岩石侯爵家の小石ちゃん
荒瀬ヤヒロ
第1話
ケルツェント王国のゴッドホーン侯爵家は何人もの将軍を排出した名門中の名門。その家に生まれたガンドルフ・ゴッドホーンは心身頑健で身の丈は誰よりも大きく、筋骨隆々で大の男を片手で担げるほど、さらには剛胆にして勇猛果敢、まさに勇者と呼ぶにふさわしい人物であった。
彼は戦場で幾度も功績を立て、王家からの信頼厚く、ついには第二王女を妻とする栄誉を賜った。
儚げで華奢な第二王女は、しかし見た目によらず強い心を持つ凛とした婦人であった。
彼女は嫁してまもなく第一子を身ごもり、ガンドルフに父親そっくりな丈夫な嫡男をもたらした。
翌年、生まれた次男もまた父親似であった。
三男、四男、五男、六男、七男……すべて父親似の立派な男の子であった。
子供達は成長するとますます父親そっくりの、身の丈大きく筋骨隆々な剛勇となった。
そのあまりの迫力に、人々はいつしか、ゴッドホーン侯爵家を「岩石侯爵家」と呼び出した。
さて、岩石侯爵家ことゴッドホーン家の頭首ガンドルフは、見た目は岩石そのものの大男であったが、彼は己れに縁のない小さく愛らしいものを好みがちという世の大男にありがちな性質をそのまま体現していた。彼は小動物を愛し、小さな子供も大好きだった。
だがしかし、見た目の厳つさ故に小動物には逃げられ子供には泣かれるのが常であった。
故に、妻に似た可愛くて小さい子供がほしかった。
もちろん、自分に似た息子達のことも心の底から愛していたが、それでもやっぱり妻に似た愛らしく守ってやりたくなるような子供がほしかったのである。
口に出しては言われぬその願いを、良き妻である王女は悟っていたのか、彼女はやがて八番目の子供——末っ子を産んだのだった。
***
王立学園の入学式。
スフィノーラ侯爵家の令嬢テオジェンナは生徒会に所属する二年生として新入生の案内役を務めていた。
スフィノーラ家はゴッドホーン家と並び武勇を響かせた軍人家系であり、スフィノーラもまた他の令嬢のようなドレスは纏わず、颯爽と騎士服を着こなす麗人であった。
「あれがスフィノーラ家のテオジェンナ様……」
「噂に違わず、気高くお美しい……」
令嬢達は噂に聞く麗しの君の勇ましい姿に頬を染めて溜め息を吐く。
「テオジェンナ、また貴女のファンが増えそうね」
くすくすと笑うのはテオジェンナの友人である公爵令嬢ユージェニー・フェクトルだ。
「よしてくれユージェニー。からかわれるのは好きではない」
「あら、ごめんなさい」
ちっともすまないと思っていなさそうなユージェニーは、凛々しい友人の顔を見上げて美しく微笑む。
「でも、いつも冷静な貴女が今日はやけにそわそわしていたから気になって」
その言葉に、テオジェンナはぎくりとした。
「もしかして、気になる方が入学するのかしら?」
「そんな訳がないだろうっ! 私は何もっ……」
「あ」
ユージェニーの軽口に、むきになったテオジェンナが言い返そうとした時、新たに校門前に到着した馬車から降りた少年が、短く声を上げた。
「テオ!」
鈴が転がるようなその声に、テオジェンナは電撃に打たれたかのように大きく肩を震わせた。
「久しぶり! テオ!」
たたた、と軽い足音を立てて駆けてきた少年が、テオジェンナの前に立った。
「テオ?」
背を向けたままのテオジェンナに、少年がくりっと小首を傾げる。
その声に打たれて、テオジェンナはぎ、ぎ、ぎ、とぎこちなく振り向いた。
「……ルクリュス」
「テオ。会いたかったよー」
ルクリュスと呼ばれた少年は、ふわっと微笑んだ。
「……っぐぅ!」
テオジェンナが胸を押さえて呻いた。
「テオジェンナ?」
「な、なんでもない……平気だ」
「そう? それで、この方は」
「あ、ああ。紹介しよう」
テオジェンナは背筋を伸ばし、きりりと顔を引き締めた。
「彼はルクリュス。ゴッドホーン侯爵家の子息だ。ルクリュス、こちらは私の友人であり王太子殿下の婚約者であられるユージェニー・フェクトル公爵令嬢だ」
「まあ。ゴッドホーン家の」
ルクリュスはユージェニーの前で畏まって礼を取った。
「ご紹介に預かりました、ゴッドホーン家の末子ルクリュスと申します。フェクトル公爵令嬢にお目にかかれて光栄の極みです」
「こちらこそ、ゴッドホーン家の勇猛さは噂に聞いております。光栄ですわ。フェクトル公爵家のユージェニーと申します」
ユージェニーもカーテシーをして挨拶を交わす。
「勇猛と呼ばれるにふさわしいのは父と兄達にございます。私は見ての通り軟弱者でして。勇士と呼ばれる身にはなれぬと思い知り、せめてゴッドホーン家の恥とならぬよう勉学に励みたい所存です」
「まあ。さすがはゴッドホーン家の方ですわ。素晴らしいお心ばえです」
やわらかく微笑みあう少年と少女。まるでおとぎ話のような光景だ。
「で、では、ルクリュス。もうじき入学式が始まるので、我々はこれで」
「あ、そうだね」
テオジェンナがユージェニーを促して立ち去ろうとした。
だが、
「テオ」
ルクリュスがテオジェンナを呼び止める。
そして、辺りの空気が温かくなりそうな輝く笑顔でこう言った。
「また後で。一緒に遊んでね」
ことり、と、首を傾げてから、ルクリュスは小さく手を振って去っていった。
「ゴッドホーン家のお方は皆様、体格のよろしい方ばかりと思っていたわ。ルクリュス様は王女殿下であられた夫人に似ていらっしゃるのね。……テオジェンナ?」
「——はうぅうううぅぅっ!!」
ルクリュスの背中が見えなくなった瞬間、テオジェンナが頭を抱えて絶叫した。
「あーっ!! 可愛いいいいぃぃっっ!! 私の小石ちゃんんんっ!!!
「……は?」
久方ぶりに再会した幼馴染の愛らしさに悶えるテオジェンナには、呆気にとられる周囲を省みる余裕など無かった。
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