第34話 美麗な剣士のコンタクトマテリアル

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛

 ヒルダ 家庭教師


 金髪の剣士


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 飛び出した剣士は足をあげ、勢いそのままに、その足の裏で賊を蹴り押した。


「うあっ」


 賊は道の反対側、緩やかな傾斜を転がり落ちてゆく。


「大丈夫ですか?」


 美麗な剣士がヒルダに微笑む。

 暗闇でもそれと分かる端正な面立ち。

 わずかな残照でも光る長いブロンドがきらきらと輝いている。

 その長い毛の間から、青い目がのぞいていた。


「だ、いじょ、うぶ、です」


 ヒルダはその剣士に見とれながら答える。

 そのとき、二人の横をフランツが駆け抜ける。


 彼は剣士に向かって、「助かるっ」と声をかけ、背後の賊へ突撃を敢行した。

 そして剣戟を繰り広げた。


 ぎんっ、がきん、と剣が打ち合わされる音が響き、その途中途中で、「ぐぎゃ」と悲鳴が聞こえ、賊が倒されてゆく。


 ヒルダは胸の前で両手を握り合わせている。

 震えが止まらないのだ。


 剣士はその震えるヒルダの手をとり、そして身体を低くして片膝をついた。

 その姿勢で彼女の手の甲に口をつけ、「ご無事で何より」と言った。

 ヒルダの震えが一瞬で消える。


 それを確認した剣士は顔をあげた。

 そして固まる。

 初めてヒルダの顔を子細に見た彼は、薄暗がりでもそれと分かるほど顔を赤くしている。


「あ、あの」


 剣士が何かを語ろうとしているが言葉がでない。

 やっという感じで勢いよく口を開いた。


「と、とにかくっ、怪我がなく、なくて、よかうたっ!」


 剣士が言葉をかんだ。

 それを聞いたヒルダは、「はいっ」と微笑む。

 それを受けた剣士も、顔を赤らめたままふっと微笑みを返す。


 彼は立ち上がると、「ご挨拶はまたあとで」と、こんどは噛まずに言い残し、フランツのもとへと駆け出す。

 そして、「わたしも」剣を抜いた。


 その細身の剣。

 レイピアだった。

 薄刃のまるで針のような剣だ。


 腕を伸ばし、その剣先を賊に向け、「お前ら生かして帰すと思うなよ」と冷たい目でにらむ。

 その剣士は握っている剣、その柄を中心にして剣をくるんと回した。

 さらに手首を返してくるんくるんと器用に八の字を描くように回転させる。


 それはロッドを回すコンタクトマテリアルと言う技。

 それで剣を回転させているのだ。

 それが高速なことは剣先の音で分かる。

 もう、びゅうびゅうと空を切っているのだ。


「やさ男が、こんなのハッタリよ」と賊が剣を振りかぶって切りつける。

 それを金髪の剣士はすっと避け、相手の剣を回転する刃でかきんと弾く。そして相手の腕が伸びきったところに突きを加える。

 刺し貫かれた賊は、「ぐあっ」と崩れるようにして地面に横たわった。


「ならこれはどうだっ」


 身体の大きな賊は、剣を両手で振りかぶり、それを力任せに振り降ろしてきた。

 力で回転するレイピアを封じようとしているのだ。


 だけど金髪の剣士は、それをまたも回転する刃でかちんっと軽く弾いていなす。

 そして姿勢が崩れたところを、賊の正中線、つまり身体の中心部にレイピア、その尖った剣先で貫く。


「ぎえっ」


 それは心の臓をに完全に通過して、背中にレイピアの剣が飛び出す。

 すっと剣を引くと、それで賊は白目をむいてうつぶせに倒れた。


「どうした、このわたしに触れることすらできないのか」と剣士は涼しい顔でレイピアをコンタクトマテリアルできりきりと回転させている。

 そして、「か弱いご婦人相手にしか強がれないのか、貴様らはっ!」と剣士はにらみながら前に出る。


 浮き足立つ賊たち。

 もう一方の集団もフランツによってさんざんになぶられている。

 こっちは剛の剣で両断するように切り進んでいる。


 この二名の剣士よにり、無数いると思われた賊は統率が取れなくなり、後ずさる。

 それをびゅっびゅっと回転する刃で追跡する金髪の剣士。


 彼は剣を振りながらこう言った。

「ご婦人はこの世で一番尊いもの。太陽と同じ。なければこの世は暗闇に包まれる。それほどまでに尊くかけがえのない存在、この身にかえても守らなければ成らぬ。それをみだりに手を触れたり、欲しいままにしようとするなっ。その所業、万死に値する。お前らっ、この世から消え失せろっ!」


