第8話 ひとときの最高な幸せ

いよいよ年の瀬も迫り俺にとって激動の一年が終わる。


今年の年越しはいつも一緒に過ごすヒロ、須田が共に田舎へ帰らなければならず一人寂しく過ごす予定だった。

そこに仏の電話が鳴った。


「アキオ先輩、年越しは何してますか?」

多部からだった。


「今年はヒロ達が田舎に帰ってしまうから一人年越しだよ」


「何かそんな予感がしたんですよ!」

と多部が嬉しそうに言ってくれる。


「私は優香と年越しなんですけど二人でアキオ先輩と年越したいなぁって話してて優香はきっと友達と一緒だから迷惑なんじゃいと言ってだけど私は何故か今年はアキオ先輩一人なんじゃ無いかなぁって思ったんですよ!」


「えー、そんな寂しい人間に見えた?」


「それは無いですよ、アキオ先輩はいつも友達とワイワイしているイメージですから」


それも最近微妙だったが。。


「でも何故か今年に限って一人で年越しをアキオ先輩が迎えようとしている予感がしたんです!」


やはり運命なのだろうか!


「じゃぁ優香ちゃんとうちに来なよ!」


「はい!」


ヒロと須田には申し訳ないが田舎に帰ってくれてありがとう!

凄く楽しみな大晦日になった。


大晦日当日レコード大賞が始まる頃に多部と優香は大量の食材と飲み物を抱えてやってきた。


「お邪魔しまーす」


二人を2階の俺の部屋にあげるとハシャギながら「すごーい、テレビ、冷蔵庫、ポット色々あってずっと部屋で過ごせそう!」


テレビ、冷蔵庫と言っても小型で湯沸かしポットも安売りで買った代物だ。

部屋から出来るだけ出ずに過ごして家族と顔を合わせなくて済む様にバイトの給料で買い揃えた物だ。


「狭いけど真ん中のコタツで寛いで」


8畳の部屋にベット、コタツもあるので手狭感は否めない。


「全然!凄く居心地良さそう!」

二人はきゃっきゃ言いながら部屋中を歩き回っている。


「男の人って何処かにエロ本とか隠してるんですよねぇ」

と優香は疑惑の目と共に本棚を探り始める。


「やめてくれよ。。」


俺が制すると「アキオ先輩はそんなのに興味無いですよね!」と多部がフォローしてくれる。


健全な男子、そんな訳は無い。


しっかり隠し持っているが絶対に見つからない奥底に潜めてある。


でも多部さんの俺に対する健全なイメージを絶対に崩したく無いので万が一にでも探られ無い様にしなければ。


今日の重要ミッションだ!


「そろそろレコ大始まるから席について下さーい!」

二人をコタツに落ち着かせて差し入れのお菓子、ジュースを卓に並べる。


すると優香が意地悪そうに

「そうですよねー、アキオ先輩は純だからいつまでも童貞なんだって宮地が言ってましたからねぇ」


大人の感じの優香にあからさまに見下ろされている思いだ。


「宮地もいらん事言ってるなぁ」

呆れ顔で言うと多部さんは話を変える様に

「アキオ先輩のタイプは芸能人で言うと誰ですか?」

と聞いてきた。


話を変えてくれるのは助かったが凄く興味のある多部の男性経験に踏み込むキッカケを失った。


多部は今まで彼氏は居たのだろうか、既に男性経験はあるのだろうか。


童貞の俺にとって大好きな子にリードされるのは情け無い!と付き合っても居ないのに色々と妄想が先走る。


だいたいそんな事を想像している事自体下品極まり無いではないか!

と頭をブンブン振って我に帰る。


「アキオ先輩どうしたんですか?」

多部が目を丸くして見ている。


多部に良く思われたい、変な所を見せたく無いとの気持ちが余計行動をぎこちなくさせてしまう。。


「いや、色々アイドル思い浮かべては違う違うと考え直してね」


「そんな真剣に考える事じゃ無いじゃないですかぁ」


と優香が笑いながら「私は少年隊の東山かなぁ」

と言うと多部も「あっ私もー、被ってるねぇ」

とケラケラしながら言う。


東山は俺とは全然違うタイプだ。。


どちらかというとヒロがたまに似ていると女子達にチヤホヤされているのを耳にする…


俺も取り敢えず思いついたアイドルの名前をあげる。


「俺は本田美奈子かなぁ」


「えー、全然私達とタイプが違う!ショック‼︎」と多部が膨れっ面をする。


イヤイヤ貴方達から正反対のタイプを仰られたのでは無いか!

