大きい荷物

@J2130

第1話

 でかい‥。

 目の前にはひと抱えもある発泡スチロールの箱が鎮座している。

 二度の研修で見たけれど、研修場所は保健所の会議室で大きかったから薬局の店内だと、でかい。

「受領書にハンコかサイン欲しいです」

 運送会社の若い配達員の人がお願いしてきた。

「うん‥、これでいいかな」

 印を押し、さらに念のためうちの薬局名も記載する。

また箱を見る。でかいな‥。

「あと、これが付属の‥」

 やや小さいダンボールも渡される。付属の‥から先を彼は言わなかった、難しいよね、専門でないから。

「はい、これね、全部でニ個口だけど、でかいな、これ‥」

「ええ、運ぶほうも大変です」

「そうだよね‥、でもでかいな‥」

 僕は研修どおり、荷物を確認した。彼が付属の‥と言った小さいダンボールには生食注射キットが入っている。注射の針とかそんなキット、六人分。

 一応マニュアル通り、うちでもらう納品書とクリニックに渡すロット番号などが書かれた確認書を探す。ない‥。

 まだ配達員さんいるかな‥。

 店の外に急いで出ると、車からあわてて降りてくる人。

「すいません、納品書渡してません‥」

 彼の手には納品書だけがある。

「ねえ、ドクターに、クリニックに渡す紙ないかな‥」

「え‥」

 焦った顔で車にもどると、すぐに別の紙を持ってきた。

「ありました、これですね。すいません、今日初めて配達で、ここが最初で‥」

「大丈夫、うちも初めてだしさ、大丈夫だよ。うちはこれでOKだよ。気を付けてね、物がものだからね‥」

「はい‥、ありがとうございます」

 彼はお辞儀をして車に向かった。

「これからさ、長くなるから、よろしくね」

 運転席の彼は窓をあけて会釈してくれた。

 今日は最初の配達日、そしてこちらも最初のお届け日。

 僕はあらためてでかい発泡スチロールを見た。

 この中に大きいドライアイスが二つ、それに挟まれる形で緩衝剤に大切に大切に保護された例のワクチンアンプルが入っているはず。

 今日はわずか2本だ。二か所の医療機関に配る。このでかい箱の中には、目薬ほどの薬がわずか2本しか入っていない。

 これがね、地域の人達を救うんだ。

 そして長い闘いの始まりだね、予定では五十二週とのことだ。

 約一年だ。


 うちの薬局がある自治体では、集団接収はせず、各医療機関にて接種する形になっている。ワクチンはまず保健所、薬剤師会に行き、その後、各医療機関に配布される。近辺の自治体でこの方式はないらしい。

 でも医療機関への配布には細心の注意が必要で、振動もまずいし、冷えたまま配布しなくてはいけない。当然、ポストにポンとか不在だったので翌日なんてはいかない。

薬の取り扱いはやっぱり薬局がなれているし、地域の医療機関とも密接だし、なにより今は緊急事態だから、みんな地域のために必死です。

 医師会と薬剤師会が相談して、

1. ワクチンは保健所から薬剤師会を通じて地域の薬局に特別な運送会社にて配布する。

2. 薬局はすみやかにワクチンを担当の医療機関に届ける。


 かなりというか、シンプルに書くとこんな仕組みになった。

 薬局の担当者で登録販売者の僕は二度の研修を受けてついにこの日を迎えた。

 でも、でかい‥。


 発泡スチロールの中身は確認できない。開けるとその分温かくなるので、最初のお届け先の医療機関で初めて開く。医療機関ごとに緩衝剤が準備され、その中にワクチンアンプルが入っているはずなのだ。信じるしかないね、薬剤師会を。


 さらに、決まり事があった。

3. 徒歩、もしくは車で配送すること。


振動がいけないとは先ほど書いたが、よって自転車はダメ。

でもね、軽いとはいえこのでかさだ。車でもいいとのことで、

「ワクチン配布中」

 というお札も保健所から頂いた。これを車に貼っておくと駐車禁止は免れるとのことだ。

“注射だから、駐車禁止はとられません”と誰かに言われたね。

 まあいいです、今日は最初だし、近くだし、徒歩でいきます。

 午前中は薬局も忙しいので医療機関にお電話し、

「ついにワクチン来ました、午後にお届けします。休憩時間でもいいですか‥」

 と許可を頂いた。

 仕事もひと段落した午後、

「行きますよ」

 薬局のスタッフ、薬剤師に声をかけてから、

「よいしょ‥」

 と発泡スチロールを持ち、薬局の買い物かごに書類と、注射キット、さらに軍手を入れて、もう一方の手で持ち、

“これ、雨ふったりしたらどうしよう、真夏はつらそうだな‥”

 と思いながら徒歩で歩き出した。

 今日はとりあえず、白衣の上に上着を着てね。

 でかい発泡スチロール用にこれまた大きい布のバッグが用意されていて、片手で持てるようにはなっている。さらにそれを肩にかけられるようにベルトまで薬剤師会からもらった。

 軽いんだけどね、運びにくい。

 公園の脇をぬけた。

真昼間に白衣のおじさん、つまり僕が大きい荷物を持って歩いている。

 ふと思った。

 次回からどうしよう。

 白衣は外出時はほとんど脱ぐのだけれど、初回は医療機関も本当に薬局からきたの‥と疑われるのもなんだし、わざと上着だけ羽織ってきた。

 でも、ワクチンは冷えたまま輸送しないといけないってみなさんご存知だし、薬局の白衣のおじさんは地域では面が割れているし、その人が大きい発泡スチロール手に持ったり、肩にかけて白衣のまま歩いているなんてね‥。

 やっぱり想像すれば何を運んでいるかはわかるかな。

 研修では、

「みなさんの身の安全が第一です」

 と最後に言われた。

 強盗、ひったくりは注射の打ち方知らないだろうし、転売なんてできないけれど、次回からは白衣脱いでいこうかな‥。

 

 公園では小さい子供達が遊んでいる。お母さんもいっしょだ。

笑ったり、母親たちで話したりしている。

 “おじさんはもうすぐ一軒目の配達先だよ。大きい荷物だけど、この中には目薬ぐらいの大きさの容器がね、たった2本しか入ってないんだ。あとはドライアイス。がんばってるでしょ、おじさん”

 なんとなく汗をかいてきた。こんなことで緊張するんだな‥。


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