第28話 才女ヒルダ
この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
馬車は木々を縫って先を進む。
ヒルダは窓から外を見て、普通とは森の様相が違うことを観察していた。
その感想を口にした。
「大木はあるけど、結構、下生えの木は少ないですね」
わたしも外を見ながら言った。
「そうね、外から見るとうっそうとしているけど、毒のせいか中に入ると低木はほとんどないのね」
「うん、毒であまり植物は自生しないみたいだ。そのおかけで道がなくても苦もなく進むことができる」
フランツも同様のことを言った。
「ふうーん、ってことは、ここに生えているのは毒が効かない、または耐性がある植物ってことか」
ヒルダが思案顔になる。
そして言った。
「お願いというか提案があるんですけど、一旦、ここで休憩しませんか」
「そうしましょうか。ねえ、フランツはどうかしら」
「ヴォージュの森で休憩とか、お二人は剛胆だな」そう言ってくすと笑い、「それもいいでしょう」と馬車を止めた。
フランツが二頭に桶で水飲ませ、わたしが飼い葉を与える。
二頭は嬉しそうにそれらを食み、尻尾をふりふりさせた。
そしてヒルダは何やらしゃがみ込んで、わずかに生えている草を採取したり、葉を紙に挟んだりしていた。
「何をしているの、採取?」
わたしは近付きながらそう訪ねる。
「あ、はい。ここの植物、他と何が違うのか気になって」
ヒルダは七歳にして大学入学を果たし、それと同時に学生に講義をした。
一〇歳になるまえに院に進み、一二歳では教授の資格まで取得した才女というには言葉が足りないほどの才能を持っている。
だけど普段は紅茶を入れるのがうまく、ケーキが大好きな女の子でもあった。
そのヒルダがうんしょうんしょと鉈で、高所の枝を落としたりしている。
切り落とした枝がヒルダに降りかかる。
「きゃっ」という声がする。
こんな才女らしからぬところがあるのも、ヒルダの可愛らしさだ。
「どれ、枝が欲しいのなら俺が切ろうか」
フランツが、剣を手にして話しかける。
「あ、お願いできますか。なら、あそことあれ、そしてあれも」と指さす。
フランツが手にしているのは先ほど邸宅で用いていたのとは別のものだった。
彼が軽く振るうと、まるで空を切るように軽く薙いだだけどいうのに、太い枝がばさりと落ちる。
さらに
それを馬車の天井にくくりつけると、ヒルダはガラスの空き瓶をいくつか手にして沼に向かった。
「大丈夫?」
わたしが声をかける。
「あ、はい。いまの時間なら問題はないかと」そう言いながら、彼女は沼の水、そして泥をいくつか採取した。
ねじ込み式の蓋をきっちりと閉めて馬車の水で洗い、蓋をロウで封をした。
それを布で包み、ぎゅっぎゅっと馬車の物入れ、その一番下に押し込んだ。
「これでよし」
ヒルダは満足そうだった。
「あとで調べたりするの?」
わたしがそう訪ねた。
「ええ、とても気になったものですから」
ヒルダが手を拭きながら答える。
「そう言ったこと大好きですものね」
「好奇心もありますけど、でも、それだけではなくて」
「と、いうと?」
「この森、何かに使えないかなって」
「ヴォージュの森を」
こんな恐ろしい森。
通り抜けるだけでも決意のいる森を、ヒルダは何かに活用しようとしていた。
「帰るとき、再びここを通過することも考えられますので、それで調べられるだけ調べようと。まだ具体的にどうしようと決まっているわけではなくて、まず毒の正体を知りたいなって」
「ヒルダってすごいわね。そんなことを考えるの、あなただけよ」
「そんなことないです」
「いや、ヒルダ嬢はすごいよ。自分なんか、ここを早く抜け出ることしか考えていないのに、マスク作ったり、採取したり、才女は目の付け所が違う」
「そ、そんな」
ヒルダは顔が赤くなる。
これまで大学では、「子供のくせに」「女が偉そうに」と影で文句を言われていた。
学問の場には、そんな風潮がはびこっていたのだ。
それを気がつかないフリをしていたけど、二人は真正面からやっていることを認めてくれた。
それが嬉しいと同時に、何やら気恥ずかしい。
それで顔が赤くなった。
「もう採取終わりましたから、そろそろ行きませんか」
気恥ずかしさから逃れるかわりに、そう提案した。
そして馬車に戻り、森を抜けるために先に進んだのだった。
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