第10話 フランツの蘇生術
この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
フランツ 護衛
ヒルダ 家庭教師
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その間も、わたしは呼吸できずにただあえいでいた。
だんだんと息が細くなり、やがて呼吸が止まる。
気絶したのだ。
それをフランツは見た。
瞳孔が拡大して光を失ったわたしの目を。
「お嬢さまっ」
彼が叫ぶ。
だけどわたしは意識を失っている。
「お嬢さま、気をしっかり」
彼はわたしの頬を叩く。
ぱんぱんと、何とか意識が戻るように。
だけどわたしは何も反応を示さない。
フランツは普段はわたしの護衛をしている。
だけどもう少し若い頃は戦場にも赴いていた。
騎士として戦ってもいたのだ。
だから彼は人の死というものを沢山見てきた。
その彼からしたら、その瞳孔の拡大と光を失った瞳、それは死。もしくは死に至る直前。そのサインだった。
「お嬢さま、ごめんっ」
そう言ってフランツはわたしのドレスの胸をくつろげる。
そして心臓マッサージを始めた。
肋骨を強く押し、骨越しに心臓を動かす。
強く強く胸を押す。
「お嬢さま、逝かれてはなりませぬ。わたしが逝かせません」
叫ぶようにしてマッサージを繰り返す。
そして胸に耳を当てる。
まだ鼓動はない。
そしてフランツは息を吸い、わたしに人工呼吸をした。
鼻をつまみ、わたしの口を覆うようして息を吹き込む。
さらに心臓マッサージを続ける。
「お嬢さまっ、お嬢さまっ、早くお戻りを」
フランツは何度か繰り返す。何度もそれを繰り返した。
そしてである。
わたしは、「かはっ」と息をした。
だけどまだ完全に息を吹き返していない。
意を決したフランツは、「お嬢さま、苦しいでしょうが耐えてください」と言い、わたしの口に指を差し入れる。
そして舌の付け根をぐいっと押した。
そうやって強制的にえんげという食道の作用によって胃の物を強制排出する。
それをタオルを敷いたトレーの上に出す。
さらに水を自ら含み、それを人工呼吸の要領でわたしに強制的に飲ませる。
もう一度指を差し入れ、掻き出すようにして胃の中を空けてゆく。
そしてあらかた出し終えたころ、ヒルダが到着する。
「お嬢さまの容態は」
難しい顔をしたフランツが説明する。
「一度は気を失い呼吸が止まった。だけど蘇生術で何とか息だけは」
その間にもメイドたちが次々と品物を運び込む。
それをベッドの脇にずらっと並べた。
簡易ストーブも設置され、起こした炭火でお湯を沸かし始める。
「胃の洗浄を続けましょう」
漏斗で水を飲ませ、そしてホーローの洗面器に胃の中の物を洗い出し、それをメイドが流しに持ってゆくという行程が繰り返された。
それでもわたしは浅い呼吸をするだけで、まだ意識までは回復していなかった。
その作業をフランツが続けているさなか、ヒルダがシルクストッキングを手にして、その中に海綿と炭を詰め込む。
「それはいったい」
「これで胃の中のものを吸着させます」
ヒルダはそう答えながらも慌ただしく手を動かす。
そして細長いストッキングの詰め物を何本か作った。
太さは数センチの棒状。
中には炭と海綿が入っている。
それをまだ意識を回復していないわたしのノドに差し込む。
するすると入ったそれは胃に届き、中の液体を吸収する。
ヒルダは時計を見つめて時間を計り、頃合いと見てそれを抜き取る。
「よしっ、かなり吸い取っている。これを続けます」と言って、ヒルダは同様に胃の中を吸着させてゆく。
何度かそれを繰り返して、もうかなり胃の中がきれいになったというのに、わたしはまだ意識を回復しない。
顔を青白くして、か細い呼吸を続けるだけだった。
「まだ意識がお戻りにならない」
フランツが苦悩を絞り出す。
「もうこうなったら」
ヒルダは小皿をたぐり寄せる。
「それはいったい」
そのフランツの問いかけに、ヒルダは、「フグの肝、卵巣です」と答える。
「猛毒の、それをどうなされる」
「これをお嬢さまに飲ませます」
フランツは驚いた顔でそれを聞いた。
だけど止めたり諫めたりはしなかった。
ただ、「覚悟はおありなのですね」と聞いた。
彼女はこくんとうなずき、「ええ」と肯定したあと、「毒をもって毒を制します」と言った。
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