と女子達の自分勝手な進行で話はどんどん盛り上がる。


そもそもタイプの芸能人と実際の好みはかけ離れているものだ。

と自分にも言い聞かせてモチベーションを立て直す。


レコ大でテレサテンの時の流れに身を任せてが流れると場の空気が変わる。


俺は多部と運命的な再会をした雪道を送り赤い糸が光った夜を思い耽る。


多部、優香もそれぞれ何かを思うのか3人とも無言で聞いた。


レコ大もいよいよクライマックスに入り大賞が決まる頃、外で舌打ちが鳴った。


自分の原チャリの調子が悪く修理の間借りていた原チャリを友達が取りに来たのだ。


「ちょっと外行ってくるね」


そう言い下に降りて外へ出ると圭吾が立っていた。


彼は中学の同級生で500人いる中でも1.2位を競う秀才でこの地域の一番レベルの高い高校へ通っている。


中学時代は俺も上位で競っていたので仲が良かったが当然今の俺とは距離を置かれていたが優しい奴なのでちょいちょい助けに乗ってくれる。


「原チャリありがとうな!」


「今は学校と予備校と家の往復で原付は使ってないから構わないよ。年末年始はちょいちょい使うけど学校始まったらあまり使わないからまた必要なら言ってな」


なんて優しい奴だ、圭吾にとって何もメリットも無く逆に俺なんかと関わりを持つのはデメリットにもなりうるのに。


「年明けには俺の原チャリも修理から戻るので大丈夫だよ、ありがとう。俺も何か必要な事あったら助けるから言ってな!」

とは言ってみたものの何の取り柄もない半パ者に彼の様な真っ当な奴の役に立つ事なんてあるのだろうか。。


そもそも多部にとっても俺なんかの存在はデメリットになるんじゃないだろうか。


優秀な人間を前にするとネガティブ思考になってしまう自分が嫌になる。

結局俺の行動はコンプレックスの塊から出るものなのでは無いだろうか…


家に戻り2階に上がろうとすると親から呼ばれてリビングに行った。


そこには年末で戻ってきた兄貴も居た。


「あんた、何時だと思ってるの?女の子達をこんな遅くまで居させて何やっているのよ!直ぐに帰しなさい!!」

と金切声で母親が責め立てる。


「うっせーな!」と怒鳴った瞬間突然兄貴が殴ってきた。


ガツっ!


