第5話 権力との不毛な闘い
その日は三多摩以外の東京全土から各支部が集まる大規模な集会だった。いつも以上にルートやトラブルが起きた時の説明が渾々と続く。台数はゆうに60台を超えて一緒に走るルートは限られる。ルートの半分以上は各支部を3分割して走り、途中合流して大規模な走りが展開される。光輝達にもいつもと違う緊張が走る。桜町は早瀬達後輩も含めて6台の9人で北町、堺町の三多摩地区の支部と合わせた20台弱の編成でスタートとなる。時間差で各編隊が集合場所から出発していく。俺らの編成は一番最後であった。
「アキオ行くぞ!」
今夜俺を乗せて走ってくれるのは和人だ。
桜町で役割を持つのはケツ持ちの光輝、信号止めの文也、特攻の早瀬と菊池、そして旗持の成也と宮地。
和人と俺の役割は無いが編成のポジショニングを取りながら絶妙の間隔を保ち走り続ける。
数十分走った所で大きな幹線道路に差し掛かると右から左から川の流れの様に赤いテールランプと爆音が合流してきた。
各支部の旗がなびき大編隊が街道を邁進する。
大規模な編隊の爆音は遠くまで鳴り響き通り沿いには一目見ようとギャラリー達が興奮しながら眺めている。
まるで神輿を見ている祭りの様だ。
しかし祭りと違うのは違法行為で必ずこの規模の集会では現れる警察にパクられる可能性がある事だ。
案の定、爆音を聞き血相を変えてやってくるパトカーがサイレンを鳴らして右から左から編隊の流れを止めようとサイレンを鳴らしながらバイクに幅寄せしてくる。
それをかわして右に左に編隊は散り代わりにケツ持ちがパトカーの行く手を阻む様に後ろに下がる。
ここまではいつもの流れであった。
しかしそれぞれが散って和人と俺、早瀬と菊池の二台がルートから外れて孤立した時に想定外の検問にぶつかった。
後ろからはパトカーが追い込む様に迫ってくる。
マズいと思った時早瀬と菊池が前に出る。
「俺ら突っ込みます」
特攻の役割を持った彼らはその責務からか六尺棒を持ち待ち構える警官達に全速力で突っ込んで行く。
警官達は慌てて左右に散り道が出来る。
「よしっ」その開かれた道を和人が全速力で走り抜ける。
その時だった。
その先に待ち構える第二部隊の警官が振り回す六尺棒が菊池の頭を直撃し菊池はぶっ飛んで地面に叩きつけられた。
「菊池―!」
早瀬がバイクを止めて菊池に駆け寄ろうとする。
そこに大勢の警官達が立ちはだかり早瀬は揉みクシャにされながら取り押さえられている。
その光景を見た和人もバイクを止め菊池を六尺棒で叩き落とした警官にまっしぐらに向かい他の警官を払い除けながらボコボコに殴り掛かる。
俺はその隙に白い特攻服が血だらけに染まっていく菊池に駆け寄った。
「菊池―、菊池―」
頭からどんどん血が流れていく菊池を抱えてただただ名前を叫び続けた。
すると菊池は薄ら目を開けて話しかけてくれた。
「アキオくん、俺死んじゃうんですかね?」「まだ死にたく無いですよ」「好きな女も抱けてねぇのに」
薄らと開いた目に涙を浮かべながら意識を失っていった。
「菊池―!」
和人の叫び声が聞こえる。
和人は警官数人に地べたに抑えつけられ身動きが取れなくなっている。
「そんなのいいから、菊池を助けろよー」
俺は菊池を抱き抱えながら警官達に叫んで訴えた。
和人、早瀬は取り押さえられ俺と血だらけの菊池の周りを囲む警官達は何も出来ずに様子を見ていた。
暫くすると救急車が到着し、救急医達が菊池を取り囲む。
「すぐ止血しろ、脈は?」
現場に緊張感が漂う。
「菊池は助かりますか?俺は泣きながら救急医達に救いを求めた」
「とにかく直ぐに手術が必要な状態です」
「彼の情報が必要なので一緒に来てもらえますか」
救急医が俺に同行を求めると警官が容疑者だからと止めてきた。
「人の命が掛かってるんですよ、貴方達責任を取れるんですか!」
救急医の一人が警官に食ってかかって言った。
