第25話 騎馬隊の追跡

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛

 ヒルダ 家庭教師


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 馬車は暗闇だというのに速度を保ったまま突き進んで行く。

 それはこの馬車がフランツ、そして皆の協力で用意してくれた、足回りの良い馬車だったからだ。

 それで悪路をものともせず走っていられる。


 やがて橋が見えた。

 それを渡れば囲みを突破して安心できる。

 そう思われた。


 だけど。

「ちぃ、橋に検問ができてる」


 フランツが悔しそうに吐き捨てる。

 見ると、たしかに橋の入り口と、対岸の出口に検問ができていた。

 そこはかがり火がこうこうと焚かれ、東方商会の傭兵が警備している様子が見えた。


「そんな、もう警戒線が張られている。そうか、あの信号弾で用意したのね」


 ヒルダも悔しそうに言った。

 あのラジモフが放った信号弾。

 それで橋に検問ができたのだと、それぞれが思った。


「橋が使えないとなると、大河を渡れない。仕方ない、このまま北上しますっ!」


 フランツは馬車をそのまま真っ直ぐに走らせた。

 少し河から離れ、橋の検問から見えない位置を保ったまま草原をひた走る。

 発見されないように前照灯と室内のランプは灯していなかった。

 月は地平線のしたに隠れているので周囲は真っ暗だ。

 そして雑木林の小道にはいり、そのまましばらく進んでから、また草原に出た。


 目の前に北の山脈にかかる巨大な関が見えた。

 プルートだ。

 国境の守り神とも讃えられる城壁。

 それが、無数のかがり火で夜にも明るく浮き上がっている。

 わたしはそれを見た。


「あれね、フランツが言っていた旗は」


 まだそれほど近付いてないと言うのに、東方商会の旗が沢山並んでいる様子が見て取れた。


「なんですか、まるで占領されているみたいじゃないですか!」


 ヒルダもその異様な光景を口にする。


「ええっ。せっかくですから、遠目にも一度、お目にした方が宜しいかと思いまして。この距離なら、あそこからは我々は見えません」


 わたしたちはプルートを遠巻きにして、それに平行するようにして馬車を走らせている。

 そして森への道へと差し掛かったとき、商会の巡察騎馬隊と出くわした。


「こんな所でかよっ」


 フランツはそう悪態をつき、馬首の方向を変えた。

 わたしたちは森への道へと向かう。

 巡察騎馬隊もその後を追ってきた。


「ボン・エトワールとポラリス、がんばれ。森に入ったら速度を落としていいからな」

 フランツは二頭の馬にそう声をかける。


「え!? 森に入ったら速度を落とすんですか。だって騎馬隊の集団をまくなら森で速度を上げないと」


 思わず声をあげたヒルダの疑問はもっともだった。


「いいや、このあとも何処まで進むかも分からないから、森に入ったら無理をしないで速度を落とします」


 わたしは彼が確信に満ちていることが分かった。


「フランツ、何か考えがあるのね」


「ええ、追っ手をまくいい方法があるんです。わたしが戦場にいたときに身につけた方法です。それをします。ですから、ヒルダ嬢、森に入ったら御者を代わってはいただけないだろうか」


「え、わたしがですか。いいですけど、それほど上手く御せないですよ」


「大丈夫です。あわてないで、自分が御せる速度を維持してくれるだけで十分です。それに、この馬は頭がいい。指図しなくてもちゃんと障害物を避けてくれます」


 やがて馬車は森に入った。

 フランツは予告通り、馬車の速度を落とした。

 だから巡察騎馬隊との距離がどんどんと縮まってくる。

 その段階でフランツはヒルダと御者を交代した。


「危険と思ったら速度を落としていいからね」


 そう言って手綱を渡す。


「は、はい」


 緊張した面持ちでヒルダがそれを受け取り、ぎゅっと掴む。

 フランツはコンパートメントの後席までやってきて、後部の扉を開けて外をうかがう。

 そして弓を手に、背後に向かって声を張った。


「この馬車にはフォルチェ家長女、カトリーヌさまが御座されている。それを知っての追跡か。お前ら、どこの所属だ。官、姓名を名乗れ」


 だが、それに騎馬隊は答えない。

 それどころか、ますます近付いてくる。


「もう一度言う。この馬車は御姫ぎみ、カトリーヌさまがご乗車されている。それを領内で追跡するとは不届き千万、無礼にもほどがある。それを知っての所業なら、我にも、それ相応の相手をする所存である。所属、官、姓名を名乗るか、それとも引き返すか、何れかにいたせ」


