第30話 アナベルからの手紙
この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あ、そうだ、アナベルからの手紙」
わたしは、あの邸宅を出る直前、妹から渡された手紙を思い出す。
それを懐から出した。
あて名もわたしに当てた物で、フルネームが書いてある。
裏は
それを開けて、たき火の明かりで確認する。
手紙は妹アラベルの他に、なんとオーギュスタンからの二通が入っていた。
わたしは神妙な面持ちでそれを読んだ。
それを読み続けていくうちにわたしは涙があふれ出し、そして止まらなくなった。
「ああ、アラベルこんなことになって。そしてオーギュスタン、すべて分かっていたのね」
「カトリーヌ、どうしたんだ」
「お嬢さま、どうしたんです」
その二人の問いかけに、わたしは手紙を差し出す。
「読んで差し支えないのかな」
フランツの言葉に、わたしはうなづいた。
「ええ」
フランツとヒルダは手紙に視線を落とした。
そして次第に目を見開く。
その文面は、抜粋するとこんな内容だったのだ。
『お姉さまへ
この手紙をお読みしているということは、わたしが正気をまだ保っているときに何とかお会いして手渡すことができた、または、もうわたしがこの世に居なくなり、遺品として渡ったのか、そのどちらかだと思います』
そんな書き出しで始まっている。
そして家の近況が書き綴られていた。
『いま、お家の中は、いろいろと変わっています。
知らない人が出入りを繰り返したり、周囲もそれが当然なんだという感じです。
でも、それがわたしは嫌でした。
とくにラジモフという商人は、ずっとほぼ毎日のように家に来ています。
隠れるように夜にも訪れています。
そのようなことをお姉さまに相談しようと思いましたが、結納が近付くにつれてお忙しくなり、門出をじゃましてはいけないと止めました。
さらにフランツ殿のことで非常に心を痛めているのに、これ以上、心配させたら悪いなって黙っていました』
さらに文面はラジモフのことが続いている。
『ラジモフは父と母に取り入り、そして完全に籠絡されています。
何度も母にそれを訴えても、聞き入れてもらえません。
それどころかラジモフにそのことを相談までしているのです。
いわく、娘であるわたしがラジモフのことを誤解していると。
だから説得してあげてほしいと、あの男に要請までして。
そしてわたしは彼の説得を受けさせられました。
あのオピウムの香りを使って。
一応、毒は抜いてあるので中毒にはならないという話です。
でも、精製して匂いの成分を抽出して、それを何倍も濃くした香りを嗅ぐと、頭がしびれて何も考えられなくなります。
そして声に従うしかなくなります。
あの男の言葉が頭にずっと残って、何とか忘れても、再び声を聞くと、また従ってしまう。
あの男は恐ろしい。
わたしは心底恐ろしいです。
でも母を見捨てることはできません。
わたしが側にずっと寄り添ってあげないと、お母さまが可哀想です』
そして、文面はあの会食の下りに差し掛かる。
『あの食事会でのこと、思い出すたびに身体の震えが止まりません。
その会を開催したのは、お姉さまに“説得”を受け入れてくれるようにするというお話でした。
そうしたら家族全員、何もかもうまくいく。
何も心配はいらない。
そうラジモフから聞かされていました。
本当は、その説得ですらいけないことなのに、わたしはそれなら大丈夫と思っていました。
考える力さえ失いつつあります。
だからわたしの発案という形で、家族だけの食事会を開催しました。
そうしたらあんなことに。
お姉さまが死の淵で苦しみ、もだえている声を聞いて、わたしは恐ろしくてただ震えていました。
フランツ殿、ヒルダさん、御殿医ベルモン、さらにメイドの皆さん、厨房のスタッフその他のご尽力で何とか最悪の事態だけは避けることができました。
それを聞いて嬉しいと同時に、後悔から胸が張り裂けそうでした。
でも何とかお姉さまにお会いして、打ち明け、謝罪しようとしました。
何度もそれをしようとしました。
だけど、ラジモフに行くなと言い聞かされ、それに逆らおうとすると頭痛がして身体が動かなくなります。
わたしは意識のある、ただのあやつり人形です。
泣いても叫んでも逆らうことのできない、ただのあやつり人形です。
でも、何とか隙を見てこの手紙を書いています。
意識のあるうちに。
いつの日にか、また、昔のようにお話したいです。
ごめんなさいと言いたいです。
そして許されるなら、笑ってお姉ちゃんと言いたい。
それがわたしの願いです。
ああ、あいつの声が聞こえる。
わたしを呼んでいる。
嫌だ。
声がだんだんとちかづいてくる。
においもこくなってきた。
こわい。
だけどいかなくちゃ』
ここで文面は終わっている。
最後は筆跡が慌ただしく乱れていた。
そしてオーギュスタンの手紙を二人は読み始めた。
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