第18話「入浴(後編)」

「足を洗う前に一旦泡を流しましょう」


 ユニは手桶でダヴさんの泡を流していく。


「洗うときどうしても足を上げる行為が起きる。その際はどうしても危険が伴うからな。残った足が滑らないよう、泡はキレイにしておく方が安全だ」


 完全に泡が流れるように入念にお湯をかける。

 脇の下に泡が良く残ることがあるみたいで、そこも忘れずに湯を掛けていた。


「頭と顔が濡れてると寒くなるから、タオルを使ってくれ」


 ダヴさんは頭と顔を小さいタオルで拭いた。


「ふぅ。さっぱりだ」


「良かった。それじゃ足に移るぞ」


 ユニはそれから、足を石けんで洗って行くのだけど、足首あたりから洗い出し、ふくらはぎの方へ。

 あっ、これはむくみを予防する為ねっ!!

 この前ミノンちゃんが足を洗っているときと同じねっ!

 なるほど。行動一つ一つに理由があるから、洗うっていう行為では同じ動作になるのね!


「足先を洗って、指の間……、蹄洗うぞ。えっと、くすぐったいとかあるか? あるのか?」


 ユニは若干困り顔でわたしとミノンちゃんを見るけど、すぐにダヴさんに視線を移し、どうか尋ねた。


「ああ、大丈夫だ。くすぐったくはないぞ」


 ほっとした表情のユニ。

 これは、たぶん、今まで人間しか介護してこなかったから、魔族と人間の違いに戸惑っていたのね。

 わたしや魔王さまはほぼ人間ベースだから困らなかったんだろうけど、そうよね。ダヴさん、ミノタウロスだもんね。そりゃ困惑もするよね。


「さて、完全に余談なんだが、介護士には会話のスキルも求められるんだ。何を話せばいいかは人それぞれだが、個人的に鉄板の話題は、天気、それも最高気温とか季節に関することはそれなりに会話が弾む。あとは一度きりだが、雑学もなかなかいいぞ。風呂で言えば、なんで石けんを泡立てて使うか知ってるか?」


 えっと、これはわたしたちに聞いているのよね。

 そう言えば、ほぼ無意識に石けんって泡立てて使っていたわね。


 ミノンちゃんはわかるのかしら?


 わたしはミノンちゃんの方を向くと、ぶんぶんと首を横に振る。


「ふぅ、ミノンもケアラちゃんも分からないのか? これだから最近の若いもんは!   そんなの、石けんは汚れを滑らせて落とすんだから、面積大きくした方がいいにきまってるだろ!!」


 ん? 滑って落とすのと面積の大きさ? どういうこと?

 

「さすが、メリットさん、良く知ってたな。で、ケアラは文系だな。えっと、滑った汚れは泡の上の方に行く、実際は違うかもしれないけど、そう考えれば簡単だろ」


「なるほど。泡が大きくて多ければ、それだけ汚れが上に行く分が増えるってことね! へぇ、知らなかったわ」


「さて、両足洗い終わったぞ。もう一回湯船に入るんだったな」


 ユニは洗い場の床にお湯を掛けていく。


「何してるの?」


「泡が残ってたら危ないだろ」


 ああ、なるほど。


 そのままユニは側近介助でダヴさんを再び湯船に入れる。


「メリットさん、少し説明させてもらいますね」


 そう一声かけると、ミノンちゃんに向かって説明を開始した。


「今は現状のメリットさんの入浴の仕方をやったが、状態が変化することは良くある。そのときなんだが、まず頭が洗えなくなったら、普通に洗ってやればいい。ただ、爪を立てると傷になるから指の腹で洗うように。体だと背中が洗えなくなる可能性が高い。その場合も自分にやるのと同じようにやってやればいい。ただし、強さ加減は細かく聞いてあげた方がいいな。あとは浴槽に入るときに足が上がらなくなってきたら一度浴槽の縁に座ってから入るようにした方がいいな。縁が少ない場合は椅子を用意するといいぞ」


 ミノンちゃんは真剣にユニの話を聞いた。


「さて、それじゃ、ここからはミノンにやってもらうか。と言っても浴槽から出る動作くらいだけどな」


 ミノンちゃんは言われた通りに後ろからしっかりと介助して、ダヴさんをお風呂から出す。


「そこのお風呂椅子に一回座ってもらえるか」


 ダヴさんは椅子に腰おろし、不思議そうな表情を浮かべる。


「おい。もう体も洗ったし、あとはせいぜい、上がり湯くらいだが、うちは別の湯はねぇし、その浴槽の湯なら、それで上がり湯をする必要もないだろ?」


「はい。本当ならキレイなお湯があればそれで上がり湯もかけたいところだけど、今回は浴槽しかお湯がないし、それはしなくていいかな。そこの椅子に座ってもらったのは、ここで一旦体を拭く為だ」


 ユニは小さいタオルを渡し、ダヴさんに体を拭いてもらう。

 拭けない背中や足先はミノンちゃんが拭いて行った。


「体が濡れていると、脱衣場に出ただけで温度差から寒くなるし、当然滑りやすくもなる。足裏はどうしても濡れたままになるがポタポタと雫が落ちているような状態よりは幾分マシだからな。脱衣場に出たらしっかり大きいタオルで体を拭いて着替えるぞ」


 ミノンちゃんがしっかりとついて、脱衣場へ。そして用意しておいた椅子に座ってもらう。そう言えば椅子にタオルを掛けておいてあったけど、このタイミングで濡らさない為なのね。ついでにお尻のお湯も拭けてそうだし、一石二鳥なのね!

 ちゃんと座ったあと、大きいタオルを使って体を拭く。

 足裏もしっかり拭き、デリケートな場所はもちろん自分で拭いてもらう。


「脱健着患の法則で、着るときは患っている方からだな。ズボンとパンツは全部足に通してから立ってもらって上げれば一度の立位で全部終わるから負担軽減になる。ついでにメリットさんみたいに両腕とも健康な場合はこっちがやりづらい、立っている位置から遠い方からやるといいぞ」


「脱健着患って、脱は脱衣、健は健康、着は着衣で分かりやすいんだけど、なんで患なのか分かりづらいわよね」


 さっきからどうしても覚えられなくて、他の覚え方とかないのかな?


「ああ、そういえば、漢字だからな。馴染みがないよな。なら、健康な方から麻痺状態の方へ、今度は麻痺状態から健康な状態ということで、健麻麻健けんままけんで覚えてもいいぞ」


「なるほど、研磨魔剣ね。なかなか鋭いところを突くわね」


「なんか微妙に意味が違いそうな気がするが覚えられればなんでもいいか」


 着替えもミノンちゃんがなんとか行えたみたいね。あとは――。


「あとは、湯上りといったらミルクだろ! ユニよ。水分と言っていたが、別にミルクでも構わんのだろう?」


「ああ、別にミルクでもいいぞ」


 ダヴさんはコップに入ったミルクを飲み干すと、満足そうに広間に向かい、どかっと座ったのだった。


「おう! ミノン、もう1本タオルを持ってきてくれ。頭がすぐ乾かないとハゲる原因になるからな!」


 これで、ダヴさんもミノンちゃんの介護で安全にお風呂に入れるようになったはず!

 すごく良かったんだけど、これ、気になっているのわたしだけかしら、ユニもダヴさんもお風呂について詳し過ぎないっ!!

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