見えない

ゆぴてる

第1話 依頼

その日俺は編集長のデスクで

「なんですか!この企画案!」

怒っていた。

「なんで俺が地方に行かんといかんのですか!」

俺の剣幕が部屋をふるわす。全員の視線が集まった気がしたが、構わない。

一方の編集長は、ほほえみつつも、困り顔だった。

「まぁ、いいじゃないか、お前の地元も確かこの辺りだろ?」

確かに近いことには近かったが、そういう問題ではない。

「そもそも、うちの雑誌の名前―urban―(アーバン)ですよ!」

この会社はこの辺で三本の指に入る大雑誌社で、俺が担当している雑誌は、その名の通り都市やその近郊のニュースをメインに取り扱っている。だから俺の狙うニーズは必然的にアーバンボーイやアーバンガールになるわけで。

なのに今回の取材地は沛戸(はいと)。地方も地方。周辺地域からもなんにもない町と敬遠されているようなところである。

「しょうがないじゃねぇか。オリンピックを契機にこの町が栄えるって予測がたってるのは知ってるだろ?」

ヤマタク景気だよヤマタク景気。と、編集長が先月号の表示を飾るヤマタクこと、山ノ内拓斗の写真を見せてくる。

それは狡い。前回のオリンピックで日本では初となるサーフィンでの金メダルを取ったことを皮切りに、彼の評判は3年たった今でもうなぎ登りだ。実際、ヤマタク特集を組んだの先月号は、表紙の宣伝効果もあり、アーバン史上最高の発行部数となった。もっとも、アーバンの規模が小さいから、他の雑誌に比べたらそもそも紙切れのような部数に屁をかけたようなものでしかないけども。

そういえば彼の今年の舞台はあの町だったか。なんであんな田舎に国内で1番大きな人工波のサーフィン施設があるのか、全く分からない。あんなバカ危険な町に。

「でも、俺があの町嫌いなことぐらい知っとるでしょうに!」

この人は俺の大学時代を知ってる。俺の過去を知ってる。だからこそ分からない。なら、なんで。

「お前以外に任せられる奴がいねぇんだよ、」

俺は後ろで順番を待っていた部下の城戸崎を真っ先に指さす。その勢いと剣幕に気圧された彼はヒェッと奇妙な声を上げた。

「…無茶言うなよ。」

「そんなことない!お前、俺の代わりに行け!」

「いや、いやいやいや、ムリっすよ!無理無理無理無理無理無理、、、」

城戸崎はただでさえ白い顔を真っ青にしていた。

「ねっ!編集長。こいつ行かせましょう!」

「却下。」

即答だった。その速さと声色に思わず驚いた俺の眉間にピクっとシワがよる。一方の城戸崎はほっと大きく息をついていた。

「こいつはまだライター歴が浅い。今こいつに記事任せてもくそみたいな文章を放るだけだ。ましてや特集記事だぞ?俺の労力も考えろよ。」

編集長はコーヒーを1口煽った。横でフォローされると思い込んでいた城戸崎はえぇー!と不満を漏らしていたが、編集長の言うことは一理も二理もある。

一応城戸崎は大学時代Webライターのバイトをしていたらしく、それなりの文章を書いてくる。が、その内容は自己満Webライター時代の名残といったところか、雑誌の記事なのに驚くほど自説に偏った、それも難しい文章を書いてくる。

どこをどう引っ張ったらゆるい都会の話題をここまで堅苦しくかけるのか、雑誌を見て育った俺からしてみれば不思議でたまらない。こいつもなぜ雑誌社にきたのだろうか。

ふと城戸崎を見るとまだ俺の顔が怖かったのか、条件反射か、ぴぇっとまた変な声を出して自分のデスクへ逃げ帰って行った。

「じゃあ丹茉にまさんは。あの人の方が俺より上手いじゃないすか。歴も長いし。」

丹茉さんは俺の師匠とも言える人だ。

この雑誌urbanの前世とも言える雑誌-週刊まちなみ-の時代の2番手ライターだった人だ。

もうほかの雑誌の編集長ぐらい当然なっていてもおかしくないような方だが、本人曰く、

「ライターはやっぱ書いてないと。」

らしく、未だにurbanのトップライターを務めている。ちなみに当時の1番手は今のこの会社の副社長にまで上り詰めている。

「丹茉も考えたが、あいつの下にいたんだったら知ってるだろ?あいつに地方行かせてみろよ。帰って来れなくなるぜ?」

俺は思わず頭を抱える。彼女は方向音痴もちだった。それも極度の。

確か、俺があの人に初めて着いて行った取材の時も、彼女は常に地図アプリを開いた状態のスマホを見ながら歩いていた。 おかげで色んな人とぶつかり、なんなら信号無視で飛び出すところを慌てて引き止めたこともある。

生まれも育ちも都市のあの人が、このあたりの取材地でも迷うのに、地方に行かせたら、原稿が届くのはオリンピック開催後かもしれない。誇張なしで。

「じゃあ白木なら、、」

白木は俺の同期で1番のやり手ライターだ。

「悪いけど、それはパース。」

彼のクールなイメージには似合わない、大きな声が車内に響く。声の方を見ると彼はデスクワークをしながらこちらに声をかけていた。自分の仕事をこなしつつ、この騒ぎを一寸こぼさず聞いていたらしい。相変わらず器用なやつだ。

「お前の同期はみんなやることたっぷりなんだ。なんでこんなことまで説明しなきゃならん。」

もちろん、わかっていたことではあった。

当然、同期の動向は基本チェックしあっているし、この代は割と出来が良いらしく、みんなそれなりの地位を貰っている。白木に至っては次期編集長の話題さえ上がっている。

いくら1番仲のいい白木でも動けないことは知っていたが、そういう問題ではない。

「俺だって相当考えたさ。でもお前が適任なんだ。お前みたいな使える中堅に地方なんざ行かせるのもどうかとは思ったし、それに俺は、お前があの町を嫌ってるのを知ってる。だからもちろん、お前に任せるのも正直迷ったさ。でもな、手が空いていて、特集組めて、地方慣れしてる奴はお前しかいねぇんだよ。」

頼まれてくれ。彼は俺の知る限りでは初めて後輩に頭を下げた。

そこまでされたら行くしかないけども。でもやはりどうも、気は乗らない。

「わかったわかりましたよ。行けばいいんでしょうに!」

俺が投げやり気味に言うと、編集長はありがとうと一言いい、引き出しから出したUSBメモリをスライドさせて寄こし、俺の肩をとんとんと叩いた。

OKしたものの、ここからどんな準備をしてけばいいんだよ。実家にも帰ってない俺が地方に行くのはさすがに久々で、一抹の不安も無いわけではなかったが、昔から恩のある編集長に任せられた今、とりあえずデスクに戻るしかなかった。

注目を集めつつ、散らかったデスクの前にドサッと座り、貰ったUSBファイルを眺めながら少し考え事をする。

そして慌てて思い出したかのようにカタカタとパソコンを叩き検索エンジンに“沛戸市 がん”と打ち込んだ。

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見えない ゆぴてる @hoshiki_kaname

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