第17話「入浴(前編)」
「さてと、まずは体を流してから入るのが風呂の決まりだ。なぁ、ユニもそう思うだろ?」
ダヴさんの言葉に、ユニは「もちろんだ」と答える。
「心臓に負担が掛からないように足からお湯をかけることを勧めるぞ」
「ああ、それも当然だな」
ダヴさんは手桶でお湯をすくうと足元に掛け、それから徐々に上の方を流していく。
「よし、まずは浴槽に入るがいいか?」
「ええ、ただし転んだとき、支えられるように直近で介助するぞ」
ユニはダヴさんの後ろに付く。
「ついでに、あまり良くない話だが、倒れて危険なのは前より後ろで後頭部を打つ方が危ないんだ。だから後ろから介助できるときは後ろに素早く回る!」
あっ、もしかして介護士拳の『ソッキン』ってこれのこと!!
「前に倒れても、最悪でも鼻や頬の骨が折れたり、前歯が折れたり、あとは手が先に出たら手の骨折もあるか。まぁ、それくらいだから死にはしない。もちろん介護士がいるときは、そんなこと起こさせないが、覚えておくともしもの2択に迫られたとき、役に立つかもしれない」
はっ! もしかして、常に最善な方法を決めているからこその、あの俊敏な立ち回りなのか!! そうよね。そうでなければ勇者といえど、わたしや魔王さまのスピードについてこれるはずがないわっ!!
くっ、さすが勇者、いや、介護士ね!!
そうしている間に、ダヴさんは浴槽に入る。
「この形式の風呂、日本式だな。縦に長くなっているタイプだ。溺れる心配は少ないが、立ち上がれなくなる危険がある。もし立ち上がるのが大変になってきたら、中に重しを付けた椅子を入れる方がいいぞ」
「へぇ、日本式? とかっての。確かに魔王城にあるヤツとは形が違うわね」
「魔王城のは洋式で横に長いな。あれはそのままずるずると滑って顔が湯の中に入ってそのまま溺れる危険があるから目を離さない方がいいぞ。というか洋式は普通に俺らでもうっかりすると溺れる可能性がある!」
「うっかりってどんなときよ」
「疲れて、つい、うとうとしちゃったときとかだな。寝てそのまま湯の中に、苦しくて目が覚めたときにはパニックで何をしていいか分からず、そのまま水の中で……」
「何それっ! こわっ!!」
「おいおい! 入浴中のオレが居る前で言う話題か?」
「すみません。不快にさせるつもりはなく、入浴の危険性を説明したかったのです。危険なところを認知し、その上で安全に入浴していただきたいと思っていますので、どうかご容赦ください」
「おい。わかったよ。いいから、その口調は止めろ!!」
「ありがとうございます」
にっこりと笑みを作るユニ。
こいつ絶対に確信犯だろ!!
魔王さまのときも上手く言いくるめてたし、介護士こわっ!!
そこらの参謀なんかよりよっぽど厄介なんじゃないの。
「それではそろそろ一回出て体を洗おう?」
「ん? もう少し入っていたいんだが、久々の風呂だし」
「じゃあ、もう少しだけ。体を洗ったらまた入っていいから、数分したらまた声をかけるぞ」
2分後、ユニはまた声を掛け、ダヴさんに出てもらう。
「そこの椅子に」
手桶でお湯をさっとかけて冷たくないようにしたお風呂椅子にダヴさんを座らせる。
「洗えるところは今までと同じように自分でやってくれ。足だけは痛いだろうからこっちがやろうか」
「ああ、そうしてくれると気が楽だ」
ダヴさんは石けんで頭から体から全身泡だらけにして洗っていく。
わたしはそんなダヴさんの様子を見ながらユニに耳打ちした。
「ちょっと、ちょっと、介護なのにダヴさんにこんなやらせていいわけ?」
「いいに決まっている。介護は奴隷や従者じゃないからな。本人が出来るところはやってもらう。ヒトはやらなくなるとどんどん退化していくんだ。だから出来るところはやってもらう。出来ないところだけこっちがやる。それが最終的には両方の為になるんだよ。それに、ああ、ちょうど良くミノンがいるな。
ミノン、もし、俺がメリットさんの体とか何から何まで洗ったらどう思う?」
「えっ!? 私? そうねぇ、なんで父さんはまだ出来るのに甘やかすんだろうって思うかもしれないわぁ」
「ほら、誰にとってもいいことがないだろ」
ユニはしてやったりと言う調子で言ってくる。
まぁ、確かにわたしも魔王さまが明日から完全に全部他人が行うってしてきたら、ちょっと、いや、かなり抵抗感あるか。
くっ、言われなきゃ気づけなかったのは悔しい。
今は甘んじて、そのしたり顔を噛みしめてやるわ!
「おーい。ユニ、足を洗ってもらっていいか?」
全身泡だらけで、羊みたいになったダヴさんから声が掛かった。
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