第42話「エピローグ(おわりに)」

 魔王さまはスヤスヤと寝息を立て、それをわたしとユニでベッドまで運ぶ。

 

「これで、なんとかひと段落だな」


 窓から外を確認すると、城下町まですっぽりと覆っていたバリアはキレイさっぱりに消えていたわ。


「ところで、この箱ってなんだったのかしら?」


 魔王さまが探していたもので、かつ、盗まれたと激怒する程の物よね。

 多少開けるのは心苦しい気もしたけど、こっちはこれだけ大変な目にあったし、少しくらいならいいわよね。


 箱を開けると、そこには――


「えっ? これって、クツ? それもわたしの好きなメーカーの」


 ガーゴイルの頭が砕かれたロゴが目に飛び込んでくる。


「……もしかして、魔王さま、これを探して城下町に? だから、武器屋」


「箱もしっかりしているし、プレゼントかもな」


 ユニの言葉にハッとする。


「そっか、そうだった。明日はわたしの誕生日だ。孤児みなしごだったわたしが魔王さまに拾われた日。その日を魔王さまが誕生日にって……。もう、覚えていないと思ってたのに……、あれ? おかしいな」


 クツに水滴がポタポタと落ちるし、なんだか見えづらくなってきたわ。


「ケアラ」


 差し出されたハンカチを見て、そっか、わたし泣いてたんだと自覚する。


「ありがとう」


 涙を拭うと、わたしはめいっぱいの笑顔を作ってみせる。


「魔王さまは認知症でもわたしの事を祝ってくれようとしていたのね。ユニには苦労かけたけど、こんなに嬉しいことはないわ。明日はしっかりビックリして喜ばないとね!」


「ああ、最高の誕生日になるといいな」


 そう言ったユニの顔はどこか悲し気だったんだけど、気のせいよね?


             ※


 翌朝、いつもならわたしより先に起きてきているユニの姿が見えず、探していると、


「ケアラさま、どうなさいました?」


 メイドさんがちょうどよく声を掛けて来てくれたわ。


「ちょうどよかった。ユニはまだ寝ているの?」


「ええ、たぶん。様子を見てきますか?」


「いや、いいわ。自分で見に行くわ」


 ユニに割り当てられた部屋をノックするけれど、返事がこない。

 

「ユニ? 居ないの? 開けるわよ?」


 部屋には鍵が掛かっておらず、すんなりと開いた。

 開かなければ壊して入るつもりだったけど、ラッキーね。


「あれ? ユニ、いないわね?」


 もしかして、昨日の一件で黙ってここを去るつもり!?


 慌てて走り出したわたしは、魔王城の中を探し、それから庭、城下町にまで捜索の手を広げたけれど、一向にユニの姿は見当たらなかった。


「どこ行ったのよ」


 とぼとぼとした足取りで魔王城へ戻ってから、魔王さまの様子を見る。

 ここにも、もちろんユニは居ない。


「ケアラや、今日は何日だったかのぉ?」


 魔王さまの問いに答えると、魔王さまはハッとしたようになって、それからニコニコと笑みを浮かべる。

 きっと、わたしにサプライズをするつもりね!

 ユニがいないのは残念だけど、魔王さまの厚意はしっかり受け取らないとねっ!!


「ハッピーバースデー!! ケアラっ!!」


 魔王さまがそう宣言すると、ケーキが運ばれてくる。

 そんな中、いまいちパッとしない顔のわたしにケーキを運ぶ料理長が耳打ちしたんだけど。


「ケアラさま、そう言えばユニの旦那を探してたよな? 今日はずっと厨房に居たけど、何かあったのか?」


 へっ? ズット厨房ニイタ?

 一瞬、何を言っているのかよく分からなかったけど、なんとか頭が追いつくと、厨房にユニは居たってことよね。

 た、確かに、サプライズがしたいであろう魔王さまを気づかって厨房には近づかないようにしていたけど、まさかユニがそこに居ると思わないじゃないっ!!


「えっ? じゃあ、ユニは居るのね?」


「普通に居たが? なんでも魔力が切れたから介護できないとは言ってたな。で、代わりにケーキ作りも手伝ってくれたし、ユニの旦那は料理人でも行けるな!」


 肩の力が一気に抜ける。

 な、なんで、今日に限って、介護しないで料理してるのよ~~。


 もう、そこからのわたしは全力で楽しんだ!

 まだ昼間だけど、構うものかっ!!

 魔王さまからの贈り物も本当に嬉しかったし、ケーキも最高に美味しかった。

 ついでに、昼間に飲むシャンパンの味は格別だったわ!


