第3話 二人の演技

 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 ヒルダ 家庭教師


 オーギュスタン(オーギュ) 許嫁

 アラベル 妹


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 自室に戻りドアを閉める。

 疲労感が一気に押し寄せてきた。

 アナベルのことを思う。


 以前は仲が良かった。

 わたしは妹ができて嬉しかった。

 だからわたしは妹を精一杯に可愛がったし、アナベルもよく懐いてくれていたと思う。


「おねーちゃん、おねーちゃん」とわたしのあとを着いてきて、そして二人して草原で花摘みをした。そして、「おねーちゃん、おひめさま」と言って花冠をわたしの頭に乗せてくれた。


 わたしも、「アナベルお姫さま」と言って豪勢な花冠を乗せる。

 それにとても喜んでくれて、「ありがとう」と頬にキスまでしてくれた。

 本当に可愛かった。

 まるで天使のようだった。

 そんな日々もあったのだ。

 でももう遠い昔の話。


 そんなことを懐かしく思い出していた。

 と、そのときノックの音がする。


「どうぞ」


 入ってきたのは家庭教師のヒルダ。

 ネコ目の目尻がクッキリとした面立ちの整った少女だった。

 年齢はわたしより一つ下の一九歳。

 それでありながらもう大学課程を終了している。

 才女だった。

 その才女ヒルダが心配そうな顔をしている。


「カトリーヌお嬢さま」


 くらい表情でそう言った。


「見ていたのね」


「ええ、二人ともあんな堂々としていたら、どこからでも見えます」


「そうよね」


 わたしには言葉がない。

 かわりに紅茶を頼んだ。

 ヒルダは学問だけではなく紅茶を入れるのが上手だった。

 湯気の立つカップを手に、二人してソファに座る。

 つっと一口飲んだ。


「それで、いいんですかお嬢さま。二人をこのままにして」


「わたしにもどうしたらいいのか」


「オーギュスタン殿は許嫁であるカトリーヌお嬢さまを差し置いてアラベルさまばかりお連れ歩いている。そんなのって」


「わたしが大事だから、義理の妹も可愛がるんですって」


「そんなの建前が過ぎます。それでお父様さまとお母さまはなんておっしゃっているんですか」


「それは……」


 両親はアラベルを溺愛している。

 その理由はわたしとアラベルは母親が違うのだ。

 わたしは前妻の子だった。

 母はわたしが六歳のときに病で死んだ。


 そのすぐ後に再婚して生まれた子がアラベルだった。

 だからわたしは栗毛、そしてアラベルはブロンドと髪の色も違う。

 そして両親は妹のわがままを何でも許した。

 それは今も変わらない。


「まだ小さな妹に嫉妬するなんてみっともない。アラベルに兄が居なかったから嬉しいのだろう、そんなことも分からないのかと窘められたわ」


「カトリーヌお嬢さまは優しすぎます、そして自分を押し殺していらっしゃいます。がまんなさらず、一度、アラベルさまにちゃんと言わないとだめです」


「そうかな」


「そうですよ。このままずっと黙って婚礼を迎えるおつもりですか。そして、そのあとに平和な結婚生活が営めるとお思いですか」


 それはわたしも思っていた。

 このままオーギュスタンと家庭を持ったとしても、アラベルが入り込んできたら崩壊するに決まっている。もし仮に崩壊しなくても、わたしはずっと我慢を強いられることになる。それは嫌だ。


「一度、ちゃんと言ってみようかな」


「それがいいですよ」


 ヒルダが頑張れって態度で示すように、胸の前で両拳を握って、小さくふんっと息を吐いた。

 わたしは決意を固めた。

 帰ってきたら、妹とちゃんと向き合って話し合うのだと決意した。


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