は反射的にバールを振りかぶっていた。

 野郎、やる気だな。猫に殺されそうになった記憶がフラッシュバックし、闘志に火が点くのを感じる。一方で足が震えてるのも自覚している。カラス一匹にビビるのも我ながら情けないが、向かってこられると結構怖い。

 だがそれでも、俺の頭は一部冷静だった。そして冷静な頭でこう考えた。


 バール当てるの、結構難しいのでは……?


 カラスはそこまでデカい標的ではない。バールも細い。ボールにバットを当てるよりは簡単かもしれないが、野球で遊んだ記憶がほとんどない俺にはボールにバットを当てるのがまず難しい。せめて、せめてバールよりも太い金属バットを装備していれば!


 俺はスポーツの道具を武器として扱うのがダサいと思っていた。任侠ものでもヤンキーものでもなんでもいいけど、金属バットはないだろうって。

 工具ならいいのか?と問われると目を逸らしてしまうが、工具はなんとなくアリ。パワードスーツとか、普段は工事用だけどモンスターや異星人と戦ったりするじゃん?

 いやそんなこたいいんだよ。バットは優れた武器でしたすいません。当てやすそう。


 カラスはもはや目前だ。俺は「南無三」とばかりにバールを振り下ろす。南無三の正式な意味は知らない。フィクションの影響だ。心の声とはいえ、実際に言うときがくるとは思わなかった。


 偶然にもバールはカラスに直撃した。ラッキーパンチだ。手応えが妙に軽い。俺は緊張のあまり、バールに全く力を込めることができなかった。丸めた新聞紙で蚊をはたくような軽い攻撃だ。

 それでも金属の棒で殴られるのはたまったものではないらしく、カラスは自身の体重と飛んできた勢いの分だけダメージを受け、更に地面に叩きつけられる。


 うっわ痛そう。俺を本気にさせたお前が悪いんだぜ……。


 時が止まったような感覚。俺も地面のカラスも、道路の向こうのあと三匹も全く動かない。それはきっと、凄く短い時間だったのだろうけど。


 地面のカラスが、頭を持ち上げた。


 そして起き上がろうと翼をはためかせる。


 …………。


 カラスの耐久力とか俺には分からない。今までの人生で、カラスをバールではたき落としたことなんてなかったからな。だが、こいつが封鎖地域特有の危険生物かなにかだとしたら、次は本気の一撃を振り下ろさなければならない。

 さっきも本気とかいってた気がするがあれはウソだ。


 地面のカラスを睨みながら神経を集中させる。また飛んでこられたら厄介だ。

 踏み込むか?

 バールの間合いまで踏み込んで、体重を乗せた一撃を叩き込むべきだろうか。


 悩んでる間にも、翼をバタつかせながらカラスは反転した。そして元いた場所へ向けて飛び立った。

 同時に他のカラスたちもいっせいに飛び立つ。俺は心臓が跳ねるほどビビった。だがカラスたちは、四匹とも北の方角へ逃げるように飛び去っていった。


「ふう……」


 疲れた……。

 実物大のカラス一匹にこのザマだ。実物大のカラスってなんだよって思うけど、俺の中では巨大化した猫の印象が強すぎてな。今のカラスがあれと同類なのかどうかは分からんけども。


 奴ら、北のほうへ飛んでいったな。やはりそっちに何かあるのか。調べるべきだろうか。逃げたほうがいいような気がする。

 その場合、何処まで逃げる?

 自宅はもうあきらめないと駄目なのだろうか?

 逃げても追いかけてくる可能性は?

 東の境界線や、南の海まで追い込まれたら?


 駄目だ。何も知らずに逃げるのは駄目だ。これから先ずっと怯えて暮らすことになる。なら今の怖さに抗うべきだ。せめて北がどうなっているのかこの目で……。


 待てよ?

 直接北のほうへ深入りする必要はなくないか? 階段を使ったら逃げられないと思って高所に登るのは避けていたけど、鳥くらいならギリギリ対処できる。それに巨大化生物がいたとしても狭いところには入れない。駅は広いから危険だが、そこらの雑居ビルなら入り口は狭い。


 よし、この辺で一番高い建物はどれだ。

 十階建てくらいの雑居ビルがまず目に入る。その奥の方には、更に高いマンションも。だがあれは分譲マンションだろうな。構造にもよるけど、侵入には手間取るかもしれない。


 だったら近場のビルで済ませるか。この街に南北に走る電車の路線はないが、距離でいえばここから北の川まで駅ひとつ分くらい。十階建てのビルから見えるものはたかが知れているかもしれない。何も見えないようなら仕方ない。少しずつ北に移動してみよう。


 道路を渡って雑居ビルに向かった。吹き抜け状の入り口に入るとまずエレベーターの確認。やはり動かない。次は奥の階段へ向かって上階を目指す。上の方まで安っぽい酒場が詰まってるビルだ。誰でも入れるよう、セキュリティなんて上等なものはない。


 何階まで登っただろうか。突然妙な音が聞こえた。


 遠くから聞こえる。工事現場のような――これは、破砕音か!?

 あり得ない音だ。隣街には地震で壊れた建物がたくさんあるが、今は揺れを感じない。何がどうやって壊れる音なんだ?


 方角はどっちだ。全然分からない。人間の耳が音の方向を察知する能力はあまり当てにならない。アパートの騒音トラブルとかで、クレームで指摘された部屋と全く違う場所が音源だった、なんてのはよくあることらしい。だから屋内で、外からの音がどの方角から聞こえてくるかを判別するのは難しい気がする。

 なんなら今登ってる階段のどっちが北なのかもちょっと分からなくなってきた。


 どうする?

 いったん外に戻って音が聞こえる方角を確認するか?


 ……いや、もう半分以上登ったはずだ。音の原因も含めて、最上階ないし屋上から確認したほうが早い。


 俺は足早に階段を登る。

 屋上は先日登ったマンション同様、鍵はかかっていなかった。


 どうなのこれ?

 以前のマンションは屋上で洗濯物干すようなおおらかな場所だったし、手すりもしっかりしててお子様が間違えて落ちるような環境ではなかった。

 でも飲み屋入り雑居ビルの屋上ドアがあいていたというのはどうなんだ。屋上の縁に靴が揃えて置いてあった、とかにならなきゃいいんだが。余計なお世話か。特にこの街では今更な話だ。

 例の世界大災害の日に、たまたま開けて使ってたのかもしれないしな。


 少し思考が脱線したな。いつものような気もするが。


 俺は屋上に足を踏み入れ、手すり越しに周囲の景色をぐるりと見ようと……。


 見ようとして固まった。

 先客がいる。

 先客はカラスでも猫でもない。

 屋上の手すりに寄りかかってこちらを見ている。

 先客は、金髪の女性だった。


 つまり、先客は人間だった。

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