 そう言い放ち、美麗な剣士は身を躍らせるようにして残った賊の集団に飛び込む。

 回転する刃を器用にもちい、たちまちにして数名、そのすべての心の臓、または喉といった急所を貫いて絶命させた。

 そして賊が崩れ落ちる音を聞きながら、端正な顔の涼しい表情で、「他愛なし」と言った。


 これで賊を始末し終えたと思ったとき、馬車の前方、その離れたところに、さらに新しい集団が現れた。

 その人影の集まりがざわついている。


「あんの野郎、仲間を」

「お前ら集まれ」

「一気にやっちまうぞ」

 そう言い合ってぞろぞろとかき集めている。


 それをフランツと金髪の剣士は見る。

 そして見つめたまま、その方向へ歩き出す。

 二人は並んで、ざっざっと前に進む。


 フランツは、「わたしが前に出る。貴殿は打ち漏らした敵から馬車を守ってほしい」

 そう言って前に出る。

「承知」と剣士は立ち止まった。


 フランツはなおも前に出る。

 そして馬車の少し前で仁王立ちになった。

 胸を張り、剣を右手に、すっくと大地に立っている。


 それを背後から見た金髪の剣士は、──いい男だ、地面に根が生えているよう。と、フランツのことをそう見た。


 ヒルダがコンパートメントに戻ってきた。

 そして二人で成り行きを見守る。

 いまここに凄腕の剣士が二人も居る。

 前にフランツ、その後ろに金髪の剣士。

 その前後二段の構え。


 わたしにはそれがプルートよりも大きく、たくましく見えた。

 この二人が居たら、どんな敵も困難も盤石に防げる。

 そんな気がしていたのだ。


 たけどそんなわたしの気持ちとは別に、賊が集団で押し寄せてきた。

 始めぞろぞろと、その手に得物を持って。

 剣も居るが、槍が多い。

 剣技では敵わぬとみて、槍を主体にして襲いかかろうとしていた。


 賊の集団は一塊になってどどどっと押し寄せてくる。

 人数を頼みとして襲うつもりなのは明白だった。


「野郎っ」

「ぶっ殺せ」

「たった二人だ」

「やっちまえっ」

「女はいただきだっ!」


 そう叫びつつ押し寄せてくる。

 だけどフランツは微動だにしない。

 背後から見ていてもわかる。

 彼は正面を見据え、待ち構えていた。


 だけど。

 背後にいる金髪の剣士が、「わたしにお任せあれ」と言った。

 フランツはそれが何であるのか分かっているようで、肩越しに、んっとあごを引き、「任せた」と言った。


 金髪の剣士は左手を挙げる。

 そして、「者ども、よいかっ」と言った。

 さらに、「よこーやりを(横槍を)」とそこで言葉を切り、タイミングを見計る。

 頃合いよしと見た彼は、大きな声で、「入れよっ」と腕を振り下ろす。


 すると。

 いま、襲い来る賊集団のその真横、そこの茂みから槍が伸びる。

 しかも一本二本ではない。

 幾本もの槍が、そのきらめく穂先をそろえて伸びる。

 そして隊列が、どっと飛び出してきた。


 たまらないのは賊達だ。

 いま、フランツ一人を殺ろうと押しかけているさなかに、その横から槍を構えた一隊に襲われたからだ。

 たちまちにして賊は槍に刺し貫かれる。


「ぎゃあ」

「うわあぁ」

「た、たすけ、ぐあっ」


 無数の断末魔が響き渡る。

 その攻撃は一瞬で終わった。

 つい先ほどまでいた賊は、もう誰一人として生存しなくなっていたのだ。

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