第1章 -真琴-
第1話 痴漢との遭遇
この世界は不公平だと思う。昔から経験してきて分かってる。特につまらない偏見や差別。って言っても、身の回りに起きているようなことにしか、自分は興味がない。
きっと皆そうだ。こうやって電車の中で景色を見る振りして周りを見ても、全員寝てるかスマートフォンを見てるか。本気で世の中を変えたいとか恵まれない国がどうとか本気で思ってる人は少ないし、他人がどう思ってるかなんて想像しない。例えば俺が、見た目通りの人間じゃない、とか。興味ないでしょ。
だから自分は当然何も発しないまま、吊革に掴まってお気に入りのイヤホンで音楽を聴く。目を瞑って、余計な物は見ない。
「ッ!」
ガタン。急な横揺れに思わず足元がぐらつく。それと同時に周りもバランスを崩して、軽くドミノ倒しになりかける。乗客皆で申し訳なさそうにしながら、自分は何も言うことなく姿勢を直す。
その拍子にイヤホンが片耳外れてしまったことに気がついて。
折角サビに入ったところだったのに。内心で舌打ちしながらイヤホンを耳に戻そうとした時だった。ふと乗客と乗客の隙間から目に入ったのはとある制服、スカートの柄を見れば同じ高校の生徒だ。
そこに、背後の男から手が差し出されたような気がした。
ドクン。
一瞬血の気が引く。いやいやまさかそんな。痴漢? そんなありふれたものじゃないって。そう自分に言い聞かせていた。
見間違いだと信じたくて、凝視する。数人の乗客越しに見える女子生徒は、向こうを向いていて顔が見えない。けれど痴漢がいるとしたら、自分の手の届く範囲にいる誰かだ。数人いるスーツ姿の男性。どれも同じようにポーカーフェイスで。
そうしてやはり見間違いだったかと胸を撫で下ろそうとした時、手が伸びた。その瞬間に感じたのは、恐怖よりも怒りだった。痴漢の手は味を占めたようにスカート越しに女子生徒の体を絶えず触り続けている。
"また、アンタ達か。動物と同じ生き物め"
不安が、戸惑いが、徐々に怒りに変わっていくのが分かった。そうして疑念が確証に変わった瞬間、目の前にいる乗客を半ば無理矢理に押し退ければ、痴漢の腕を引き千切らんとばかりに引きつける。
「どけッ!!!」
『えっ、何だよ!?』
と、元から用意してあったような白々しい言葉を無視して、痴漢の股の間に足を差し込めば、ワイシャツの裾を掴んで重心を崩し、一気にその場に組み伏せる。
ざわざわと一挙に、乗客は痴漢の周りを取り囲むように円を為して、皆様々な目でその状況を眺めていた。
だが、自分にそんなことは関係ない。
「おい、このクズ。言い訳は聞かない。それでも観念しないってなら、その子に聞いてみようか?」
痴漢が検挙される瞬間なら、誰もが手を引っ張って痴漢ですと叫ぶ、そんなイメージがある。本当なら自分もそういうイメージだったが、余りにも苛々し過ぎて手が出てしまったと数パーセントだけ反省する。
確かに冤罪だったら申し訳ないが、こいつの場合は百パーセント現行犯。勿論、次に痴漢を見つけて同じ手が通用すると思わない。
痴漢はまだ何が起きたのかという表情で、必死に言い訳を探そうとしていた。周りの乗客の侮蔑と嫌悪の視線。想像以上に耐え難いものだろうが、良い気味だった。
だが、段々とその顔すら不愉快で、もう一段階絞め技を掛けてやれば、痴漢は不細工な鳴き声を上げてしまう。流石に見かねて他の乗客が数名協力してくれて、そのまま駅に着くと痴漢は力無く駅員に連れられていった。
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