第9話 ドラッグストア
五月九日。
休日は昨日で終わり。
食料確保は終わったからこれからヒマになるとかそんなことはなかった。昨日はある意味、食事よりも命に直結するような出来事があったのだから。むしろ俺が食料になるところだったわ。
世はまさに大怪獣時代。
後回しにしていた護身用の武器についても真剣に考えなければならない。
ショッピングモールで色々探してみよう。
なんだけど今、雨降ってんだよな。歩いていく時間のロスを考えると、今日は近場で済ませるべきか。
いや、近場にあるじゃないか。武器。
俺は交番の拳銃のことを思い出した。
あのときは巨大化生物なんてもんが存在するとは知らなかった。ただ、人間を消して回ってる未知のヤバい敵がいるかも、とは思ってたんだよな。その上で俺は銃を取らなかった。
理由としては俺には扱えないからだ。安全装置とやらを外して引き金を引けば弾は出るのかもしれない。でも当てるのは難しそうだ。俺みたいな素人が人間相手に銃を使うならば、威嚇用としてなら効果があると思う。
巨大化生物というか、そもそも動物にはその威嚇効果が期待できない。もちろん発砲音やかすり傷で逃げてく動物はいくらでもいるだろうけど、俺が言いたいのは弾を撃たなくても、銃を見せただけで発生する抑止力のことだ。弾、全然手に入らない可能性もあるもんな……。
命中率はどうか。巨大化した猫は的としてはデカかった。あれなら俺でも当てられるかもしれない。動かなければだけど。虎とか熊とかどんくらいの速さで動くのか知らないけど、あれはなあ……ちょっと速すぎるだろ。
そして、当たったとしても効くのか?という問題もある。銃とか弾丸にも色々あって、全部が全部熊と戦えるような威力があるわけではない。
警官の銃の威力がどんなものなのかよく分からんし、分かったとしても巨大化生物という未知の相手には参考にもならない。ぶっつけ本番で調べるしかない。博打か。
威力っていうか、当てる場所のほうが大事らしいんだけど。それだと余計ダメじゃんってなる。
だから銃には頼れない。でもひょっとしたら効くかもしれないから持っておく分には損はないかもなのだが。色々言い訳を並べ立てたが、単に銃持つのが怖い。あれ腰に下げてて、いきなり暴発したりとかせんの?
しかしなあ……。
銃が効かないような相手に、じゃあなんだったら効果があるんだ?
詰んでる。
白髪褐色の女神、モニクさんにはまた会えることがあるのだろうか。隣街に居るのかもしれないが、橋は渡るなと言われてしまった。
恩人の忠告を無下にするつもりはない。
あの猫のような化け物がもし他にも出るなら、せっかく助けてもらった命を失いかねない。
でも対岸から街を観察するくらいはいいよな。どんな生物がいるのか調べておかないと危険だ。橋を渡ってこちらにやってくる可能性だってあるだろう。
でもなんか、モニクさんの言い方だと橋を渡らなければ大丈夫、みたいにも聞こえるんだよな。
橋を渡ると強い敵が出る。ゲームか。
縄張りってヤツだろうか。確かに隣街の駅はなんか異様な雰囲気だった。そんなものを感じ取れる野生の勘とかは俺にはないと思うのだけど。
傘を差して、近所のドラッグストアに行った。ドラッグストアには生鮮食品は少ない。だから探索は後回しにしていたのだ。ここにはなんと薬があるんだぜ。神か。まあドラッグストアだからな。当然なんだけど。
最近はあまり風邪を引くこともなく、この手の店は日用品を買うのにしか使ってなくて本来の用途を忘れがちだった。医者に頼れない今、かなり重要な施設かもしれない。
色々見て回ったが、薬の使用期限って思ったより短いんだな……。今まで気にしてなかったので知らんかった。保存食のたぐいより先に薬が全滅するかもしれない。未来は暗い。保存食といえば、カップ麺の賞味期限も考えてたよりずっと短かった。そうなのかー。
終末映画で缶詰が出てきても、カップ麺は見かけないもんな。イメージの問題かもしれんが。
生鮮食品も少しは置いてある。ひき肉……はもう手遅れかな。たまごがある。これはもらっとこ。
生ラーメンか。こいつの賞味期限は凄く短い。数日だ。つまりアウト。でも本来生麺の賞味期限は結構長いんだよな。俺の経験則がこれは食えると言っている。リスク? ケースバイケースだな。古い肉とかはなんか怖い。