「いやっ、どうしても必要で有れば同行させて結構です」
救急医の勢いに押され警官は大人しく菊池と俺が乗る救急車を見送った。
和人と早瀬はどうなるんだろうか。
その不安を抱えながらも俺は菊池の手を握り救急医の質問に答えていった。
「彼の血液型は分かりますか?」
「分かりません。。」
「ご家族の連絡先は?」
「それなら分かります」
菊池の家の電話を伝えると本部に確認して菊池の血液型が分かった。
「A型のRHプラス、一般的な血液型です」
「すぐ輸血の準備を病院にさせてくれ」
救急医が搬送する病院に細かな状態と的確な指示を伝えていく。
「君の血液型は?」
「O型です」
「RHプラス?」
「多分そうだと思います」
「おそらく輸血の出来る血液型の様なので協力して貰えますか?」
「勿論です」
そう伝えると確認用に救急車の中で血を採取された。
救急病院に着くと待ち構えていた医師の軍団が菊池の乗ったストレッチャーを素早く手術室に運び込む。
「緊急を要します、すぐに採血させて下さい」
俺は採血室でタップリと血を抜かれ意識が朦朧とする中手術室前に戻った。
まだまだ手術は続く様だ。手術室前の椅子で菊池の安否を願っているとドタバタと数人の大人達が駆けつけてきた。
菊池の家族だ。
俺はすかさず立ち上がりお詫びを入れた。
「すいません、こんな事になってしまって」
母親と思われる女性が俺を睨みつけて言い放った。
「あんた達のせいよ!あんた達のせいで豊がこんな目に合わされて」
怒りと憎しみを込めた腹の底から湧き出る声に俺は何も答える事が出来なかった。
俺は離れた場所の椅子に移動しひたすら手術が終わるのを待った。
何時間経ったのだろう、主治医らしい医師と看護婦が出てきて両親に話し始めた。
「何とか一命は取り留めました」「脳にも損傷はない様です」
安堵の空気が走った。
「ただ衝撃はかなり強かった様なので予断は許せません、意識が戻って幾つかの検査を行なってみないと後遺症とかの影響は分かりません」
ひとまず命は助かった。
あとは問題なく回復していくかどうかはもう少し時間が経たないと分からないらしい。
少し安心した俺は和人と早瀬が気になり病院を後にした。
地元に戻るといつもの溜まり場に光輝達が集まっていた。
「アキオ、無事だったのか!」
「菊池の搬送に同行してた」
「菊池の容体は?」
「何とか一命は取り留めたけど後遺症はまだ分からないらしい」
「またなのか!」
光輝が口惜しそうに自分の膝を拳で叩く。
「和人と早瀬は?」
「騒ぎで駆けつけた青山くん達が警察と話し合い取り敢えず早瀬は釈放された」
「おそらく菊池の病院に向かってるんじゃないかな」
入れ違いだった様だ。
「和人は?」
「和人はマズい状況だよ、ボコボコにした警官は病院送りになったらしく公務執行妨害は免れないと思う。
「だって奴らが菊池を殺しかけたんじゃないか」
「そんなの奴らは国家権力を使っていくらでももみ消してくるよ」
「今回の事件で和人達がパクられ青山くんたちが警察に出頭しているのにそのまま帰ってこれて俺ら含めて集会参加者の後追いもしてこないのは奴らも大袈裟にはせず内々で処理するつもりなんだろ」
「だったら和人も釈放されるんじゃない?」
「それは甘いよ、警官がやられた相手を絶対に許す訳は無い、その辺の執着心はヤクザ並みだよ」
「和人は暫く帰して貰えないと思うよ」その光輝の読みの通り事件は大袈裟にはならなかったものの和人だけは公務執行妨害で逮捕され余罪もある事から少年院に送られる事になった。
菊池は順調に回復して一月後に退院をしたが俺らのチームに戻って来る事は無かった。
この事件で桜町の過去の事件も知る事になった。
一個上の先輩達の事件だ。
一年ほど前、今回と同規模の七夕集会で同じ様に警官の六尺棒で頭を割られ病院へ運ばれた。
その先輩も命は救われたものの言語障害と半身不随の後遺症が残り、結果自ら命を絶ってしまったのだ。