拳は額と目の間にヒットした。


俺はヨロケながらも姿勢を戻し反撃体制を取る。


「やめなさいよ!」母親の叫び声が再び鳴る。


すると今度は親父が立ち上がり俺と兄貴の間に立った。


「アキオ、お前が好き勝手に生きるのは構わんが周りに迷惑を掛けるな!あの娘達のご両親も心配してるんじゃないか?」


「大晦日で初詣行くと彼女達は両親に言ってきてるから大丈夫なんだよ」


「そうか、じゃぁしっかり責任を持って最後まで送り届けろよ!」

親父の言葉には俺を信頼する様な思いを感じた。


殴られ損だけど俺は

「分かった」

と一言だけ言って部屋に戻った。


部屋に戻ると下の騒ぎを聞いていた多部と優香が心配そうにしていた。


「大丈夫、アキオ先輩?」

と戻るとすぐに多部が駆け寄ってくる。


「えっ!大変!瞼が腫れてる!」

どうやら殴られた場所が悪くお岩さんの様に腫れてきていた。


「ホント!大丈夫ですか?」

優香も心配そうに立ち上がり俺の顔を覗き込む。


「二人とも可愛いなぁ」

と心の声が漏れると


「もぉー」

と二人とも安堵の声と同時に俺をバシバシ叩く。


「どちらかと言うとこっちの方が痛いんだけど」


3人で顔を見合わせ二人に

「変な顔〜」

と揶揄われながら再び緩やかな時間が流れた。


既に紅白が始まりチェッカーズのジムアンドジェーンの伝説が流れ始める。


バイクを走らすPVも流れ光輝達との事を思い出す。


世の中で弾かれモノの彼らと俺が過ごした時間は間違いなく今までの人生で一番多くを学ぶ事が出来た。


決まりきった事等では無く勿論世の中では悪とされている行為も自分達が必死で考え正悪を判断し責任を持って行動に起こす。


時には迷惑を掛けるがそれ以上に人の為に生きる事を考える。


まだ未熟な上で結局迷惑が先行し多くを傷つける事もある。


その葛藤がより成長させてくれるのだ。


彼らは若干17、18歳の年で大人や権力者達ともがきながら真っ向からぶつかり正義を探している。


結局中途半端にクビになった俺には何が残ったのだろうか。


今も大切だと思える多部や優香のタメに俺は何が出来るのだろうか。


走馬灯の様に色々と巡り無口になった俺を咎める事も無く二人とも続いて歌われる星屑のステージを聴き入っている。


彼女達も普通の女子高生とは違い世間から少しズレた世界に生きている。


だから周り以上に色々な葛藤を抱えてこんな俺の近くに寄り添ってくれている。


やはり人を守れる力をつけたい。


でもどうすれば良いのか目標が見えない。


ただ少なくとも生きていく意味は見つけられそうだ。


紅白も終わろうとする時間になるとスースーと寝息が聞こえ始めた。


優香が寝てしまった様だ。


いつもクールで強気に見える優香だから人一倍気を張って生きているのだろう。


そんな疲れを少しでも癒す時間を作れるのであればこれも目標の一つだと思えた。


「優香寝ちゃったね」


多部が優しい目で優香を眺める。


俺はベットの布団をそっと優香に掛けてコタツに戻る。


すると多部がコタツの中で足をチョンチョンと蹴飛ばす。


「何?」


と言うと多部がそっと俺の瞼に触れてくる。


「痛そう。。」


「大丈夫だよ」

事実痛みは感じない。


「そう言えばアキオ先輩生傷絶えないよね」


「そうかなぁ。」


「きっと一生懸命生き過ぎなんですよ」

と今度は少し強目に傷を押してくる。


「イテ!」


「ごめんなさい、でもアキオ先輩そんな生き方疲れちゃいますよ」

真剣な顔をした多部が見つめている。


「大丈夫だよ!でも多部がいつも近くに居てくれるならより大丈夫だけど!!」



「それ告白ですか?」

少し間が空いて俺は答えた。


「そっ、三度目のね」


「えーそんな覚えありませんけど」

とシラっと多部は抜かしてくる。


「アキオ先輩、除夜の鐘知ってますよね」


「108つの煩悩だよね」


「これから鳴る除夜の鐘で煩悩108つ清めて下さい、その結果を見てお応えします」


神妙な態度で多部が正座する。俺も習い正座をする。


するとテレビから除夜の鐘が鳴り始めた。


目をつぶり瞑想に入ると再びこの一年の出来事が走馬灯の様に走る。


光輝や菊池、それに少年院に入った和人、皆無事で元気にしているだろうか。


これから多部からの大事な答えを待つというのに何故か彼らの事が頭をよぎって行く。


そしてカウントダウン!10、9、8、〜0その瞬間多部が俺の腕を引っ張り半ば強引に正座をしている多部の膝に頭を乗せられ膝枕状態に。


何も無いかの様に多部は目をつぶり瞑想に入ったまま俺の傷口を撫でている。


多部の体温と鼓動が伝わり俺の愛情が一気に吹き出しそうになる。


いかん、いかん、煩悩を抑えて冷静に。


ギュッと目をつぶったまま除夜の鐘を聴く。


そして108つ目の鐘が鳴った瞬間


「宜しくお願いします」


との声と共に多部の唇が俺の唇に重なった。

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