結局食い物しか物色していない。終末とはいえドラッグストアに釘バットは売ってないからな。他の店でも売ってないけど。なんかないか。
軍手。ここで入手できるもので護身用に役立ちそうなのはこれくらいか。別に猫とパンチ対決をしようってわけじゃない。肉体労働時にこれがあるとないとでは全然違う。咄嗟に高いところに登って逃げるような状況とか、瓦礫を拾って投げつけるとか、あと単純に武器を握って振り回すとか、あったら便利だと思う場面はいくらでもある。
逆に拳銃の引き金を引くときとかは邪魔になりそう。ケースバイケースか。ショッピングモールのアウトドアショップに行けば、もうちょっと高機能なグローブとか入手できるかもしれない。
武器なあ。無いよりマシってことで鉄パイプとか欲しいけどアレどこに売ってんだ? あと持ち歩くの大変そう。
実際の事件とかはともかく、フィクションでバールが武器として登場するのはある種のギャグなんだろうけど、冗談抜きでバールが候補になりそうだ。それならホームセンターまで行けばあるだろうな。
こうして考えてみると、昔の暴走族漫画とかに出てくる武器は、現代でも入手可能でそれなりに威力ありそうなものが多いな。一般人は常識的に考えて護身用に木刀とか持ち歩けないけど、そういった枷がないアウトローなら木刀やチェーン、バットや鉄パイプなんかに行き着くわけだ。
文明崩壊後が舞台の映画とかで、モヒカンの暴走族が幅を利かせているのはそういう理由だったか。そうか?
しかし、それらのどの武器を使ってもあの猫には勝てそうにない。それでも無いよりはマシなのだ。熊を農具で追い払ったなんて事例も少ないながら存在する。生存率は全く違ってくるだろう。
他に入手可能な武器というと……ビールケース? 持ち運べないから却下。
ナイフ。これは鉄板でしょう。別に考えるまでもなくアウトドアショップで入手しようと思ってた。素人でも素手とは比較にならない攻撃力がある。ただ、獣相手にナイフを使う距離ってもう詰んでるような気がする。それに鋭くはあるけど重くはない気がして、俺の腕力だと少し心許ない。
熊で考えると極端になってしまうが、野犬を追っ払うとことかを想像すると、ナイフより鉄パイプの方が楽そうだ。この街で野犬とか見たことないが。
そうだカラス。カラスならどこにでもいたから分かりやすいな。過去形だけど。仮にカラスが群がってきたとして、ナイフの方が攻撃力は高いかもしれない。でも追い払うならバットの方が気楽な気がする。やはり長さ。リーチは全てを解決する。
店内をうろうろしながら、ふと窓の外を見るとバス停が見える。
バス停……正しくはバス停の標柱。現実にはバス停を武器にできる奴なんかおらんだろ。でも待てよ? 今まで出した候補の中では一番威力がありそうだな。なんでだ? 重いから? まあそうなんだけど。
あ。振り回したときに下の重り部分が先端になるからだな。重心が先端にあると腕力以上の威力が出そうだ。……無意味な考察だなこれ。
すごいくだらないことを延々と考えて時間を浪費した気がする。俺は武器とか戦いのことなんて全然分からん。生兵法は大怪我のもと。三十六計逃げるに如かず。猫と戦おうとしてる時点でダメだ。逃げるに決まってるだろあんなん。
なんでだ? あの猫に殺されそうになった瞬間を思い出すと闘志が湧いてくる。絶対に間違ってる。俺はそんな性格ではないはずだろ。人間が恐怖を感じるのは生き残るための本能だ。もっとビクビクしてる俺のほうが正しいはずだ。
今日はもう帰ろう。そして生ラーメンを茹でて食べよう。ありがたいことにここにも酒が売っている。おっ、これはフタを開けると生ビールみたいな泡が出るタイプの缶だな。今日はこれを飲るか。その前に。
俺は賞味期限がまだ大丈夫な食品をざっくりと冷凍庫に放り込んだ。また、箱売りのビールを開けると冷蔵ケースの空きに補充していく。店員か。もうすっかり身体に染み付いた動きだ。終末しぐさ。
いつか人類の生存圏に脱出できる日が来ても、現役の店員としてやっていけるであろう。
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