第5話 ポストはなぜ赤いのか
近隣の高層マンションとかから撮られた写真によれば、西の隣街はエラいことになってるらしい。建物は倒壊しまくりで、まさに大災害の跡地だ。
隣街とこの街は小さな川で隔てられているが、封鎖地域のど真ん中なので橋はそのままだと思う。疑問なのはすぐ近くの街でそんな現象が起きていることだ。この街も隣街も地震情報ニュースだと震度6で括られてはいるが、被害に差がありすぎる。
この街は実際には震度5とかその程度だったのかもしれない。じゃあ隣街は?
正直震度6でも、現代日本の街がああも滅茶苦茶になることがあるとは思えないんだが。写真が本物だとすればだけど。本当はもっと強い揺れだったのではないか。でも近隣はほとんど被害無し。
そういえば封鎖地域の外は、すぐ近くでもそこまで大きい揺れはなかったらしい。少なくとも震度6とかそんな規模とは思えなかったと。
そもそもあれは地震だったのか?
死体消失という怪現象を踏まえれば、普通の地震であるわけがない。
腹が減ったな。コンビニでなんか食ってから考えよう。
コンビニの冷食やアイスのコーナー。その冷凍庫に詰められた惣菜類を見て眉間にシワを寄せた。なんで俺はサンドイッチまで冷凍しちゃったんだろうな。あんまり解凍して食うのに向いてない。
あきらめてハムサンドとタマゴサンドをレンジに放り込んだ。この辺の無難なやつなら加熱しすぎても食えないことはないだろう。保存の効かないパックのコーヒー牛乳を持ってきて、レジの前の椅子に座る。これも冷凍できないこともないな?
さて、家に近いこのコンビニの食料は貴重だ。昨日は火事場泥棒をするわけにもいかないので他の店を漁ったりはしなかった。でもこの街の状況を知った今は違う。
ここには助けは来ない。
もちろん生存者から物を奪ったりはしないが、無人の場所から食料を確保するのに遠慮するつもりはもうない。
というかむしろ確保しないともったいない。決意を新たにレンジからサンドイッチを取り出す。
「熱ッ!」
やりすぎた。解凍どころか具のレタスからも熱気を放っている。凍ったサンドイッチの解凍なんて生まれて初めて試みたんだから加減なんて分からんわ。
世の中にはレタスチャーハンとかもあるから熱したレタスもセーフってことにしとこう。ホットサンドもどきをコーヒー牛乳で流し込みつつ今後の予定を考える。
まず、この終末の街から脱出して人類の生存圏に避難するという選択肢が挙げられる。当然の選択だな。助けが来ないなら自分で逃げるしかない。こんな物騒な街に居られるか!
だが却下。
何故か。それは俺が何故生きているのか、というところから考えなければならない。封鎖地域内に生存者が居るかは不明だが俺の観測範囲には居ない。観測範囲とはネットの情報も含めてだ。
また、このエリアに入ろうとした者は今でも死亡している。少なくとも昨日までは報告がある。今日も誰かが死んでいるかもしれない。
この街の東にある川、そして西の隣街の向こうにあるもうひとつの川。この二本の川にかかる橋は厳重に警備されている。突破しようと思えば船で川を渡るとか色々あるだろうけど、知らずにとか間違えて入ってしまうとかいう事故は起きないだろう。
しかし北側は陸路だ。東西は『川の外側は安全』という仮の基準があるが、北の境界ラインははっきりとはしていない。範囲が広すぎて完全な封鎖も出来ていない。そのため、封鎖地域の北側ではうっかり危険地域に踏み込んで死んでしまう人間も出ているそうだ。
衣類を残して消えてしまうというおまけ付きで。
可能性のひとつとして、俺はこう考えている。
封鎖地域の内側、つまり俺の今居る場所は安全だが、境界は危険であり内外の行き来が不可能になっているのではないか、ということだ。
ただの仮説である。根拠はガバガバだ。だって街中とか、なんならアパートの隣の住人も消えちゃってるし、俺が今居る場所だけ安全とか楽観視が過ぎる。
でも俺も全く無事だったわけではない。三日間気を失っていたのだ。この死体消失現象の原因が毒ガスかなんかだとしたら、俺も死にかけていたということかもしれない。
だから大災害当日、あるいは俺が倒れていた間は街も危険だった。でも今は収まって危険なのは境界付近のみという考えだ。
この仮説の場合、安全なのがどこまでなのか分からない。昨日は駅まで行けたが、駅構内を抜けて反対側の北口まで行ったら死んでいた、という可能性もある。
