第21話「難聴」
わたしは全速全開で走った。
そりゃ、もう風、いや光となって魔王城へ戻ったわ。
「助けてユニ~!!」
「どうしたんだ? そんなに息を切らして。それにちょっと臭いぞ」
えっ、ウソ! どうしよう。相談よりまずはシャワーかしら。
「どうせ、行った先で介護が必要そうなことが起きたんだろ。一度落ち着く意味も込めてシャワーを浴びて来い」
「了解!」
わたしは速攻でシャワーに向かう。
お色気シーンとかサービスカットとかそんなことを考える間もなく、すばやく体を洗うと、着替えてユニの元へ戻る。
「そ、それで、相談なんだけど」
「お前、風呂入るの早すぎだろ。女としていいのかそれで」
「し、仕方ないじゃない。ユニにどう思われるかより、仕事の方が大事よ」
「ふむ。確かにそうだな。今のは俺が間違っていた」
ユニは軽く頭を下げると、わたしから事情を聴きだす。
「なるほど。それで認知症かもってことか……、医者じゃないからシッカリ確認してみないとだな」
ユニもついて来てくれることになったけれど、今日はもう遅いし、魔王さまの介護があるから出発は明日の朝になった。
そろそろ人員を増やさないと、こういうときに対応しずらいのは問題よね。
※
翌朝、魔王さまが落ち着いているのを確認し、わたしたちは出発した。
転移魔術は良い感じに失敗して、わたしたちはちょうど洞窟の前に落ちることとなり、本来は広い場所にしか転移できない本来の転移魔術よりショートカットできる結果となった。
「ケガの功名ってやつかな。まぁ、俺らでないと、大けがの元なんだが」
「そ、それは言わない約束でしょ!」
「それじゃ、行くか」
ユニとわたしは事前に用意したマスクを着用し、中へと進む。
「ここがダース=キートンの部屋か」
「正確には作業部屋だけど、そうね」
ユニは扉を開けると、大きく叫んだ。
「こんにちは~!! 魔王城から来たユニです! キートンさん、いらっしゃいますか~!?」
「…………」
しかし、返事はなく、以前のように杖をつく音も聞こえてこない。
「これは……」
ユニは呟くと、目の色を変えた。
ゾクッ!!
その凍てつくような殺意に、とっさにわたしは距離を取ってしまった。
ユニの放つその殺意のプレッシャーはまるで魔王さまと同等、もしくはそれ以上。
仲間だと分かっていても、構えをとって警戒してしまう。
けれど、その緊張状態は、すぐに解けることになる。
カツンッ。カツンッ!
「何事だ。敵か? このプレッシャーはよもや勇者ではないか?」
そう言いながら、ダースさんが現れたことによって、ユニから殺意が失せていく。
ユニはダースさんに一礼すると、木札の名刺を差し出す。
「ん? 魔王軍に新たに入ったものか。あれだけの殺気を出せるのなら、かなり優秀なのだろう。種族は……、その第三の目、魔王さまの系譜のものか? それならば納得であろう」
あれ? 会話が成立している?
「ちょっと、失礼します」
ユニはダースさんの右側に周り、「よろしく!」と大声で叫ぶ。
しかし、ダースさんはなんの反応も示さない。
次に左側から、「よろしく!」と叫ぶ。
「おお、よろしくのぉ」
ユニは目を細め、目尻を下げてマスク越しでもわかる笑みを浮かべた。
「ちょっ、ちょっと、どういうこと? どうして意思疎通が出来るのよ」
わたしはユニの腕を引っ張ってコソコソと話す。
「キートンさんは認知症じゃないよ。これは難聴だな」
「難聴? 耳が聞こえないってこと?」
「ああ、ケアラから話を聞いたときからそうだと思ってた。つまり、お前の聞き取りが良かったって話だ。よく聞いてきたな」
ふえっ! そんな、急に褒められても、嬉しくなんか……。
「で、で、どうするの? 大きな声で言えばなんとか話してくれそうだったけど」
顔が赤くなっていそうな感じを必死に隠したくて、話を進める。
「基本は左側から話かける。それでも聞こえなければ、これか筆談だな」
ユニは金属の細長い棒を取り出した。
なんの変哲もなさそうな棒だけど、きっと何かしら効果があるのよね。
「この棒は、何か魔法でも掛かっているの?」
「いや、なんの変哲もない棒だ」
ん??? わたしの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
「普段音はどこで聞いていると思う?」
「そりゃ耳でしょ?」
「耳も正解なんだが、骨から伝わる音っていうのもあるんだ、骨伝導っていうんだが、それを利用するために金属の棒を口に咥えるとそこから骨に音が響いて聞こえるようになるんだよ」
「へぇ、そんなことが出来るのね! それなら、意思疎通は誰でも出来そうね!! あとの問題はこの部屋の掃除ってところかしら」
「ああ、ここは分解すればいいとして、居室の方が俺は心配だ」
わたしたちの前に大きなゴミが立ちはだかる。
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