 騒ぎに騒ぐと、いつの間にか日はとっぷりと暮れ、外は闇に包まれていた。


「あ~~、今日は全然仕事しなかったわ。明日が怖いわ。明日なんか来なければいいのにっ!!」


 つい、習慣で魔王さまの部屋のあとは介護室に立ち寄ってしまう。

 中に置かれたソファにドシッと女子力の欠片もない座り方をすると、天を仰ぐ。


「明日が来て欲しくない気持ちは分かるが、それでも明日は来る。つらい明日を乗り越えた先に明後日があると思えば、少しは頑張れるんだよな」


「ユ、ユニっ!!」


 ま、まさか、ここに居るなんてっ!!

 うわっ! 恥ずかしい!! 超酔っ払いなところを見られちゃったわ!!

 バッと光速で座り直すけど、今までの失態は取り戻せないわよね……。


「ケアラには言っておくことがあるんだ」


 神妙な面持ちのユニに、わたしは最悪の想像をする。


「もしかして……」


「ああ、魔王さまに嫌われていたら、介護どころじゃないし、もし対面して、まだ敵対しているようだったら、俺はここを去るよ」


「ど、どこに……」


 どこに行くのか。それだけは聞いておかなくちゃと自然と口が動く。


「まぁ、またメリーズに戻って細々と暮らすさ。困ったことがあれば相談くらいは受けるさ」


 あっけらかんと言うユニ。

 ユニは、わたしたちと離れるのは寂しくないのかな。

 そんな簡単に去るって決めちゃうものなの?


「な、なんで、わざわざ人間の街に戻るの! 魔王さまがダメって言っても、城下町でも、どこでも、こっちに居たらいいじゃないっ!!」


「そういう訳にもいかない。一応いまは休戦中だからな人間と魔族の戦争は休んでいるだけで続いているからな。そんな中、魔王のお膝元以外に人間、しかも勇者が居たら安心してくらせないだろ」


「そんなこと……」


 でも、そうよね。わたしはユニのことを分かっているからそう断言できるだけで、わたしだって最初は混乱が起きないようにって魔族に変装させた訳だし。


「わかった……」


 しぶしぶだけど納得して、ユニを送り出す。

 大丈夫よね。きっと。きっと魔王さまはユニを許してくれるよね。


             ※


 その日の介護室は静まり返っていた。

 メイドさんや料理長、それに吸血鬼たちもいたけれど、誰もが無言でユニを送り出した。

 

「やっぱり、わたしも行くわ。もし魔王さまがユニに手を挙げるようなことがあってもわたしなら時間稼ぎくらいは出来るし、その間にユニは脱出して」


 ユニは何か言いたそうだったけれど、わたしの目を見て、コクリと頷いた。


「ケガだけはするなよ」


「大丈夫よ。それに、魔王さまと対峙してた方が、別れが辛くなくていいわ」


 たっぷりの強がりを言ってみせるの。

 だから、気にせず、逃げてねって。


「それじゃあ、介護を始めますか!」


 ユニは営業スマイルを浮かべてから魔王さまの部屋へ。


「シルバーさん、おはようございます。介護士のユニです」


 いつものように挨拶。

 これで、魔王さまはどう出る?


「んん? お主……」


 鋭い眼光がユニを捉えるよ。これはダメかも……。


「お主、人間か? 珍しいのぉ、ゆっくりして行くがよい」


「「えっ?」」


 素っ頓狂な声をわたしとユニ、同時に上げる。

 そして、ユニはすぐに額に手を当てると、髪をかき上げわたしの方を振り向く。


「あっ! ないわよ!!」


 魔族に変装する用に作った第三の目が無くなっている!


「魔力切れで、変装が解けていたのを忘れていた」


 ということはそれじゃあ……。


「別の変装をすれば問題ないってことか!」


 わたしたちは手を取り合って喜びを示そうと思って手を繋いだところで、ユニははたと正気に戻り、まずは介護を優先した。

 こんなときくらい、喜んでもいいじゃないっ!!


「では、シルバーさん、またよろしくお願いします」


「うむ。気をつけて帰るのじゃぞ」


 ニコニコとした魔王さまに見送られて、わたしたちは退室した。


「やった! やったわねユニっ!!」


「うわっ! ケアラ、抱きつくなっ!!」


「はわわわわっ。ご、ごめん、つい嬉しくて」


 超速で離れると、今の顔を見られないよう、下を向いて謝罪の言葉を口にする。

 た、たぶん、ありえないくらい顔が赤いわよね。


「良かったよ。これでまだ介護は続けられそうだし、ケアラとも離れなくて済んだな」


 へっ? どういうこと? わたしと離れなくて済んだって思ってくれてたの?

 これはもっとちゃんと聞かなくてはっ!!


「今のどういう意味?」


「知らんっ」


「ちょっと!! ちゃんと説明してくれてもいいんじゃないの!?」


「明日も介護が続くんだ。今日はゆっくり休むぞ。ほら、俺たちの介護はまだまだ続くぜってやつだ」


 む~、何よ。それーーっ!!



         (了)

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魔王さまが認知症っ!? 最強魔王の側近は背に腹は代えられないから勇者に介護お願いしたらプロだったから教わります!! タカナシ @takanashi30

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