第11話 ショッピングモール

 五月十一日。晴れ。


 やっと晴れた。ようやくショッピングモールに行けるな。


 ショッピングモールもゾンビものの定番だよね。

 サバイバルに使えそうな小道具が多いし、立て籠もれる。立て籠もれるか?

 入り口なんて、従業員用も含めればどんだけあるか分からないぞ。バリケードとか無理。まあ映画だと敵に侵入してもらわないことにはドラマにならないけども。

 閉鎖空間だと話が作りやすいんだっけか。ミステリの舞台が絶海の孤島だったり、嵐の中の洋館だったりするアレだな。


 俺が住んでるこの街もある意味そうか。面積は広いけど人類は今のところ俺しか居ない。

 モニクさん?

 あの人は人類のカテゴリに入るの? 女神でしょ。




 そんなわけで自転車を漕ぐこと数分。ショッピングモールにやってきた。


 まずはアウトドアショップだな。あんまり縁のない店だ……必要そうなものをどう探せばいいのかよく分からない。

 キャンプ用?のナイフが置いてあった。ショーケースの中だ。先にホームセンターでバールを入手すべきだったか。でもいくら無人の街とはいえ、無意味な破壊はあんましたくないんだよな……んなこと言ってる場合じゃないのは分かっちゃいるのだけども。


 道徳的な理由ではない。なんか怪我しそうだからだ。俺ならあり得る。俺の「なんか開かないから力を入れてみたら怪我した」率の高さを甘くみてもらっては困る。

 ナイフは後で考えるとして他のものを揃えるか。


 服はポケットの多いなるべく丈夫そうなもの。外は少し暑いが長袖で。猫に引っかかれたりしたときに少しでもダメージを減らせるようにだ。

 防水とか乾きやすいとか、外で活動するための機能が多いんだな。そりゃそうか。 

 ついでにベルトも頑丈そうに見えるものを選ぶ。靴もやはり丈夫そうな印象のものを選んだ。


 グローブもいるな。耐熱グローブ? 鍋でも持つのか? いや、焚き火とかするからか……。そういう発想がなかった。大自然でサバイバルするわけじゃないからなあ。ああ、鍋も持つの? 外で料理とかするもんな。納得。


 この店には居なくなった人たちの服は落ちてないんだな。洋服屋とかはタイミングによっては客が一人もいない時間帯とかもあるから、そんなに不思議なことではないか。いや、一着発見。これ、店員の服か?


 エプロンを付けている。エプロン付けたまま出歩く人はあんまりいないだろう。店員さんだなこれ。腰のベルトには鍵束とキーバックが括り付けられている。俺はそれを外すと、ナイフが展示されているショーケースへと戻った。


 今の生活になってからも、サバイバルナイフとか必要? と問われると、「いや別に……」と答えるしかないので、完全に護身用だな。例の猫を思い出す。これを抜くような状況のときは、俺の命は既に風前の灯と言わざるを得ない。刺しても倒せる気がしない。ただ、怪我をしたら驚いて逃げてくれる可能性はある。


 ショーケースは店員さんが持っていたカギであっさりと開く。ナイフなら鞘から抜かない限り、持ち歩くだけで自分が怪我する心配はないだろう。銃だとその辺がどうも不安だ。


 さて、種類はどれにしよう。なるべく攻撃力が高そうなのだな。じゃあなるべく大きいやつか。なんかどれもイメージほど大きくはない。店頭で売ってるやつだとこんなものか。物色していると、ナイフ以外の刃物も置いてあることに気が付いた。ナイフよりも柄の部分が長く、刃は短いが大きい。


 キャンピングアックス……?


 なんだこれ。なんに使うん? これはキャンプするほうじゃなくて、それを襲うホッケーマスクの怪人とかが使うもんじゃないの?


