第3話 ヒーロー志望の好青年
「あれ……おーい、聞こえてますか?」
学校最寄りの駅で降車して、ほんの数秒呆けていた気がする。
「ん? 悪い、聞いてなかった」
ついタメ口が漏れた。不味いだろうか。そう思って振り向いたところには同じくらいの歳の男子が立っていた。というか、よく見ればそれは同じ制服で、思わず立ち止まる。
「あぁいや、こっちこそ急に話しかけてごめん。
「……誰だっけ」
彼の名前が思い出せない、というより見覚えがなかった。
けれど名前を呼ばれたことで同じクラスメイト、それとも同じ学年? そもそも交友関係は狭いせいで全くイメージがつかなくて。
「やっぱりわかんないよね。俺は水樹、水樹
「水樹、ね。あぁ、それで」
そういうことか、と彼の自己紹介から納得する。うちの学校は成績が貼り出される。とある目標のために勉強だけはと力を入れてきた。客観的に見れば根暗ガリ勉君には違いない。
話しかけてきた彼は、いかにもという感じの好青年で明るい雰囲気。いわゆるイケメン君だった。確かにクラスの女子が彼の名前を口にしていた気がする。と、気づけば並んで駅の改札に向かって歩いて行く。二人してホームでゆっくりそんなやりとりをしていたせいか、駅のホームに出来た波は収まっていた。
自分は前を見据えて歩きながら、彼は隣についてくる形で。
「正直話す機会とか無かったし、俺相原のことほとんど知らなかったんだけどさ。頭いいのにあんなに強いなんて知らなくて、それで俺すごく興奮しちゃってさ。同級生だし、これは話すしかない、って思って」
「ふーん」
興味ない、そういうオーラは学校でも常に放つようにしている。人間関係なんて、無駄でしかないからだ。大抵の人間は会話をしていて、こんな風に無関心を装えば自信をなくすか不快になって、関わるのをやめてくれる。
しかし水樹は食い下がった。
「あ、迷惑って思ってる? いや、でも普通の人にはできないことだと思うんだよね。痴漢撃退、しかもあんなに豪快にさ。もしかして相原って何か習ってるの? 格闘技……柔道とか、それとも空手?」
「別に、何も」
「あぁ、それじゃ独学か! それはそれで納得だけどなぁ、相原ってミステリアスな感じだもんね。何してても不思議じゃないって感じ。それで、一つ頼みがあるんだよ」
「多分無理だ。諦めてくれ」
彼が頼む、と前置いた所を制す。制したはずなのに。
「俺、ヒーローになりたいんだよ」
「なればいいだろ、勝手に」
「いやいや、そういう意味のヒーローじゃなくてさ。さっきみたいに、男として誇れるような、かっこいい存在になりたい、ってことなんだよ」
それを平然と聞いて、はぁとため息をつきながら改札を通り抜ける。面倒だなという顔を全く隠さずに歩く速度を上げて校舎に向かう。
それでも強靭なメンタルを持った彼は、全く動じていないみたいだった。また続けて話そうとする彼の言葉を遮るように。
「もう分かってると思うが、俺は関わるのが嫌いだ。ヒーロー指南なら他を当たってくれ」
そこまで言えば分かるか、と思ったが彼はむしろ申し訳なさそうな顔をして。
「いや、分かってる。迷惑なのは分かってるけど、それでも相原に頼みたいんだよ。だって、あんな場面みたらさ。同じ男だったら惚れるって」
"同じ男だったら、ね"
内心で呟く。何も発さない。
「別にトレーニングに付き合えとか、そういうんじゃなくて。ベタだけど、友達になってくれ、って言うのかな。話してたら相原の男らしい所とかかっこいい所、参考にできるって思うんだよ」
彼の言葉に立ち止まる。彼はそれに気づいて同じように立ち止まって。
そして、初めて彼の目を見据えて。
「どこが男らしいんだよ?」
やや怒気の籠る声で問いかけた。彼はその声に特別驚くこともなく、むしろ何故か目を輝かせて。
「どこって、全部だよ。まだ痴漢をやっつけたことしか知らないけど、それだけで俺は尊敬する男だって思ったね。わかりやすくヒーローだったわけだし?」
開き直ったようにも見えるその表情は、自分が捻くれているからなのか彼が単細胞だからなのかわからなかったが、これ以上言っても無駄だと分かってまたため息を吐く。
彼は臆することもなく続ける。諦めて、またゆっくりと歩みを進める。
「まあ聞いてよ、多分相原は無意識かもしれないけどさ。そういうのって案外勇気がいると思うんだ」
無視して更に歩幅を広げて歩いて行く。それでも彼の言葉を遮ることは出来ず、耳に飛び込んでくる音はそのまま頭の中に入ってきて。
「痴漢なんてやっつけてやる。そんなこと言う奴は結構いるけど。実際に行動に移せる人なんてほんの一握りだと思うんだよ。だから俺は純粋に相原のことを尊敬してる。それが言いたいんだ」
煩い、いい加減黙れ。そう言いかけて、学校の玄関前で立ち止まる。振り返って、彼とは少しの距離がある。短く息を吸って。
「……もう俺に関わるな」
小さく、低いトーンで、怒りを握り潰すみたいに、ほとんど呟くようにして言い放つと、ゆっくりと足を動かしていく。
“自分はいったい何に苛立っていたのだろうか”
”彼の言う言葉は、まさしく。自分が求めていたものじゃないのか”
”それが見透かされたみたいで、恥ずかしい?誤魔化したかった?”
ゴクリ。
目を逸らす。視界から彼を外して、正面を向く。唾を飲み込んで、額に滲む謎の脂汗を拭った。そうしてそのまま、軽く駆け足で彼の元から逃げ出すように自席へと向かった。
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