 だがである。

 騎馬隊は無言で増速して近付いてくる。

 やがて騎馬隊は矢を放ち、かきんっと音がして馬車後部に貼り付けられている鉄板に当たって跳ね返った。

 それが答えだと言わんばかりだ。


「警告したぞ!」


 フランツは身体をさげて右足のかかとの上にしゃがみ、身体の左を扉の縁にぴたりと寄せた。

 そして左足のつま先をとんっと置いて姿勢を安定させる。

 その姿勢を保ったまま矢をつがえる。

 ぎりりっと引き絞られ、息を止めてそれを放つ。


 びゅっと飛んだ矢は馬群の中央に吸い込まれ、「ぐあっ」という悲鳴ののちに、どさっという落馬の音が響く。


「まだこれでも追跡を止めぬか。ならば、容赦はせぬっ」


 その返答とばかりに、こんどは数本の矢が同時に飛んできた。

 だけどそれも鉄板に阻まれて跳ね返された。

 わたしが見たところ、馬車後部は鉄の板で装甲がほどこれさていた。

 それで矢を受け付けぬのだ。


 フランツはまたもやぎりりっと矢を引き絞り、それを放つ。

 再び悲鳴と落馬の音がする。

 そして今度は連続で矢を射った。

 その度に悲鳴と落馬という、同じ光景が繰り広げられている。

 わたしはそれを後部の窓から目だけをのぞかせて見ていた。

 やがて騎馬隊は一人残らず全て撃ち倒され、追跡する者は居なくなった。


「すごい、全部倒しちゃったの?」


 驚いたわたしは、おもわず声を発した。

 フランツは後方の闇を警戒して見つめている。

 そのままの姿勢で言った。


「造作もないです」


「でも、もう一人も残っていない」


「いや、わたしの弓の腕前とか関係なく、相手の問題です」


 それを聞いたわたしは分からないと首をかしげて見せた。


「あやつらは兵士ではありません、暗殺者です。それが集団となって軍隊のまねをしている、それが理由です。それをいまからご説明します」


「お願い、フランツ」


「ここは森の一本道、そして左右が狭い。そこをただ密集して追跡したら、その集団に矢を射ったら誰でも当たります」


「そうなの?」


「ええ、こんなことは大抵の兵士なら知っています。だから追跡や追撃する場合は密集しないで散って行動し、そして位置をたえず変えて狙いを絞らせないようする。そうすれば、先ほどのように簡単には全滅させることは難しくなります」


「速度を落としたのもそのため」


「はい。暗いから離れると狙いがつきにくくなる、だから速度を落とせば簡単に接近できる。そして相手は密集している。そこにただ真っ直ぐに矢を射るだけ。ね、簡単でしょ」


「じゃあ、わたしの名前を出したのも。だって素性を隠しているのに、フランツ、わたしの名前を大声で伝えましたものね」


「お嬢さまのお名前を出したのも理由の一つです。しかも、大声で、二度も。そうしたらあの者ども、目をぎらつかせて速度を上げたのです。それを見て分かりました、ああ、懸賞金がかかっているなと。だから俺が先に捕まえるのだと、我も我もと連携もせずにしゃにむに突っ込んできました。もうそうなったら、この状況では的でしかありません」


 そう言って微笑むフランツ。

 暗がりでもそれとわかる明るい笑顔。


「はあー」


 わたしは素直に感心した。


「まあ、その真っ直ぐに射るというが一番難しいのですけど、とくに揺れる馬車や鞍上では尚のこと難しくなります。でも、この馬車は先にも言ったように、もとはお家の送迎用で架台がいい。だから揺れが少ないので矢を放つ姿勢が安定します」


「それでこの馬車をしつらえたのね」


「いいえ、違いますよ。お嬢さまとヒルダ嬢が長旅で疲れぬようにです。弓で射やすいなどは、ただの余録です」


 その言葉を聞いたわたしはフランツを誇らしく思った。

 わたしの大好きなフランツ。

 子供の頃から側に居て、いつも守ってくれた彼。

 その彼をないがしろにして婚約したことを、わたしは本当に心の底から後悔していた。

 いくら母の墓と離れたくないからといって、そのような決定を一人でしたことは間違いだった。


 でも彼はそんなわたしを攻めないで、こうやって、襲い来る困難を次々と打ち払ってくれている。

 だから彼のために尽くしたいと、強く願っていた。

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