その弔いで派出所に襲撃を掛け火炎瓶で燃やした罪で先輩たちは逮捕されてしまったのだと知った。
権力に逆らえば力なき俺らは成すすべがない。
ただ、黙って言いなりに権力に従う事は出来ないし、させない。
光輝達が悔しそうに訴える姿を煮えくり返る気持ちで眺めていた。
多部さんと会うのは控えよう…
リスクの多いこの世界で一般な子と絡みを持つのはやはり何かで巻き込んでしまう可能性も高い。
そう思い最後に一目多部さんの姿を焼き付けようとコンビニに出掛けた。
「こんにちは、アキオ先輩」
相変わらず満面な笑みを微笑んでくれる。
すると多部さんが不思議そうな目をしながら俺を見つめてきた。
「アキオ先輩何かありました?」
「えっ何で?」
鋭い多部さんの観察力をかわす様にお菓子やカップラーメンを買い物かごに突っ込みレジに差し出した。
「何かいつものアキオ先輩と違いますよ」
レジ打ちをしながら多部さんは俺の顔を覗き込む。
「まぁ最近色々あって疲れてんのかな」
「アキオ先輩はいつも一生懸命過ぎるからたまには手を抜いてくださいね」
多部さんの優しく温かい言葉が心に染みる。
「多部さんもいつも一生懸命だよ」
「だから好きだなぁって思うよ」
「あっそう言うの簡単に言わない約束でしょ」
「いや、似た者同士だから感性があうなぁって意味」慌てて言い訳をした。
「私もそう思います、なんかアキオ先輩は他人って感じがしないんですよね」
こんな事言われたらけじめをつけようと来た気持ちがブレブレに成ってしまう。
「いつまでも多部さんは一生懸命で居てね」
多部さんがきょとんと不思議がる姿を後に俺はコンビニを去った。
その週末の集会の日、宮地が神妙な顔をして皆に報告があると話を切り出した。
「皆、悪いけど俺チーム抜けるわ」
「え、なんで?」
光輝が驚き聞き返した。
「実は親父が足を悪くしちまって家の仕事本格的に継がなければならなくなった」
「小さいながらも何人か職人も抱えているので責任も重い」
「俺が警察にパクられたりしたら会社を潰してしまうかもしれない」
「人数減ってチームの状況厳しい時に本当にごめん」
宮地の家は住宅設備の会社を経営している。
若干17歳で親の後を継いで会社を切り盛りしていくのには相当の覚悟が必要だろう。
光輝達もその覚悟を感じ取ったのだろう、誰一人否定的な事は言わなかった。
「そしたら今日は宮地の門出祝いだ、思いっきり派手に走ろうぜ!」
俺は宮地が最後を飾る集会で宮地の後ろに乗り始めての旗持を任された。
「アキオ、死んでも旗、離すんじゃねえぞ!」
宮地にハッパを掛けられる。
青山先輩の号令で他のチームと共に爆音を轟かせ幹線通りに出て行く。
加速のGと爆風で旗は何倍の重さにもなる。
非力な俺の腕は既に細かく筋肉が震え悲鳴を上げている。
「アキオ、肩を支点にして持たねえと腕もたねえぞ」
宮地のアドバイスを聞き持ち方を整える。
少し楽に成った。
その日の集会は珍しくパトカーも現れず、敵対チームともぶつかる事無く、平穏に終わった。
「アキオお疲れ、腕キツかったろ」
宮地がニヤニヤしながら旗を受け取った。
腕は痙攣している様に震えが止まらず、肩も擦れと重さでジンジンと痛む。
「旗持キツイなぁ」
素直に言うと皆に情けないとばかりに笑われた。
ただその笑いには凄く温かみを感じられた。
「アキオ、俺のバイクと特攻服やるわ」
宮地が思いもよらぬプレゼントを俺に与えてくれた。
「いいの? 金払うよ」
「俺も先輩から譲って貰ったバイクだから構わないよ、大切にしろよ!」
「宮地が抜けてうちら台数少なくなるからアキオが走れれば助かるよ、ありがと!」
光輝が宮地に先にお礼を言ってくれた。
「ありがとう!大切に乗るよ」
遅れて俺も宮地にお礼を言った。
「アキオ、でも集会で走る前に練習しないとな、モタモタ走ってたら周りに迷惑掛かるからな!」
