第2話 妹との関係


 この話の主な登場人物


 カトリーヌ 主人公(わたし)

 フランツ 護衛


 オーギュスタン(オーギュ) 許嫁

 アラベル 妹


  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 館に着くと、わたしは馬車を降りる。

 オーギュスタンは先に降りてエスコートをしてくれない。

 それをしてくれるのは護衛のフランツだ。


「お嬢様、足下に気をつけて」


 そう言って手を差し出してくれる。


「ありがとう」


 その彼の手をる。

 これがいつものやりとりだ。

 本来はオーギュスタンの役割であるはずだ。

 でも彼は馬車から降りようともしない。


「では、ごきげんよう」と言って中から手を振るだけだ。

 わたしも手を振って、屋敷へと戻る。

 ほんの数歩、歩く。

 そのとき、目の前。

 屋敷のドアが勢いよく開き、中から何かが飛び出してきた。


 長いブロンドをたなびかせながら、レースのついたスカートの裾をまくって勢いよく走ってくる。

 妹のアラベルだ。


 わたしに目もくれず、一目散に脇を通り抜ける。

 彼女の金髪とわたしの栗毛が交差する。

 そのすれ違うときに微かに甘い匂いがした。

 何のコロンかわからないけど、ときおり、そんな甘い匂いがする。

 そして、ここ最近はそのコロンを付ける回数が多くなり、匂いが濃くなっている。


「オーギュさまっ」


 そのとき馬車の扉が開き、オーギュスタンが姿を表す。

 そして言う。 


「アラベルッ」と。

 満面の笑みで出迎える。

 そして両手を開いた彼の腕の中に、妹が飛び込む。


 そして連呼する。

「オーギュ、オーギュさま」と。


 それを受けて彼も連呼する。

「アラベル、ああ、アラベル」と。


 そして人目もはばからずに抱擁する二人。

 それを見ているわたし。


「オーギュさま、きょうはもう終わったの?」


「今日のしご、いやデートは終わりだよ」


 “仕事”と言いかけてデートと言い直した。

 それは、わたしとのデートが彼の仕事でしかないという本心。その現れ。

 それが言葉でなって出かかっている。

 わたしの目の前で。


「じゃあ、きょうはもうお帰りになるのね」


「ああ、戻りながら街で買い物するつもりだ。そうだ、アラベル、一緒に街まで来ないか」


「よろしいのですの」


「構わないさ、何でもほしい物を買ってあげる。そして帰りにカフェに寄ろう、おいしいタルトのお店があるって話だ。そこへ行こう」


「うれしいっ」

 そう言ってアラベルはオーギュスタンにさらに抱きついた。


 ──下手な小芝居。


 わざと衆人監視の前で、さも帰るついでに誘ったという小芝居を繰り広げている。

 二人でこそこそと出掛けたらあらぬ噂がたつ。

 だけど婚約者の目の前でどうどうと誘えば、それは、妹を可愛がる義兄という仮面をかぶることができる。

 そんな小芝居だ。


 わたしはきっと歯をかむ。

 彼は誘ったわたしを無視して妹のアラベルを誘う。

 しかも目の前で。

 厳しい表情をしていのだろう。


「お嬢さま、わたしが一言注意してまいりましょう」


 フランツが難しい顔で前に出る。

 それをわたしは押しとどめる。


「やめて」


「でも、お嬢さま、これでは」


「もうこれ以上、恥をかきたくないの。わかって」


「すみません、出過ぎた真似を」


「ううん、いいの。そしてありがとう、わたしに気づかってくれて」


 その会話の間もオーギュスタンとアラベルの二人は楽しそうに会話を続け、そして馬車へと乗り込む。

 しかもオーギュスタンは妹をエスコートしているではないか。

 わたしには決して差し出さない手。

 それで妹の手をうやうやしく取り、馬車へ乗り込むことをサポートしている。


 そのとき、妹のアラベルがわたしの方をちらと見た。

 そして目が合った。

 彼女はふっと薄笑いを浮かべる。

 その勝ち誇った表情。


 ──貴女の大事な物はわたしの物よ。


 そう言っていた。


 そして馬車の扉が閉まると、やがて走り出す。

 わたしはそれを敗北感に包まれながら見送るしかなかった。


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