つまり行動範囲を広げない方が無難なのだ。
東の橋を渡って警備中の自衛隊なり警察なりに助けを求める、というのは博打でしかない。
避難するのは『外から中に入ってこられる』ということが確認されてからだ。どうやって確認するかは分からん。試しに入って死にましたじゃシャレにならんからな。それを考えるのは外側の人間の役目だろう。
もしかしたら封鎖して何年も放置ということもあり得る。そうなったら、食料が尽きる前に自分で試すしかないかもな……。
というわけで方針は決まった。
安全のためには行動範囲を極力絞る。
食料確保のためには行動範囲をなるべく広げる。
無策だ……。
仕方ないじゃん。分からないんだもの。
でも多少は指針もある。まずこの場所を少し西に行くとあんまり大きくない川があって、その先が例の崩壊した隣街だ。建物とか崩れてるのなら物資を掘り出すのも難しい。
リスクを取ってまでそんなところに行く必要はないな。
だから行くなら東だ。現在地から封鎖された橋がある川までの距離、その半分は越えないようにするか。隣駅までは範囲内。その更に隣だと少し危ないか? なら隣駅までだな。
北はどうだろうな。さっき駅より北は危険かもって考えたら行くのが怖くなってしまった。でも駅前は色々ある。駅周辺まではセーフってことにしとこう。
南。南にしばらく行くと海だ。実は海側の境界は不明だ。情報がない。この謎現象により海上で死亡したというケースは見当たらない、らしい。
なら封鎖地域に上陸したらどうなるか。そんなことを試した人はいないし、いたら今頃死んでいるので連絡もない、ということもあり得る。
仮に海岸線がそのまま危険地帯の境界線だとしたらどうだろう。川を目安にしているくらいだからその可能性は高いのだ。だとしたら海の近くは危険じゃないか?
心配なのは、東西の封鎖された川に比べて南の海へはここからの距離が近いということだ。あまり南に行っては駄目だ。南側には高速道路が走っている。その近くには寄らないようにしよう。
結論としては駅二箇所周辺が行動範囲ということになる。どうせ駅から離れ過ぎても何もないのだから問題ない。
食料の心配もない。消費期限を考えなければ、だが。
今日は最寄りのスーパーに行こう。無事な生鮮食品があれば冷凍庫に放り込んでおきたい。牛肉だったら冷蔵で一週間はもつのだったか?
期限はあと三日か。どれだけの店を回れるか。
コンビニを出て、昨日とは逆方向へと歩き出す。交通量の多い車道に出た。車道のそこかしこに放置自動車がある。事故車もないことはないが、地震のときに一時停車した車が多いのだろう。そこまで惨状というほどではなかった。
自動車を貰って移動に使うか?
いや、こんな放置自動車だらけではまともに車道での移動は無理だ。多分この先も同じだろう。
自転車だな。
目についたサイクルショップに入る。セッティングの済んでいる自転車を外に出す。鍵は不要だ。これが罪だっていうならあとで自首でもなんでもするさ。
「借りてく……いや、貰ってくよ」
罪悪感は無かった。世界大災害から五日目。俺がこの終末の街で活動し始めてまだ二日目だってのに、人間は慣れる生き物だな。
自分でも引くわ。
歩道を自転車で走る。車道はたまに車がガードレールにめり込んでたりして邪魔だ。運転席には誰も居ない。覗き込めば多分、シートの上にはドライバーの服が落ちているのだろう。
スーパーに着いた。特売でもやっていたのだろうか。盛況である。駐車場から入り口に至るまで、大量の衣類が落ちていた。流血とかはもちろん一切ない。赤いのは店の前の郵便ポストだけだ。
店内に入ると、商品の入ったカゴや買い物カートが通路を塞いでいる。コンビニに比べて地震対策は適当だったのか、床には大量の商品や割れた瓶などが散らばっていた。
ゾンビはいないが、ゾンビが暴れてそうな雰囲気ではある。買い物カートが小道具として活躍するのだろう。人間の死体は消えるけど食料品は消えていない。死体の定義ってなんだろうな。
やっぱりこれはよくある終末映画の世界だろ。
こういう世界観のジャンル、なんていうんだっけか?
ポスト……ポストアカ……?
ポストってなんで赤いんだろうな。
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