 ちょっと興味が湧いた俺は、その辺の付属説明書っぽいものを読んでみる。なになに……薪割り斧? あー、なるほど完全に理解したわ、薪割りね。そりゃ俺には縁がないわな。

 他には……防災……防火斧? 防火? これで火が消えるの? そんなわけないよな。ああ、扉を壊すのにつかうのか。


 それ見て思い出したけどあの大災害の日、俺のアパートの扉は非常に重かった。俺も別に腕力があるほうではないが、俺より非力な人だと部屋から出られないという可能性もあったはずだ。火災でもドアが開かなくなるかどうかは、実体験がないのでなんともいえないが、そういうこともあるのだろう。建物がゆがんだりとかで。


 ふむ……。

 別にナイフに比べて特別大きいわけではない。でもナイフで薪割ったりドア壊したりできるかと聞かれると、なんか難しそうな気がする。


 俺はその薪割りだか防災だかの斧を手に持って、軽く振ってみた。妙に扱いづらい。棒切れを振り回すのとは明らかに感触が違う。ああ、工具のハンマーに近いな。あれも気軽に振り回すのは危ない。ハンマーは対象に当てるのが前提の道具であって、素振りとかするものではない。

 いや、たいていの道具は素振りするもんじゃないけど……バットとか木刀とか?


 斧は重心が先端にあるから、非力でも威力が出やすい代わりに取り回しは悪い。少し悩んだが、どちらかといえば今俺に必要なのはナイフよりも斧であるような気がしてきた。ほら、またドアが開かなくなるかもしれんし。

 なんか昨日ネットで話した人も手斧とか勧めてたしな。やっぱエスパーだったのか?


 持ち運ぶためのアックスホルダーも入手すると、腰に付け……左右どっちに付けるのが正しいんだ?

 これ、咄嗟に外して使うのは難しそうだ。そういう用途の道具ではない。

 ま、仕方ないか。別にナイフを持ったところで素人の俺は咄嗟に抜くことはできない。仮に日本刀だったとしても同じ。居合とかできないから使うとしてもゆっくり鞘から抜いた後になるだろう。


 そんなわけで、ホルダーには常に持ち歩くためという理由以外の意味はない。とりあえず右腰に下げることにする。剣とか刀だと左なんだろうけど、サンプルの写真が右だったのでそれに倣うことにした。




 次はどこに行くのだったか。まあ適当に行こう。別にそこまで衣類に興味があるわけではないが、全て新調すると少しテンションが上がる。大きめのリュックも選び、着てきた服や靴はそこに入れてある。古い服はそこまで必要ではないかもしれないが、無人とはいえ外に置いていくのに少し抵抗があった。


 レストラン通りに来てみる。この辺の食材はチェックしていない。まだ食べられるものを適当に探し、店内で食べるのもいいかもしれないと考えたものの、微妙に腐敗臭がする店が多く断念した。店舗独自のテイクアウト用品、調味料やレトルト食品なんかを適当にリュックに放り込む。


 本屋。本屋はいいな。でも優先順位が低い。ここはもっと休日とかのヒマなときにゆっくり寄りたい。家電ショップ。今は間に合ってる。なにか壊れたらお世話になろう。ただ、持って帰るのが大変そうなものばかりだ。生活家電が壊れたら引っ越しも視野に入れなければならないかもしれない。


 外に出て敷地内の歩道を歩く。奥に映画館の入った建物が見えた。映画か。ちょっと観てみたい気もするが、設備の動かし方が分からない。映画館でバイトでもしていれば分かったかもしれないのにな。惜しい。今度冷やかしにでも覗いてみるか。隣接するホームセンターが見えてきたので、今度はそこに向かった。


 ホームセンターに入ると、慣れない工具や建材のコーナーをぐるぐる回る。意外と興味を引くものが多い。借りている部屋だからいじったりはしていないが、DIYが趣味として成立するのも頷ける。と、目的はそっちじゃないな。これか。

 俺はようやく、目当ての工具であるバールを見つけた。


 見つけたのはいいが、必要かこれ?

 今まで何度か、バールがあったらいいなと思ったことはあったが結論からすれば不要だった。護身用としてなら腰に下げた手斧よりも頼もしいが、普段持ち運ぶのがなあ……。

 リュックを下ろすと背面のポケットにバールを差してみる。不安定だな。更に背面のベルトで固定。やっぱり不安定だがこれで落とすことはなさそうだ。背中に刀を差したみたいになった。これで妥協するか。

 このショッピングモールにはこれからもお世話になるだろう。今日はこの辺にして帰宅するとしよう。


 アパートに帰って部屋に入ろうとすると、背中に差したバールがドア枠の上に引っかかり壁が悲鳴を上げた。

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