第6話 家庭教師ヒルダ
この話の主な登場人物
カトリーヌ 主人公(わたし)
ヒルダ 家庭教師
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしが翌朝目を覚ましたときには、すっかり気分が良くなっていた。
傍らには床に座り、ベッドに伏せているヒルダが居る。
彼女は一晩、わたしを介抱し続けてくれていた。
薬を処方し、水でしめらせたタオルで額をぬぐい、そしてゆっくりとわたしに語りかけてくれていた。
その優しい声色を聞いているうちに体調も落ち着き、そして安堵して眠ることができたのだ。
そしていま、陽光に注ぐ室内で、ブロンドのヒルダがベッドに頭を預けてくーくーと寝ている。
わたしは感謝で涙がにじむ。
「ヒルダ」
わたしは彼女の名をそっと呼んだ。
そのときヒルダが目を覚ます。
「あっ、いっけない。すみません、つい、寝てしまいまして」
「いいの、いいのよ、ヒルダ。一晩ずっと見守ってくれていたのでしょ。さ、こちらの空いているところに横になって」
わたしは身体をずらしてベッドの上にスペースをつくる。
「いけません、お嬢さま。そんなわたしめに寝床を提供するなど」
「構いません」
「いえ、臣下の礼だけは逸してはならないと厳しく躾けられていますので」
「それじゃあヒルダ、これからは臣下ではなく、友人として接していただけないかしら」
「友人、わたしとですか?」
「ええ」
「そんな、勿体ないお言葉。恐れ多すぎます」
「無理やりみたいで嫌かしら」
「嫌、ではないです」
「それじゃあ」
「あ、でもお嬢さま、一つだけお願いがあります」
「何かしら」
「ご友人ということでも、これまでのようにカトリーヌお嬢さまとお呼びいたします」
「それは周囲への配慮から?」
「はい、急に呼びかけが変わっては何事かと周囲がざわめきます。わたしがお叱りを受けるだけなら構いませんが、臣下に甘すぎる、節度を守らせろとお嬢さまに累が及ぶのではないかと心配です」
「わかったわ。でも、これからはお友達でいましょ」
「はい」
「それじゃあ、友達としてお願いするわ。ヒルダ、遠慮しないでベッドで横になって、ね」
「でも、さすがにすぐにそれでは、やっぱり恐れ多いとうか」
「いいのよ、一晩見守ってくれた友達が寝不足なんだもの。座ったままでは疲れも取れないわ」
そう促してもヒルダは、まだためらっていた。
「でも」
だからわたしはもう一押し言葉を足した。
「またわたしが具合悪くなったときのためにも、ヒルダに疲れを取ってほしいの」
本当はそんな提案をしたくはなかった。
具合が悪くなったときのために、それまでに疲れを取ってほしいって、それは、やっぱりまだどこか臣下の関係が残っているということだからだ。
でも、同時に、そこまで言わないとヒルダは遠慮したままだと思ったのだ。
「そういうことなら、お嬢さまの寝床、一部お借りします」
やっと了承してくれた。
それから二人してナイトドレスに着替える。
わたしのほうが背が高いので、彼女に渡した丈が少し長い。
「裾が余っちゃいますね」
ヒルダが裾を持ち上げ、鏡の前でくると回る。
「でも、よくお似合いよ」とわたしは微笑む。
そのようなやりとりのあと、ヒルダがうやうやしくベッドに横になってくれた。
「これからも頼りないわたしを守ってほしいの、お願いします」
「そ、そんな」
ヒルダは顔を赤くしてうろたえる。
わたしはそれをほほえみで見る。
そして陽光が降り注ぐなか、わたしたちはまどろみ、身体を癒やした。
一眠りしたあと、侍女を通じてフランツから容態を気づかう手紙が届けられた。
いくら護衛の彼でも、乙女二人が寝ているところに入り込むような不作法な男性ではない。
だからそんな手順になる。
銀のトレーに乗せられた手紙をわたしは受け取る。
そこに書かれていたのは、別室にて控えているので何かあったら遠慮無く申し出てほしいという内容だった。
それにもわたしは勇気をもらう。
友人となったヒルダ、そして子供の頃からわたしを守ってくれるフランツ。
わたしは二人に感謝しかない。
だけどである。
わたしが休んでいるあいだ、家族は容態の確認に一度もこない。
それは許嫁であるオーギュスタンも同様だった。
家臣に状態などは聞いているのだろうが、直に声をかけるととか、心配する声かけなど一度もなかったのだ。
家族は、ただ、観測しているだけ。
それがわたしの家族、そして許嫁だ。
本当のことを言うと、家族の態度よりもオーギュスタンの態度にわたしは戸惑いを覚える。
彼はわたしには心砕かない。
心配してくれない。
必要な義務だけをたんたんとこなしているだけ。
この体調の変化が義理妹のアナベルなら、彼はきっと必死になって看病するだろう。
それが分かるから心に苛立ちを覚える。
それは嫉妬とは少し違う。疎外感というものかも知れない。
いずれにせよ嫌な感情だ。
どうしてもそれがわき上がってしまう。
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