第39話 ビバ ラ プリンセス!

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛

 ヒルダ 家庭教師


 デニス 金髪の剣士

 コック長


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「うん、この歌はいい。玉葱の歌、気に入った。特に『友よ進もう』の部分、ここが特にいい」


 デニスはご満悦だ。

 そして彼も歌い始めた。


「オパ キャマラード パキャマラード パ オ パ オ パ」

『進もう友よ、進もう友よ』『進もう進もう進もう』


 ヒルダも併せて歌う。

 コック長も身体を揺すり、朗々としたバスを響かせる。

 フランツも、そしてわたしも歌った。


「わたしたちは、友だ。もう友人だ」


 デニスが嬉しそうに言う。


「ああ、友だ」


 フランツが肯定する。


 そして彼らは握手した。

 その二人の肩にコック長が手を置く。

 まるで、──わたしが証人ですよ。と言わんばかりだ。

 そうやってバス声を響かせている。


 その楽しげな歌声が天幕の外に響き渡る。


「随分と賑やかだな」

 一人の隊員が言った。


「ここんところ、若、一人沈痛な面持ちで過ごされていたから、こんな楽しげなの久々だあ」


「俺も心配だったんだ。いつも気丈に振る舞っているけど、いろいろと相当に辛かったろうに」


「仇敵のご一行だからどうなるかと思ったけどさ、若、あんなに嬉しそうで、よかったな」


「うん、あん人たちが来て、本当によかった」


 そうやって口々に感想を述べあっている。

 そんなとき、一人の隊員がこう切り出した。


「なあ、俺たちも歌おうぜ」


「玉葱の歌をか?」


「うん、そう」


「俺たちを狗っころという、あの歌を」


「いいじゃねえか」


 そう言って歌い始める。


「ジェム ロニョン フリーア リュル」「ジェム ロニョン コディ エ ボン」

『油で揚げた玉葱がすき』『美味しい玉葱が好き』


「しゃあねえな」と一人が追従する。

 そうやって一人一人と歌の輪に加わり、やがて大合唱となる。


「メ パ ドニョン ジャフ マ ニッキ」「ノ パ ドニョン ア トゥ セ シャン」

『だけどゲルマン人にやる玉葱はない』『奴らにやる玉葱はないぞ』


 特にこの下りになると、隊員たちは半ばやけっぱちになって声を張り上げる。


「ちくしょうめ、俺たちに食わせる玉葱はねえってよ」

「でも、面白れぇ」

「構うこたぁ、ねえ。もっと歌え」


 それが幕舎にも届く。

 わたしは天幕を出る。ヒルダも後に続く。


 そして見た。

 たき火やかがり火、ランプといった明かりを中心として幾つもの輪になり、楽しげに歌う隊員たち。

 手にワインを持ち、それを掲げて歌う彼ら。

 そしてわたし達ふたりも歌った。

 その歌声が彼らにも届く。


「おい、令嬢とご友人が俺たちの前に姿を現したぞ」

「それどころか一緒に歌っている」

「俺たちでさえ知っている大国の令嬢が俺たちと」


 隊員達は目を見張る。

 こんなことは未だかつてなかったからだ。

 貴族階級の子女、しかも隣国にも名前が鳴り響く大国の令嬢が一般隊員と歌をうたう。

 広い大陸の何処にも、長い歴史の中でも、そんなことはただの一度もなかったのだ。

 それが今晩発生している。

 だから隊員達は槍の先に帽子やヘルメットを掲げ、それを持ち上げてさらに声を張る。


「オパ キャマラード パキャマラード パ オ パ オ パ」

『進もう友よ、進もう友よ』『進もう進もう進もう』


 それはもう一際大きく。

 わたしも、ヒルダも、隊員たちも、お互いに友よと声を張って歌う。

 そこに何人居ただろう。

 およそ二〇〇人前後だと思う。

 その彼らと歌う。

 フランツ、デニス、コック長も表に出て歌う。


 そして歌い終わったあと、わたしとヒルダは手を振る。

 隊員達、その一人一人の顔を見るようにして手を振った。

 そうしたらである。


「Vive la princesse!(ビバ ラ プリンセス!)」

『万歳、お姫さま!』


 そう時の声が上がった。

 しかもなんとわたしたちの国の言葉で。

 ゲルマンの民が仇敵と呼ぶ、エルザスの言葉でそう言った。

 さらに続く。


「Vive la princesse!(ビバ ラ プリンセス!)」「Vive la princesse!(ビバ ラ プリンセス!)」

『万歳、お姫さま!』『姫さま、万歳!』


 ヘルメットを乗せた槍を高々と掲げ、声を張り上げる。

 それは夜空を振るわせる大音量となって轟いた。

 何度も何度も。


「カトリーヌお嬢さま、良かったですね」と、ヒルダがわたしの腕に巻き付いて喜んでいる。

「ええ」


 もうそれ以上言葉が出ない。

 胸がいっぱいで何も言えない。

 その代りに、わたしは精一杯、手を振った。


 隣国の、本来なら仇敵の間柄であるというのに、国を離れ、逃亡した流浪のわたしを、「姫」と呼んでくれる隊員たち。

 もう隊員たちはわたしたちの境遇を知っているのだ。

 兵士の情報網というのは想像以上に速い。

 わたしがここに居る理由を、もう全員が知っていた。


 邸宅のスタッフおよび近隣の人々。

 そしていま。

 人は困難にあったときに助けてくれる、また勇気づけてくれる存在を友と呼ぶ。

 わたしと彼らはほんとうに友人となった。

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