第40話「徘徊」
「事情は聞いたわよ。とりあえず私に任せてみて」
ミノンちゃんはウインクをわたしに投げかけると、おもむろにバトルアックスを振り上げた。
「せーの。えいっ!!」
ミノンちゃんのアックスがバリアに突き刺さる。けど――。
「流石、魔王さまね。ちょっと穴を開けるのが精一杯みたい。ケアラちゃん、勇者。悪いけど今のうちに通ってくれる?」
わたしとユニは顔を見合合せると、瞬時に行動に移り、ミノンちゃんが開けた穴から中へと跳びいる。
「ミノンちゃん、ありがとう!」
「いいわよ。これが終わったら、また吞みましょう」
可愛らしい笑顔に見送られながら、わたしたちは城下町のどこかにいる魔王さまを探し始めた。
※
いったいどこに居るのかしら?
周囲をキョロキョロと見回しながら探すけど、一向に見つからない。
「さっきは確かこっちに向かっていたはずなんだけど……」
ユニはというと、適当な民家の戸を叩き、中から出て来た家人に魔王さまを見なかったかと聞いて回ってくれていた。
非常時になればなるほど頼もしい、さすが勇者をしていただけはあるわよね。
「ケアラ、シルバーさんは向こうに向かったそうだ。そこで、お前に質問があるんだが、これは認知症で見られる徘徊だと俺は思っている。だが、今までのシルバーさんの認知症の傾向では徘徊は少ないはずなんだ。もしくは魔族には人間の常識は当てはまらないのか?」
ぶつぶつと言い始めたユニに説明を求めると、ユニの世界では認知症は3タイプに分かれているそうで、今までの魔王さまはレビー小体型という認知症の症状だったらしい。それで今は、アルツハイマー型という症状に酷似しているとか。
あと、最後のひとつは脳血管性型というらしいわ。
単語の意味がよく分からないから、とりあえず3タイプあるってことだけ覚えておきましょ。たぶん、火・水・雷みたいな属性ってことよね? よくわからないけど。
「だが、レビー小体型でも徘徊が全くない訳じゃないからな。今は置いておこう。ただ仮にこれが認知症からの徘徊だとしても、目的地はあるはずなんだ。全然違う場所に向かって行ってしまっていても目的地はあるんだ。ケアラ、何かシルバーさんの思い出の場所とか物とか思い当たらないか?」
「魔王さまの? う~ん、あっ! もしかしたら、奥さまのお墓かも」
「奥さんの墓? シルバーさんの息子さんは亡くなっているのか?」
「ええ、病で命を落としたって聞いてるわ。ただわたしがまだ魔王さまに拾われる前の事だから詳しくは知らないんだけど」
「墓の位置は?」
「それが……、魔王城の裏手なのよね。だからそこが目的ならこっちの方にまで来ているとは思えないんだけど」
「いや、そうとも限らない。例えば、魔王城の裏にあった建物や木々と似たものがこの辺りにあるようなら、間違えてきてしまった可能性もある。何か似たものがあったりするか?」
似たようなもの……? 何かあるかしら、うぅん、思い出せケアラっ! ここで思い付けなくて、何が魔王側近よ!!
はっ!! そうだ!
「確か、魔王城の裏手にはゴールドフィッシュフラワーっていう金色の花が咲いていたわ」
「金魚草か? ん? いや、でもあれは赤い花だったような」
なぜかユニは変なところで悩んでいるみたいだったけど、最近わたしも分かって来た。こういうときはユニの元の世界の知識基準だから、無視していいと。
わたしはユニを無視して金色の花を探す。
「あっ! あった!!」
街路地の花壇に細々と咲いたゴールドっフィッシュフラワー。
きっと魔王さまはこれを見て、ここに来ちゃったのね。
えっと、確か、魔王城の裏手はこの花を右手に見ながら直進だったわね。
ふっと、視線をそちらに向けると絶句した。
「普通に家なんですけど!」
目の前には民家がそびえ立つ。さすがに魔王さまでもここは進んでいないだろうと思う。別の道を探そうと踵を返すと、
「いや、たぶん、ここを直進だ。俺が魔王ならそうする」
いやいやいや、確かにユニと魔王さまはほぼ同じ強さだけど、流石にそれはないでしょ。だいたい直進って壁を突き抜ける訳にもいかないし、魔王さまがそうした形跡もないわよ。
あとは屋根の上を通るくらいだけど。
「ケアラ行くぞ?」
えっと、この元勇者、自然に
「ああ、そうか、足か。すまん、気が付かなかった」
もしかして、わたしが足が痛いから登れないと思ったの?
そう考えた瞬間、ユニがわたしのことを抱きかかえた。それも、お姫様だっこでっ!!
えぇー! えぇー!! えぇーー!!
ふぇがいおfじゃjふぉうryうぃpじゃぽfdh。
や、やばい、頭がくるくるする。何も考えられない……。
※
「ケアラっ! おい、ケアラ!! シルバーさんがいたぞ! 魔王だ。魔王がいるぞ!!」
その呼びかけでハッと意識を取り戻すと、瞬時に状況を把握。
「ユニ、魔王さまはどこ?」
「いや、居るには居たんだが、なぜか武器屋なんだよな」
珍しく戸惑い気味のユニだけど、そのまま屋根を伝って武器屋へと降りる。
「魔王さまは武器屋に入っていったのよね?」
「ああ、俺が見た限りでは」
ごくりと生唾を飲み込んで、武器屋の戸を開ける。
「ん? なんじゃ? ふむ。ケアラか?」
魔王さまはなんだか不機嫌そうな、いや、まずいものを見つかったときに似ている表情を一瞬、浮かべると。
「帰る」
と言い出して、踵を返した。そのまま魔王さまは魔王城までの道のりを間違えることなく歩いて行くんだけど――。
「あっ!! 危ない!!」
小さな石にすら躓きそうになって、よろけている。
えっと、どうしたらいいんだろう。確かダヴさんには直近介助で腰を持って歩いたけど、この街中でそんなことしたら魔王さまの威厳とか無くなっちゃうし。
「ケアラ、脇の下に腕を通して、腕を組むようにして歩けば、もしものときも支えられるぞ」
わたしの思考と不安と葛藤を読んだみたいで、ユニからアドバイスの声が掛かった。
「魔王さま、腕を組みましょ」
すぐに行動!
確かに、これならいざというときに支えられそうだし、周りから見られても変に威厳を損なう事態にはならなそうね。
「ふむ。ケアラとこうして並んで歩くのも随分久しぶりじゃのう。お主が大きくなってからは気恥ずかしさからかこうしたことも無かった。じゃが、たまにはいいもんじゃのう」
「えっ!? 魔王さま」
意識はハッキリしているの?
じゃあ、なんで徘徊なんて……。
そう口に出しそうになったけれど、魔王さまの嬉しそうな穏やかな微笑む顔を前に、その言葉は胸にしまった。
今だけは、この穏やかな散歩を続けていきたいわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます