Qu:危機感拾ってきた方がいいですか?

緑ノとと

プロローグ

「こちらアルファ、領域内に間もなく侵入……するとは思うんですけど、ほんとにこっちからで合ってます?」


『うん、バッチリだよ! 少なくとも、お姉ちゃんの方からは歪み(ターゲット)にあーちゃん。どっちのことも捕捉できる位置に着いたし』


「なら、いいんですが」


 ほんの少し、藍色が混ざり出した夕空の元、茜に染まる歩道橋をカンコンと駆け上がる華奢な体躯の少女が1人。

 ぱっと見、半袖の白シャツに青のリボン。ネイビーを基調と下チェック柄のプリーツにサマーブーツという装いは、時間帯を踏まえれば〝下校中の学生〟のようにも思える。


 息を切らした素振りもなく跨道橋を渡り出すその少女は、暮れ行く真っ赤な夕陽を受けて瑞々しくもきめ細やかな白肌を紅に替える。

 緩くウェーブのついた黒髪をさらさらと肩の辺りまで垂らした少女――あーちゃんこと如月(きさらぎ)梓(あずさ)は、揺れ動く前髪を耳に掛けながら、首元のインカムに応答を返した。


『む、さてはあーちゃん。お姉ちゃんを疑ってるな? 私、適当なことは言いません!』


「……などと咲弥さんは申しておりますが。というか〝別命あるまで待機!〟なはずなのに、何かってにしゃべりだしてるんですか!? って感じなんですけど。そこらも踏まえて雪音さん(オペレーター)の方からはどうです?」


 ちょうど、右目を隠していた前髪が除けられると、表れたのは差し込む西日を跳ね返す精巧な作りの義眼。

 それとは異なり、眩しそうに細めている左目は眠たげでどこか気だるそう。そんな瞳をぱちぱちさせながら、何故だか「えへん」と胸を張っているであろう咲弥(さや)を放置して、梓は〝もう1人の通信相手〟に呼び掛けた。


『それがね梓ちゃん。咲弥にしては言っていることがまとも……というよりも、一応その通りではあるのよ?』


「なんと!」


『珍しいこともあったものよね。これでは通り雨にでも来られてしまいそう』


「まあ、夕立に合う代わりもっと面倒な歪み(ひずみ)には会う訳なんですが……」


 あっという間に向かいの階段まで辿り着いた梓は、時より過ぎ去るダンプや重量トラックが巻き起こす走行音に耳を押さえてから言う。

 そうやって、眼下を見下ろす彼女の片耳掛けヘッドセットに「……というよりもよ!」と険のある雪音(ゆきね)からの音声が届く。

 そんな声音とは反対に、歩道橋下の街路樹からは〝日の入りを告げる〟聞き慣れた蜩の鳴き声と、それでも〝日が伸びたことを知らせる〟陰影が路面に長く尾を引いていた……。

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