確かに光輝の言うとおりだ、俺は原付の免許は持っているので50ccの単車型バイクは何度か乗っているが400ccは大きさも重さも全く違う。
特にバイクが倒れて起こす事が力の無い俺にはかなりの難関だ。
早速その日の深夜から光輝の猛特訓が始まった。
公園の駐車場でまずは八の字ターンを繰り返し行う。
クラッチとアクセルの微妙な操作でクルッとスンナリ回ると思えばタイミングが狂うと倒しそうになってしまう。
1週間、ほぼ毎日練習した成果である程度コツを掴み普通の走行には支障の無い程度のコントロールは出来る様になった。
いよいよ明日は自分で単車を走らす集会デビューだ。
宮地から受け継いだバイクはXJ400、通称ペケJだ。
パープルのラメ色にオールペン(全体塗装)された車体に最後部のテールランプ上部に付くツッパリテール、ヘッドライトの上に付ける口ばしの様なピヨピヨと呼ばれるパーツ、鬼ハンと呼ばれる絞ったハンドル、アンコ抜きしてケツをすっぽりと包み込み背もたれと共に真っ白に纏う三段シート、全てが流曲線状に配置され抜群のフォルムを醸し出している。
マフラーはピー管と呼ばれるRPMの芯を抜いての直管仕様。
甲高い音色が響く人気のマフラーだ。
集会時以外は石綿を詰めた空き缶をマフラーの中へ突っ込み針金で留めてある。
通常時の音を抑える為だ。
族車のパーツは何気に可愛らしいネーミングが付いているのが面白い。
強面の奴らばかりだがお茶目な所を持っている人が多いのも確か。
そんな人達が気を許す仲間達と談笑する中出来て広まった言葉なのだろうと思える。
集会当日俺は紺色の特攻服を身にまとい近所のアパートの駐輪場裏からペケJを出し数百メートル先の公園駐車場まで押して行きセルボタンを押した。
「キュルキュル」という音の直後にエンジンに火が点り「ブォー」という低い音が静かに地響きをたてる。
俺はスタンドを蹴り上げバイクに跨り左手のクラッチを握り左足のギアを下に踏み込む。
そしてゆっくりとクラッチを開き右手のアクセルを少しずつ回す。
後輪に動力が伝わり車体が前に動き出す。
住宅街では出来るだけ静かに走らす事もチームの決まりだ。
回転数を上げない様に2速、3速と早目に上げて行く。
低い音でゆっくり進みながら幹線通りに出るとシフトダウンをして思いっきり加速する。
すると今までの低い音とは打って変わって甲高い心地良い音色に変化する。
ノーヘルの顔に冷たい風がぶつかってくるが寒さ、息苦しさに勝り開放感と高揚感が体中を駆け抜ける。
俺が光輝達に憧れていた自由に風を纏う輝き、それを得ているのだ。
今バイクの上では一人で全てを決めて行動を取る。
勿論、ノーヘル、改造車、無免許で捕まれば大きな責任を負う事になる。
それも覚悟の上、周りに押さえ付けられながら生きていく運命を跳ね除け自分の正義、信念を自分の考えで探して行く旅のスタートに思えた。
その中で他人に沢山の迷惑を掛けるかもしれない、だとしたら掛けた迷惑の何倍も人の為になる様な人間になろう。
子供の頃から教えられてきた人に迷惑を掛ける事をしてはイケない!
当たり前ながら凄く大切な事だと今でもそれは変わらない。
ただそればかりに意識をして周りの顔色や機嫌を見て皆んなに嫌な思いをさせない、迷惑を掛けない事に重きをおいてきた結果、自分自身が見えずに誰がか決めた正しいとされる事を何も考えずに従うだけの人間になっていた。
決められたしきたりやルールは権力者や声の大きい人間が決める事が多く、決して平等でも正義でも無いのだと気づく迄は何も疑いを持たずに進めという道に行く、それが正義で楽だった。
でも今はこのままではいけないという気持ちが溢れて大きな壁をぶち破り囲われた世界から飛び出さずに居られなくなった。
そして17歳の今、壁を超え全速力で囲われた世界から逃げていく感じがした。
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