第4話



 新入生の入学初日だ。トラブルが起きないように生徒会のメンバーは一年生の教室のある棟を中心に見回っていた。

 テオジェンナもユージェニーと共に一年生の教室前をあちこちに目を配りながら歩いていた。

 そこへ、


「あ。テオジェンナじゃねえか! おーい!」


 野太い声がして、後ろからどかどかと大男が駆け寄ってきた。ガチガチに筋肉質な体に強面の顔に、一年生達が怯えて道を避けている。


「ロミオ。何か用か?」

「可愛い弟の様子を見に来たんだよ! どうせお前もそうなんだろ!」


 がははっと豪快に笑う大男は岩石その七ことゴッドホーン家七男、つまりルクリュスの兄である。

 ちなみに、ゴッドホーン家では長男から七男までが岩石その1~その7であり、父であるガンドルフは岩石その0・オリジンである。


「私は生徒会の仕事だ。ルクリュスのことを見に来たわけでは……」

「うっそつけ! お前は昔っからルーにべったりだろうが!」


 がはははと笑うロミオは岩石侯爵家の岩石成分を余すところ無く受け継いでいて、裏表のない性格で実に気持ちよくデリカシーのない男だ。


「私はっ、別にルクリュスのことなんてっ」

「あ、ロミオ兄さん。テオ」


 教室から出てきたルクリュスが、兄とテオジェンナを見つけて嬉しそうに手を挙げた。

 テオジェンナはびっくーんっ!っと肩を震わせた。


「おー、ルー。学園はどうだ?」

「まだ初日だよぉ。兄さんもテオもいるから心配していないよ」


 ね? と下から顔を覗き込まれて、テオジェンナは高鳴る胸を落ち着かせてから、ルクリュスの方へ目を向けた。


「あ、ああ。お、幼馴染として、何かあれば力になる……」


 言い掛けて、ふと、テオジェンナはルクリュスの隣に立つ小さな姿に気付いた。


「あ。兄さん、テオ。紹介するよ。同じクラスのセシリア・ヴェノミン伯爵令嬢」

「初めまして」


 セシリアは深々と頭を下げた。


 日の光にきらきらきらめくふわふわの金髪に、夏の海のような青い瞳、白い肌とほんのり桃色に染まる頬、小さく華奢な手。

 小柄なルクリュスよりもさらに小さい、掛け値なしの美少女だった。


 テオジェンナは「ぴしゃーんっ」と雷に打たれたような衝撃を受けた。


(か、かわいいいいいっ!!)


 セシリアは妖精のような少女だった。

 ルクリュスと並ぶと、まるでお伽話の幸せなラストシーンのようだ。妖精の国の王子様とお姫様は結ばれて幸せになりました。めでたしめでたし。

 花が咲き誇り、小鳥が歌い、世界のすべてが二人を祝福し、光が降り注ぐ。

 そんな光景だ。


 お似合い。

 そう、お似合いだった。


 ずっとずっと、テオジェンナが思い描いてきた、「ルクリュスにふさわしい女の子」がそこにいた。


(ルクリュスの運命の相手……)


 テオジェンナの胸がぎゅううーっと締め付けられて痛んだ。


「テオ? どうかした?」

「ふぐぅっん!」

「ふぐ?」


 テオジェンナは胸を押さえて呻いた。


「な、なんでもない……はあはあ」

「そう?」

「大丈夫だ。問題ない。私は岩石その8……」


 そう。自分は岩石だ。胸が痛むのなんて気のせいだ。岩石に痛む胸などない。


「ふんっ!」


 もやもやした気分を振り切るように、テオジェンナは背筋を正した。


「な、仲のいい友達が出来て、良かったな。ルクリュス」

「うん! テオも仲良くしてね!」

「もちろんだ! 命に換えても!」

「いや、そこまではしなくていいけども」


 テオジェンナとルクリュスのやりとりを見て、セシリアがくすくすと笑った。


「仲がよろしいのですね」


 花が綻ぶように微笑むセシリアを見て、また胸がぎゅうぎゅうと痛くなったが、テオジェンナはそれに気付かない振りをした。



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